02.来客
「親方! こっちの作業は全て終わりました!」
「おう、お疲れさん。一旦休憩に行っていいぞ」
「いえ。まだ鍛錬をしておきたい一本があるのでそれが終わったら休憩を取らせていただきます」
「そうか? あまり無理するなよ。鍛冶職人にとっては身体が何よりの財産だからな」
「はい!」
金属と金属がぶつかるリズミカルな音が工房内に響き渡る。
俺は今、王都の少し外れにある街のとある工房で鍛冶職人として働いている。
とはいっても、まだまだ見習いの部類に入るけどね。
「とりあえず今日中にはこの剣を仕上げないとな」
職人服の腕を捲り、顔をぺシぺシと叩いて気合いを入れる。
勇者軍から追放されたあの日から気がつけば3年が経っていた。
俺は18歳となり、国では成人年齢という扱いになるまで成長していた。
3年前。
上官との意見の食い違いから勇者軍を追い出され、同時に勇者としての肩書も失った。
15歳という年齢で突然職を失い、新たに職を探そうにも教養が足りなかった。
学び舎なんて今まで一度も行ったことがなかったし、最低限の読み書きを親代わりだったおじさんに教えてもらったのが最後。
後はひたすら勇者を目指して剣を振り続けた人生だった。
冒険者になればとも思ったが、恐らく軍から追放履歴がギルドの方へ行ってしまっているので信用できないと断られてしまうだろうということで諦めた。
あ、ちなみに現代の勇者は冒険者と同じように職種として扱われている。
だから当然ながらお給料も発生する。
何もしないまま時は流れていく。
途方に暮れ、俺は残った貯金を少しずつ使ってギリギリの生活を続けた。
勇者時代と比べて本当に貧相な生活になり、ストレスと栄養失調で体重も驚くほど減った。
もちろん、実家に帰ってひっそりと暮らすという選択肢もあったさ。
でも、それはさすがに俺のプライドが許せなかった。
生まれて間もない頃に両親を失い、父方の親戚にあたるおじさんに養子として育てられ、数えきれないほどの迷惑をかけた。
実家は農家を営んでいた。
誰も人が寄り付かないような辺境の村で生を受け、本来ならば適齢期になると家業を継ぐのが普通だった。
でも俺は勇者になりたいという夢が捨てきれず、結果的には勇者を志して村を出ていくことになった。
そんな自分勝手な俺でも夢は叶った。
だが最終的には全て水泡に帰すことになり、そんな中でノコノコと実家に帰ることなんてできるはずもなかった。
単純に会わせる顔がなかった。
勇者を目指すといって村を出て行ったのにも関わらず、上官に反発してクビになりましたなんて笑い話にもならない。
小さな身体と少ない知識で職を見つけるために奮闘する日々が続いた。
だがそんなある日のことだった。
新たな職も見つからずギリギリの生活を強いられていた俺は少しでも貯金を殖やすべく、かつて自らが使っていた武具を売るために馴染みのある武具屋を訪ねていた。
しかしそれが俺にとって人生の転機とも呼べる出来事を生み出すきっかけとなった。
勇者になった時から顔馴染みだった武具屋の親分が事情を知ると、俺のもとで鍛冶職人として働かないかと、そう言ってくれたのである。
俺はすぐに働かせてくださいと即答した。
この瞬間は今でも俺の記憶に深く刻まれている。
嬉しさのあまり思わずその場で涙を流してしまったくらいの出来事だった。
それから俺は鍛冶職人としての人生を歩むことを決意した。
理由はただ一つ、どん底だった俺を救ってくれた親方に恩返しがしたいから。
鍛冶職人になるのはかなり難しいと言われている。
技が必要な上に経験がものを言う世界だからだ。
だがそれでも親方はこんなズブの素人を迎え入れてくれた。
明確な理由はない。
ただただ、嬉しかったんだ。
でも当時の俺にとってはそれだけでも立派な理由だった。
俺は誰よりも働き、知識を吸収し、自らの糧とした。
それは今でも続け、3年経ってようやく様になってきたところだった。
今や生活も安定し、何不自由ない暮らしをすることができている。
当時、まだ子供だった俺を拾ってくれた親方には感謝しかない。
親方があの時、俺を職人の世界へ誘ってくれていなかったら今頃どうなっていたか。
想像するだけでも頭が痛くなってくる。
「よし……! ひとまずこれくらいでいいかな!」
だから今度は自分が親方に恩返しをしようと、今も毎日汗水たらして鉄を打ち続けている。
「あぁ~腰が痛い。少し張り切りすぎたな」
重い腰を持ち上げ、作業用の手袋を外す。
「あれからもう3年も経つのか。時間が進むってのは早いもんだな」
脳裏に蘇って来る記憶。
今までは仕事に慣れるので必死だったから時間なんて忘れていた。
「おじさん、元気にしているだろうか」
同時に自分の故郷の記憶も蘇って来る。
故郷を出て行ってからもう8年以上が経つが、一度も村には帰っていない。
それに……
「あいつも、今はどこで何をしているんだろう。まだ村にいるのだろうか?」
”あいつ”とは俺がよくガキの頃から遊んでいた幼馴染の女の子のこと。
名前はリーフレット。
俺は愛称でリーフと呼んでいた。
いつも一緒にいては近くの川で水浴びをしたり、紙を棒状に丸めては勇者ごっこなんていう遊びもよくやっていた。
リーフは物凄く奥手で小さな虫でさえもビビってしまって怖いことがあれば常に俺の後ろで身を潜めているような子だった。
声が小さくて片言で自分を主張しない。
でもその代わりに心は優しく、誰よりも頑張り屋さんで村のみんなからも可愛がられていた。
男手が必要な力仕事だって自分から率先してやるような子だったから、ある意味そういうところでは男顔負けの強さがあったと言える。
あと感情の起伏が激しかったから俺が勇者を目指して村を出ていくと言った時にはしがみつきながら号泣されたよ。
村を出てから色々なことがありすぎて、正直あまり鮮明に思い出すことはできないけど。
まだ村にいるのならもう一度会いに――
「おい、シオン。ちょっといいか?」
と、ノスタルジーに浸っている中、親分が俺の元へ歩み寄って来る。
「あ、親分! これから休憩に――」
「その前になんだが。お前には一度店の方に出てほしいんだ」
「え、お客さんですか?」
「ああ。だがその客はお前に会いたいと言っていてな。見たところ、勇者軍の紋章が刻まれていた鎧を着ていた女子だったが……」
「勇者軍……? 分かりました。自分が応対します」
そう言って俺は工房を出て店の方へと出ることに。
(勇者軍だと? 一体誰だ?)
勇者時代の知り合いと言っても数えるほどしかいない。
ちなみにその中に異性の勇者はいない。
みんなむさ苦しい野郎たちばかり。
だから女の勇者が俺を訪ねてくるなんて――。
俺はそう思いながら恐る恐る店の方へ。
そして工房と店を繋ぐ暖簾をくぐり、
「い、いらっしゃ――」
と、言いかけたその時だった。
「や、やっと会えたぁぁ!」
「……へ?」
突然。俺に覆いかぶさる人影が目に入って来る。
そして俺はその人影に身体ごと倒され、
「グハッッ!」
背中を強打する。
「あっ、しーちゃん! 大丈夫!?」
「い、いてて……。何がどうなってんだ?」
目を少しずつ開眼させ、すぐさま状況を確認。
するとその人影は少しずつ鮮明になっていき――一人の女の子の姿が目に入った。
そしてその女の子とバッチリと目が合うと、
「しーちゃん! 久しぶり!」
いきなり俺が昔呼ばれていた愛称を言われ、困惑。
脳内の整理が全く追い付かず、俺が咄嗟にその女の子に放った言葉はただ一言だけだった。
「え……だれ?」




