19.かつての
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浮遊する謎の漆黒剣は異彩を放っていた。
黒を基調とし、所々に朱色のラインが入った片手直剣は俺の心に語り掛けてくる。
『久しぶりだな、シオン。随分と逞しくなったものだな』
……とそう話してくる漆黒の剣。
だが俺はこの剣に見覚えはなかった。
「久しぶりって……お前は一体何者だ? なぜ俺の名前を知っている?」
『やはり分からぬか。まぁ、”あの時”とはだいぶ姿を変えてしまったから気付かないのも無理ないだろう』
「お前は俺のことを知っているのか?」
『ああ、もちろんよく知っている』
漆黒の剣は低く渋い声でそう言ってくる。
確かに俺が前に使っていた聖威剣とよく似てはいるが……。
『にしてもお前は驚かないのだな』
「何がだ?」
突然の切り出しに俺は疑問で返す。
『何がって……お前は今誰と会話しているか分かっているのか?』
誰と……? ああ。
こう言われて初めて今の現状に気付く。
俺が今話している相手が人ではないということを。
『剣と話すことに抵抗がないという感じだな』
「いや、少し知り合いにも喋る剣を持った奴がいてな。その影響でっていうのがある」
『なるほど。我の他に自我を持つ者がいるのか。それは興味深い話だ』
とはいってもリーフレットの聖威剣の存在を知ってなければ飛び跳ねるほど驚いただろうが……。
「なぁ、それよりも一つだけ聞きたいことがあるんだが」
『なんだ?』
そう言う漆黒の剣に俺は口を開き、
「お前、さっき俺のことをよく知っていると言ったな? まさかとは思うが、前に俺が使っていた聖威剣ってわけじゃないよな?」
気になったので聞いてみる。
すると、
『なんだ、分かっているではないか』
「えっ、ってことは……」
『そのまさかだ。我はお前の聖魂によって目覚めし聖威剣。現にお前がさっき我に触れた時に胸を締めつけるような感覚を得たはずだ』
感覚は確かに感じた。
痛みではなく胸元からエネルギーが湧き上がって来るかのような感覚。
あれは俺の中に眠る聖魂がこの聖威剣に呼応して生み出した現象だったということか。
「でもなぜだ? 俺はあの時、親方に頼んでお前を廃棄したはず……」
『親方というのはあの図体のデカい爺さんのことか?』
「ああ。俺はあの人に頼んでお前を処分するように言ったんだ」
だが漆黒の剣は、
『処分? あの爺さんは処分どころか我のケアをしてくれたぞ。それはもう、ご丁寧にな』
「何だって……?」
俺は詳しい話を聞くことに。
すると剣は渋く低いトーンで話始めた。
『あれはお前が勇者を辞め、我を武具屋へと預けた後の話だ』
と、前置きを語りつつ本題へと入っていく。
当時、親方は聖威剣の処分に躊躇していたという。
聖威剣は勇者しか扱えない物ではあるが、価値としてはとんでもないものを持っている。
それを生み出しているのは俺も日々、修行を積んで目指している鍛冶職人の中でも選りすぐりのエリートたち。
俗に特殊技巧職人なんて呼ばれる人たちが希少金属を用いて長い年月をかけて作り、一つの聖威剣を製造するのに少なくとも3年以上はかかると言われている。
その金額は常人では買えるものではないほど高価な値がつくと言われているが、聖威剣の売買や取引は国の法律で禁じられているため、市場に出回るということはない。
俺が勇者を辞めた時、武具屋に行ったのは売るためではなく廃棄してもらうためだった。
ちなみに聖威剣の廃棄は法律に触れた行為ではない。
で……結局のところ親方は俺の聖威剣を廃棄することができず、一通りのケアをして物置部屋に入れたというのが大まかな経緯。
姿や形が昔と変わっているのは親方が少々自分の手を加えたからとのこと。
『それにしても、あの爺さん。鍛冶職人としてはとんでもない技量を持っているな』
「親方が?」
『うむ。まさかあの精霊湖の聖水を扱えるとは……』
「……精霊湖の聖水だって?」
精霊湖とは王都から北に進んだ場所にある精霊樹と呼ばれる地帯にひっそりと存在する湖のことを指す。
様々な精霊が住処としている森で正式名称はグラナガン大樹林と言う名前なのだが、いつしか精霊樹と呼ばれるようになった。
そこでは名の通り、あらゆる物に特殊な力を付与することができる聖水を採取することができ、聖威剣に装填される魔力アンプルもこの聖水と特殊な竜血を混ぜたものが使用されている。
聖水というのはその名の通り、様々な精霊たちが作りだした聖なる水。
その効力はただの鉄剣に一滴垂らしただけでアダマンティン級の硬さを持った強靭な剣へと生まれ変わると言われているほど。
しかしその代わり、扱いに関してはかなりの難度で熟練の職人でもお手上げ状態になるほど。
使い方によってはただの水と化したり、逆に劣化させたりしてしまう。
この漆黒の剣が言うには親方はそんな聖水を一滴どころかリットル単位で使い、ケアをしたとのこと。
自我を持つことができているのも聖水の作用によるものらしいが、詳しくは分かっていないらしい。
『それよりもシオンよ。今はこんなことを話している暇などないぞ』
話は突如として切り替わる。
漆黒の剣は何かに慌てているような感じだった。
「ど、どうしたんだ。いきなり慌てだして」
疑問に首を傾げる俺に漆黒の剣はこう話す。
『王都に災厄が訪れようとしている。それも、とんでもない魔力を持った者たちだ。この高ぶる魔力から察して恐らくは……』
ここで一旦区切り、そして――再度話を進めた。
『……上位魔人だ』