189.人其々
「ん~~~美味しい! ミートスパゲティは特に美味しいけど、やっぱりここの店の料理はどれも一級品ね」
幸せそうに食事をするリィナ。
その姿を見ると、初めてこの店に足を運んだ時のことを思い出す。
まだそんなに時が経ったわけではないのに、とても懐かしさを感じた。
「リィナって見た目に似合わずよく食べるよな。リーフもそうだけど」
「ん、そう? わたしはリーフと比べたら小食よ。あ、でもここのミートスパゲティならいくらでも食べれる自信はあるけど」
「前もそんなこと言ってたな」
比べる相手が悪かったか。
リーフは多分軍の中でも相当食べる方だろうからな。
店のハシゴをするくらいだし。
(みんな変わっていくな……)
しみじみと感じる環境の変化。
同時に自分はどうなんだろうと思う時がある。
昔の自分と今の自分。
その二つの自分のどこに変化があるのか……と。
「シオン? 食べないの?」
「え、あ、あぁ……もちろん食べるよ」
「また仕事のこと?」
「それもあるけど、みんな昔と変わっていくなって思ってさ。強くそう感じる度に自分はどうなんだって考える時があるんだ」
変わることが悪いことだと言っているわけじゃない。
でもどこか寂しい気もするんだ。
「時間と共に変化があるのは必然のこと。でもシオンの言いたいことは何となく分かるよ。今まであったものがなくなっちゃったみたいで、寂しく思う時はわたしにもあるし」
だがリィナはその後に一拍置くと、
「でも、わたしは変化があることは楽しいことでもあると思ってる。変化があればあった分だけ新しい発見が生まれるから。それに、周りが変わっていくからって自分も変わらないといけないわけじゃない。自分らしく生きる……わたしはそう考えて日々を過ごしている」
「自分らしく……か」
言っていることはごもっともだ。
周りに合わせて生きるのは本来の生き方ではない。
現に俺だって自分を変えたくて、変化を求めて勇者から鍛冶職人になったわけだし。
「わたしはシオンの昔を知らないから偉そうなことは言えないけど、シオンはそのままでいいと思う。少なくともわたしはそう思ってる」
もぐもぐしながらも笑顔でそう言うリィナ。
でもおかげで少しだけ心に余裕が持てるようになった気がした。
「ありがとう、リィナ」
「え、なんでお礼……」
「お前の言う通りだなって思ったからだよ。俺が少し考えすぎていたようだ。最近、色々と忙しない時が多かったからな」
切羽詰まっている時こそ、人は余裕が持てなくなるものだ。
今の俺はまさにそうだった。
仕事のことでもそうだ。
親方から忠告を受けた通り、俺は急ぎ過ぎているのかもしれない。
余裕がないからこそ柔軟な考えができず、アイデアが浮かんでこないのもそれが弊害となっているから。
そしてその奥底には、完璧のやるという強いこだわりがあった。
そんなこだわりが、自分の首を絞めていたのだ。
今の俺に必要なのは一度初心に帰ること。
純粋に仕事を楽しみ、より腕を磨くために努力をしていたあの頃に。
俺はそう、思った。
「とにかくお礼が言いたかったから、言ったんだ。お前のおかげで色々と考えを改めることができそうだから」
「そ、そう……なら、良かった……」
リィナはどこか恥ずかしそうに顔をそむける
そういう仕草は年相応の女の子という感じで、とても可愛らしかった。




