176.災難
一晩開けて、次の日の朝。
工房から聞こえてくる鉄の擦れる音で、俺の一日は始まった。
「ん……? もう朝か……」
まだ少しぼーっとする頭で目を擦りながら、横たわった身体を起こそうとする――が。
「あれ、身体が動かない……」
起き上がろうとしても思うように身体を動かせない。
まるで身体がガッチリと固定されているような……
「どうなって……んっ!?」
脳が起き始めてくると、一気に感じる謎の違和感。
柔らかな感触が背中を包み、微かな寝息が俺の耳元に入って来る。
「ま、まさか……!」
首を後ろに少し向けると、
「り、リラちゃん……っ!?」
そこにいたのはバックハグするリラちゃんの姿だった。
(ど、どゆこと!? なんで俺の部屋に!?)
朝から混乱する俺の脳。
おかげで完全に眠りから覚めたけど。
(グランもいないし、どうなってんだよ!?)
まさか俺が寝ぼけてリラちゃんの部屋に入ったわけじゃあるまいし……
(と、とにかくここから抜けねば!)
と、身体をゴソゴソさせるが……
「う、動かない……だと!?」
ビクともしない。
というのもリラちゃんは見事に俺の腹部に手を回し、足まで絡めた徹底的なバックハグだったのだ。
軽く関節も決められていて、足が痛いし。
「てか、力つよっ!」
頑張って振りほどいてもすぐにホールドされる。
もう逃がさない、と言わんばかりに。
これで彼女自身はまだ夢の中なのだから、驚きだ。
「たまんないな、こりゃ……」
リラちゃんとベッドの上で格闘して5分。
俺は諦め、グランが来るのを待つことにした。
どうにも俺一人の力だけじゃ何とかできそうにないからな。
「てか、そもそもグランはどこいったんだ……?」
グランが見守りしていたなら、こんなことなことにはならないはず……
あいつは嘘をつくようなヤツじゃないから、余計疑問なんだが……
『あ、シオン。起きていたのか』
と、そう思っていた時。
扉がガチャリと開き、グランが部屋の中へ入って来る。
何故か人の姿になっており、手には何かを持っていた。
「グラン、これは一体どうなっているんだ!」
疲れから、つい少しだけ語調が荒くなる。
だがグランはすぐに俺に、
『す、すまんシオン。これには理由があってだな……』
謝って来る。
グランからのまさかの謝罪。
それを見た瞬間、俺はすぐに理由を聞いた。
「……なるほど。要するにリラちゃんが間違えて俺の部屋に入り、そのまま俺のベッドで寝てしまったと」
理由はごく単純で、夜中にお手洗いに行ったリラちゃん(寝ぼけていた)が部屋を間違えて、俺が就寝している部屋へと侵入したらしい。
『我も止めたんだが、完全に寝ぼけていてな。何とか引き離そうとしたんだが、予想以上に力が強くてな』
「うん。俺もそれさっき知った」
グランも夜中の間、俺とリラちゃんを引き離すため奮闘していたらしい。
だが無力に終わり、こうして今に至るというわけだ。
「まぁとりあえず理由は分かったよ。さっきはごめん、ちょっと強く言っちゃって……」
『構わない。そもそもこうなったのは娘を止められなかった我に責任がある。本当に申し訳ない』
理由は分かった。
とはいえ、このままに放置するわけにもいかない。
もし他の誰かに見られたら、色々と問題になりかねないからな。
それだけは何としても避けなくてはいけない。
「んで、グラン。さっきからずっと気になっていたんだが、その手に持ったやつはなんだ?」
『これはコログサという植物だ。猫じゃらしとも言う』
「いや、それは今見たから分かるけど……まさかグラン、お前……」
『うむ。これを使ってその娘をくすぐり、お前と引き離すのだ」
「やっぱり……」
方法自体は昔からありそうな古典的なものだけど……
物理的に動かしてダメならそれも無理なんじゃないか?
「というか、寝ている相手にくすぐりなんて効くのか?」
『さぁな。そればかりはやってみないと分からん。とりあえず今は試してみるしかない。誰かが来る前にな』
俺の心中を読んだからか、少し焦りを見せるグラン。
グランの言う通り、動かないと解決には至らない。
でも、何だろう。
心なしか、嫌な予感がする。