174.二つの顔
「生まれつき……なの?」
彼女が言った一言に疑問で返す。
他人の内情に踏み入れるのはあまり良くないことだということは分かっている。
でもこうして会ったのも何か縁だ。
それに俺には勇者軍を立て直すという重要な任務を受け持っている。
今の勇者軍をより強くするためには、もっと今の軍の内情を知る必要がある。
特に実力のある勇者を知ることは、現状の軍を立て直す大きなカギになるかもしれない。
自分でこんなこと言うのは図々しいかもしれないが、聞く権利はあると思っている。
ただ……
「もちろん、無理に言わなくてもいい。プライベートな問題だしな」
無理強いだけはするつもりはない。
言いたくないことを無理に言わせるのは悪人のすることだからな。
だがリラちゃんは首を横に振ると、
「いえ、大丈夫です。ここまでお世話になったのですから、お教えします」
リラちゃんは俺から目線を外し、自分の所有する聖威剣の方を見る。
「わたしが勇者になったのは、ほんの1年前でした。わたしは多重人格合併症という病を生まれつき患い、二つの人格を持つ異端児として生まれました」
「多重人格合併症……」
「はい。当時かかっていたお医者様によると、今までに例のない病気だと言われました」
確かに聞いたことのない病だ。
一人の人間に二つの人格が宿るなんて……実際にその一部始終を見ていた俺でも未だに信じきれていない。
「当然、わたしは物凄く注目を浴びました。最初は感情の起伏が激しい人、というだけで事は収まっていたんですが、合併症のことを聞くと、みんな同じような顔をしてわたしを見てきました。まるで未知の生物でも見るかのような目で……」
リラちゃんは続けた。
「それからわたしは通っていた学校のクラスメートたちから次第に虐めを受けるようになりました。いかんせん、もう一人のわたしはあのような性格でしたから、人と衝突することがとにかく多くて……」
「そうだったのか……」
まぁ……そうだよな。
今の彼女とあの時の彼女は印象がまるで違った。
もう一人のリラちゃんは強い者の目をしていた。
性格も強気でちょっと強引なところもあった。
今のリラちゃんは全くその逆だ。
でもこれが本来のリラちゃんの姿なんだろうな。
「あの時のわたしは毎日が辛くて辛くてたまりませんでした。学校に行っても、普段街を歩いても。みんな同じような目を向けて、わたしをからかってくる。唯一の味方だったお父さんやお母さんでさえもわたしを見る度に哀れむような顔を向けてきて、もういっそ死んでしまおうかななんて思うことも何度もありました。でもそんなとき、わたしは出会ったんです」
「出会った……?」
リラちゃんは何も言わず小さく頷くと。
「わたしの全てを変えてくれた……恩人なんです。その出来事がきっかけでわたしは勇者になろうと決意したんですよ」
「その恩人が勇者だったの?」
「はい。今でもあの時のことは鮮明に覚えています」
「今でもいるのか? 軍に」
「分かりません。何せあの時は色々と必死でしたから。満足に勇者様の顔すらも見れなくて」
「そうか……」
俺はあえてその出来事の内容までは聞かなかった。
でも何となく分かる。
彼女が勇者を目指そうとした理由が。
「今も探しているのか? その勇者のこと」
俺がそう聞くとリラちゃんはそっと頷いた。
「はい。どうしても、あの時のお礼を言いたくて。勇者になった真の目的もその方を探すためで。とはいっても顔も名前も分からないので探しようがないんですけどね」
「そうか」
やはりか。
彼女の性格的にそうだろうなと思っていた。
「あっ、でも一つだけ手掛かりはあるんです」
「それは?」
「確かその人の持っていた聖威剣が――」
リラちゃんは少し高揚した声で語り始める。
でも、なぜだろう。
俺はこの時、何故か彼女の言ったことが他人事のようには思えなかった。




