173.無くなるもの
部屋に来てから一時間が経過した。
グランが言うにはそろそろ起きるころだ。
ちなみにグランは俺がいるから問題ないだろうということで剣の姿に戻った。
「ん、んん……」
『お、目が覚めたようだな』
「リラちゃん、大丈夫?」
「……こ、ここは……?」
目をゆっくりと開け、周りを見渡しながら、少しずつ身体を起き上がらせる。
グランの予想通り、リラちゃんは少々驚いているようだった。
「えーっと、ここは俺の職場だ。危険はないから安心してくれ」
「職場……? 職場にベッドがあるんですか?」
「ああ……それは……」
確かに職場にベッドがあるのは疑問を抱くよな……
まぁでも説明すると長くなるので、適当に誤魔化すことにしよう。
「ま、まぁね。結構重労働だから」
「そう、なんですか……えっと」
なんだ?
さっきとは雰囲気が違う気が――
「あの、ところで一つ聞いてもいいですか?」
「うん?」
何か質問がある様子。
俺は少し身体を寄せると、耳を傾けた。
「わたしは……何故こんなところで寝ているのですか?」
「えっ……?」
まさかの質問だった。
予想の斜め上どころかどこか別の世界から来たような……
(もしかして……覚えていないのか?)
何かの拍子で記憶が消えてしまったのか?
いや、それは考えにくい。
だとしたら……
「お、覚えてないの?」
確認のため聞いてみると、
「は、はい……魔物に襲われたところまでは覚えているんですが……あっ、そういえば魔物は? 魔物はどうなったんですか?」
自分は全く覚えていない……絵で書いたような返答だった。
(どうなっているんだ……?)
仮に今のリラちゃんが覚醒前(別人格になる前のこと)の人格だとしても記憶がないなんてことなどあり得るのか?
人格は二つあっても中身は同一人物なのに……
あるとしたら覚醒状態になっている時の記憶だけがすっぱりと無くなっているはずだが……
「ま、魔物なら君が退治してくれたよ。巧みな剣技を使ってね」
「わ、わたしが……って、もしかしてもう一人のわたしが魔物を倒したんですか!?」
「もう一人のわたし?」
「はい。今ふわっと記憶に蘇ってきたのですが、わたしあの時確か聖威剣を使いましたよね?」
「聖威剣? ああ、解放の呪文を唱えていたな……」
「ああ、どうりで……」
納得のいくような顔をするリラちゃん。
それから俺は今日リラちゃんとの間に起こった出来事を細かく話した。
「そんなことが……すみません。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「大丈夫、気にしないでくれ」
しゅんとする彼女を宥める。
少し驚きはしたけどね。
でも、彼女のこうした言動から察するにやっぱり……
「あのさ、リラちゃんもしかして……そこから先の記憶がないの?」
恐る恐る聞いてみると、リラちゃんは間髪入れずに首を縦に振った。
「はい……なにも。戦ったという事実も覚えてないですし、ここに運ばれた経緯も全く……」
「そ、そうなんだ……」
やはりか。
でもいささか信じられないな。
人格が変わった時に起こった出来事が普段の人格の時に反映されないなんて……
「はは……おかしな話、ですよね……」
「い、いや別にそういうことは……」
「いいんです。昔からのことなんで」
「昔から……?」
「はい」
リラちゃんは少し微笑みながらコクリと頷く。
その微笑みは純粋な笑みじゃなく、少し無理をした笑みだった。
リラちゃんは目線を少しだけ斜め上に向ける。
そして俺が何かを言う前に一言……彼女からある言葉が出た。
「……わたしの人格問題は生まれつきなんです」




