158.第一関門突破
「ダメだな。この程度で刃こぼれができるようじゃ……」
時はさらに進んで二日後。
あれから俺は毎日の如く試作品の強度チェックを行っていた。
問題点を洗い出しながら少しずつ改良していき、微調整をするも、未だに満足のいく結果が出せないことに頭を悩ませていた。
『シオン、そろそろ休んだ方がいいんじゃないか? ここのところずっと動きっぱなしだろう?』
そう言ってくるのは我が相棒のグランである。
「いや、まだ休むわけにはいかない。今日こそはこの過程を乗り越えないと……」
『頑張りすぎは身体に毒だぞ? 適度な休養も必要だ』
「分かっている。でもあと少しなんだ。それまではフル稼働しないと」
『はぁ……全く相変わらずだな、お前は』
「褒めてくれてありがとう」
溜息をつき、呆れるグランに対応する。
最近はこうして自分で動くようになり、またグラン本人も倉庫にいるよりこっちの方がいいとのことで専用の剣立ても作った。
剣が自立している様は傍から見ればミステリー要素全開だが、俺はあまり気にしていない。
最初は親方含め、工房で働いている職人たちは驚きの目で見ていたけど、今はもうなくなった。
その証拠に、親方や他の職人たちもグランと話す機会が増えている。
俺も俺で鍛錬に付き合ってもらったりと、最近は何かとコミュニケーションを取るようになった。
今は忙しすぎて鍛錬なんてとてもじゃないけどできる状況じゃないので、休みがちだけど……
『ところで、こんな時間に我を呼び出したのには何か理由があるのだろう?』
「もちろん。少し強度チェックの手伝いをしてもらおうと思ってね」
『強度チェック? その剣のか?』
「そう。お前とカチ合わせてどこまで耐えられるか試したいんだ。物凄く古典的なやり方だけどね」
『そんなの、やる前から結果は決まっているだろう』
「そうだけど、ある程度聖威剣の力にも耐えられるほどの剣にしないといけないんだ。それが女王のご要望の一つでもあるからね」
追って提示された女王からの複数の条件は、まだ経歴もそこまで長くはない俺がやるのに釣り合うものではない。
それこそ親方レベルの職人がやるべきなのだが……指名された以上はやらないと。
契約のこともあるし。
『ふん、なんと我儘な女王だ』
「仕方ないよ。こっちもこっちで条件を呑ませたんだ、お互い様さ」
契約のおかげで親方も喜んでくれている。
先の結果がどうなろうと、俺にはそれだけでもデカいことを成し遂げたと思っている。
だから、今のこの状況も苦には思っていない。
『で、我はその剣を叩き割ればいいんだな?』
「うん。でももう少し改良が必要みたいだ。今のままじゃ、確実に刃ごと粉砕するだろうから」
時間は有限だ。
感覚的にダメだと思ったものは即刻切り捨てて、新しいものを作る。
そうしないといつまでたっても立ち止まったままだ。
それに人間には最高のパフォーマンスを実現するために稼働できる時間は決まっている。
夜はもちろん寝ないといけないし、グランの言う通り、身体を休めないといけない。
身体が壊れてしまったら、その時点で大幅なタイムロスに繋がってしまう。
親方がいつも口にする『職人にとって身体は財産』という言葉はより高度かつ最高のパフォーマンスを実現するための注意勧告なのだ。
だから稼働できる時間帯に終わらせられそうなものは終わらせておきたい。
少しでも早く次の作業に繋げられるように。
「……よし、できた! これなら……」
あれから幾分か経ち、ようやくこれだと思える一本が完成した。
急いで外に出ると、空はもうすっかり茜色に染まっていた。
『お、ようやく出来たか?』
外の作業場へと向かうと、グランは待ちくたびれたと言わんばかりに近くの木の傍に寄りかかっていた。
「ああ! 今までの中で一番の出来だ。これなら多少お前が力を出しても耐えられると思う」
『んじゃ、早速やるぞ』
グランはぷかぷかと浮遊すると、剣身を縦に向ける。
「あまり力を出し過ぎるなよ? ほんの少しだけでいいから」
『分かっている。任せておけ』
少し心配だが、見守るしかない。
俺は剣を持ち、グランの方へと向ける。
グランは少しだけ魔力を溜めると、その剣身を傾け――
――ガッシーーーーーン!!!!
辺りに鉄の鉄がぶち当たる音が轟いた。
その音と同時に衝撃も剣を伝って俺の身体全体に響いてくる。
「ぐっ……!」
『おい、大丈夫か?』
「だ、大丈夫……気にするな」
流石はグラン、すごい力だ。
でも本人曰く、自分の持つ力の一割も出していなかったらしい。
こんなバケモノを俺は今まで扱ってきたんだな……
と、今更ながらそう思った。
『どうだ? 成功か?』
「あ、ああ……成功だ。これなら次のステップに行ける!」
刃のところ見ると、刃こぼれは一切していない。
他にも点検するべきところは一通り見たけど、今の衝撃で傷一つなかった。
基礎段階としては十分すぎる成果だ。
『ようやく努力が報われたな。おめでとう、シオン』
「ありがとう。でも本当の勝負はここからだ。これを最高の剣に仕上げるためにいくつか試さないといけないことがある」
今出来たのはあくまで基盤となる剣が出来ただけ。
第一関門を突破したまでに過ぎないのだ。
今の状態はただの剣でしかない。
最高の一本を完成させるには、ここからさらに磨きをかけていかないといけない。
まぁ何が言いたいのかというと、まだまだ完成までの道のりは長いということだ。
『でも今日はもう休め。次のことは明日考えればいい』
「そうだな。今日はそうさせてもらうよ」
不思議なもので、ひと段落したところでどっと疲れが出てくる。
まだ終業時間には早いが、今日は早めに切り上げて、明日に備えよう。
「ありがとうな、グラン。付き合ってもらって」
『容易い御用だ。それよりもお前はもう少し自分の身体を労わった方がいい。壊しては元も子もないからな』
「分かっている。でも心配し過ぎだよ。いつからそんなに心配性になったんだ?」
『主の身体を気にすることが悪いことなのか?』
「いや、そういうわけじゃないけど……」
なんか妙な気分だ。
剣に身体を労わってもらう日が来るなんて。
いや、もうグランは剣という枠を超えているか……
「でも、心配してくれてありがとうな。気をつけるよ」
『うむ。そうしてくれ』
そんなわけで。
俺は親方に終業のことを伝えると、そのまま真っ直ぐ家に帰って、身体を休めることに専念したのだった。




