153.変な上官
「ささっ、リィナさん。好きなところに座って!」
「いえ、わたしは立ったままでも……」
「まぁまぁそう言わずに。今飲み物を持ってくるから」
「そ、それならわたしが……」
「いーからいーから! リィナさんは座って楽にしてて」
そういうとユーグ総指揮官殿は奥の部屋へ。
今わたしがいるのは第一資料棟にある小会議室、という場所らしい。
少し長めのテーブルと椅子が配置されてあるだけのシンプルな部屋で、奥に行くと小さめのキッチン設備がある小部屋があった。
小会議室とはいえ、二人だけで話すには広すぎる空間だ。
「あっ、そう言えばリィナさんって紅茶派? それともコーヒー派?」
部屋から首だけをひょっこり出し、呑気な声でそう聞いてくる。
正直、どちらでもいいのだが、下手なことで困らせるわけにはいかないので……
「こ、紅茶で……お願いします」
「オッケ~! あ、お砂糖はいる?」
「いえ、そのままでお願いします……」
「おっ、まさかの無糖派? 大人だねぇ~~」
ニコニコと笑いながら、わたしの注文に応じるユーグ総指揮官殿。
キッチンの方では食器の擦れる音が何度か聞こえ、数分経った後、彼はキッチンから戻ってきた。
「ハーブティーしかなかったんだけど、いいかな?」
「だ、大丈夫です。ハーブティー、好きなので……」
「そう? なら良かった!」
わたしには眩しすぎる笑顔でそう言ってくる。
やっぱり変わった人だ。
人の上に立つ人物が一個人にここまでするなんて。
ここ最近で勇者軍の内情を見てきたけど、こんな人は他にはいなかった。
力を持つ者は力なき者の指導はするが、それ以上のことはしない。
あるのは、あくまで上官と部下という関係のみ。
だからわたしにとってこの人はどうしてもイレギュラー的な存在として映ってしまう。
言い方を悪く言えば、変人だ。
「……ふぅ。で、俺に用があるんだよね?」
彼は自分で入れたコーヒーを一口含み、一息つくと、本題に話をシフトしてくる。
「はい。実はユーグ総指揮官殿に昨日の部隊編成についてお聞きしたいことがあるのですが……」
わたしがこう話を切り出すと、何故か彼は突然手の平を前に突きだした。
「ちょっと待った。質問の前に一ついいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
彼はコホンと咳払いをすると、その理由を話し始めた。
「その”総指揮官殿”って言い方止めてくれないかな? 俺は堅苦しいのは嫌いでね。リィナさんにはもっとこう……自由に俺の名前を呼んでほしいんだ」
「じ、自由に……ですか?」
「そ。例えばそうだな……ユーグくんとかでも全然Okだよ!」
「い、いやそれは流石に……」
上官に向かって”くん”付けでは呼べない。
そんなところ見つかったら、どうなるか……
「あははは、リィナさんは真面目なんだね。まぁこれはあくまで一例だよ。ただ、さっきの呼び方だけは遠慮してほしいってだけで」
「な、ならユーグ上官……とかは……」
「あ~それも嫌だな。なんかこう、役職で呼ばれるのが好まないんだ。自動的に隔たりが出来てしまうみたいでね。リィナさんも嫌でしょ? 慕ってもない人間に上官だの総指揮官殿なんていうの」
「わ、わたしは別に……」
そんなことなんて考えたことがなかった。
というか呼び方云々に関心なんてなかったし。
わたしにとって上官は上官。
上に立つ者がいれば下にいる者もいる。
自然の成り行きであり、下にいるものが上に従うのは至極真っ当なこと。
でもこの人は……
「あっ、じゃあこうしよう! 俺はリィナちゃんって呼ぶ。だからリィナちゃんは俺のことをユーグ先輩って呼んでくれないかな?」
「せ、先輩……ですか?」
「うん! 一度言われてみたかったんだ。……どうかな?」
「わ、わたしは構いませんが……いいんですか? 普段もそう呼ぶんですよね?」
「もちろん! あっ、もしこのことにケチをつけるような輩がいたならすぐに言ってね。俺が真っ先に成敗するから!」
「せ、成敗って……」
そこまですることなのだろうか?
今まで色々な人を見てきたけど、この人の考えは全く分からない。
「じゃあ決まりね! これからよろしく、リィナちゃん!」
手を差しだし、ニッコリと笑う彼にわたしも手を差し伸べる。
そして軽くハンドシェイクすると。
「よし、これでお互いの呼び方は決まったね。んで……」
彼はここで会話を止めると、首を傾げながら、
「リィナちゃんは俺に何について聞きたかったんだっけ?」
「……えっ?」
「?」とアホ面を向けるユーグ総指揮官殿改めユーグ先輩。
まだ本題に入ろうしてから5分も経っていないというのに……
最初はどんな人なのかと詮索の目を向けていたけど、この様子を見てわたしの中の判断がようやく纏まった。
……この人、わたしが思っている以上に”バカ”な人だ。