150.初めて会ったあの日
番外編になります。
物語はリィナ視点で進んでいきます。
わたしには親友がいる。
歳違いの親友だ。
名前はリーフレット・ルーデント。
わたしと同じSランク勇者で軍内では同じ時期に入ったので同期になる。
彼女はわたしの親友であり、恩人だ。
これからもそれは変わらない。
わたしにとって、リーフレットは唯一無二の存在なのだ。
リーフレットが何かあれば、わたしは自らの命だって投げ出すことができるだろう。
他人のために命を張るなんてバカバカしい……昔はそう思っていたけど、彼女に出会ってその考えは変わった。
そう……全てはあの出来事から、わたしの新たな人生が始まったのだ。
♦
――数年前、勇者軍本部にて
「ここが、勇者軍の……」
見たこともないデカい建物に目を奪われる。
わたしの住んでいたところはかなり田舎だったから、王都の街並だけでも圧倒されていたのに、初めて踏み入れた本部内はそれを覆すほどのものだった。
とにかく広い敷地。
どこまでも続く廊下。
右往左往する人々。
まだ早朝だというのに、既に沢山の人が汗水垂らして働いていた。
わたしは少し緊張しながら、再び歩き出し、本部の門を潜ろうとした時だ。
「止まれ」
護衛兵の一人に剣を横に向けられ、通行を阻害されると、
「用件は?」
そう聞いてきたので、わたしは少し震えた声で正直に答えた。
「あ、あの……入隊試験を受けにきたのですが……」
「入隊希望者か? 一応身分の確認をさせてもらうぞ」
そういうと護衛兵は身分確認ができるものに提示を求めてきた。
わたしは予め発行しておいた市民票を提示すると、
「よし、入れ。入隊試験の会場はこの先を進んで突き当たりを左に行くとある。あとは試験監督の指示に従うように」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
わたしは小さく一礼すると、本部内へ。
言われた通りに道を進んでいくと、そこには勇者軍入隊試験会場と書かれたボードが立てかけてあった。
「ここね……」
中に入っていくと、そこはとてつもなく広い訓練場だった。
しかも既に多くの入隊希望者で溢れていた。
まだ試験開始予定時刻から1時間も早いというのに……
わたしは受付で必要な手続きを済ませると、待機列に並んだ。
(こんなにも勇者になりたい人がいるのね……)
恐らく入隊希望者の9割は、勇者という存在に憧れてここにいるのだろう。
でもわたしは違った。
わたしの場合は完全に個人的な事情だった。
目的を果たすために勇者を志したのだ。
何故かと言われれば理由は単純で、お金が欲しかったからだ。
わたしの実家は貧しく、普通に生活するだけでもギリギリの状態だった。
数年前。
父親は職を失い、その葛藤で殺人犯罪を犯し、夜逃げした。
母親はその処理に追わされ、配偶者という理由だけで高額の慰謝料を父親の代わりに払わされることになった。
おかげでとんでもない額の借金を抱えることになった。
それから今まで明るかったはずのわたしたちの生活は一転。
暗闇へと引きずり込まれた。
わたしはその借金の返済と再び家族に幸福を齎すために、勇者を目指すようになったのだ。
「え~、それでは只今より勇者軍入隊試験を執り行います。希望者の皆さんはこちらに整列してください」
監督員と思われる人からのアナウンスに一同は揃って一つの場所に集まる。
そして試験の内容を口頭で話し始めた。
「これから君たちにはこの聖威剣に触れてもらう。君たちも知っているかもしれないが、勇者になるには聖威剣を扱うための聖魂が必要となる。これはそれの有無を確かめるための試験だ。評価基準は触れた時に聖威剣を光らせ、覚醒させることができれば合格、それ以外は全て不合格となる。一人の者が聖威剣に触れられる時間は10秒とする。それ以上、超過した場合は速やかに手を離し、次の者と変わるように。説明は以上だ」
なんとも端的な説明……
要は10秒以内にあの剣を光らせなければ、不合格になるということね……
聖威剣は聖魂がないと覚醒させることができない。
もしわたしに聖魂がなければその瞬間、夢は潰えることになる。
でも運任せなのは承知の上だ。
希望がある限り、わたしは挑戦する。
家族を守るために。
「それでは、早速試験に移る。前列に並ぶものは試験監督の指示のもと、各聖威剣の前につくように」
とうとう試験が始まった。
試験で使われる聖威剣は8本。
よってこの人数の中から選ばれるのはたった8人のみ。
かなりの倍率だ。
「――くそっ、何で光らない! 何で!」
「――うぅ、ダメか……」
試験が始まったから数十分経つと、チラホラと嘆きの声が聞こえてきた。
未だに8本の聖威剣は一度も輝きを見せていない。
でもこれが普通なのだ。
日によっては一人も適合者が現れないと聞いたことがある。
誰にでもチャンスがあると聞こえはいいが、逆に言えば落とされる確率もそれだけ高いということだ。
「――お、終わった……」
「――俺の夢が……」
次々と落第していく入隊希望者たち。
そろそろ嘆きの声も聞き飽きてきた――その時だ。
「――お、おいおいマジかよ」
「――あれって、そういうことだよな?」
「――てか、あの子めっちゃ可愛くね?」
突然ざわめき始める会場内。
人だかりで何が起こったのか分からず、わたしは一時的に列に割り込み、聖威剣の方を見る。
すると、中央にあった紅の聖威剣が眩しい光を帯びていた。
とうとう適合者が現れた。
だが、様子がおかしい。
よく見るとその光を帯びた聖威剣には誰も触れていなかったのだ。
ただその近くにいたのは綺麗な白銀の髪を持った少女の姿だった。
(どういうこと? 聖威剣に触れてもいないのに、なんで……)
疑問に思っていた時だ。
監督員が拡声器を持つと、
「合格。受験ナンバー348、リーフレット・ルーデント!」
高らかにその少女の名を叫んだのだった。