15.模擬戦
「準備はいい? しーちゃん」
「ああ、いつでも」
演習施設の一角にある模擬戦用の演習場に俺たち二人はいた。
俺はリーフレットの提案で模擬戦をすることになり、今はどのクラスもここでの演習予定がなかったため貸し切り状態だった。
「ルールはさっき説明した通り、相手の木刀を払った方が勝ち。魔法は使用禁止で体術スキルはありね」
「分かってる」
……と、改めてルールを確認。
いよいよ模擬戦へと移っていく。
「じゃあ、行くよ。しーちゃん!」
構えるリーフレット。
それと同時に彼女の目つきが一変する。
先ほどまでとは違う強い眼差しと漂う覇気。
これは……来る!
そう思った時だった。
リーフレットは勢いよく踏み込み、物凄い勢いで剣を振りかざしてくる。
だがこれを読んでいた俺はすかさず回避。
身体を一回転させつつ、下からすくいあげるように剣を振ろうとするが、
「まだまだ!」
攻撃はまだ終わってはいなかった。
リーフレットは再び地をグッと踏み込むと、身体をくねらせ二撃目を繰り出す。
くっ、二段剣術か!
俺は即座に反撃をキャンセル。
姿勢を低く保ち、その攻撃を受け止める。
そしてそのまま剣ごとリーフレットを弾き飛ばすと、態勢を整える。
弾かれたリーフレットも華麗に着地し、再び剣を構える。
「流石はしーちゃん。今のはちょっと自信があったんだけどなぁ」
「俺も驚いた。まさかあの態勢から二撃目が出せるなんてな」
「ふっふーん♪ あれはわたしが持つ体術スキル≪姿勢制御≫のおかげなんだ~」
「なるほどな」
だが一番驚いたのはそこではない。
リーフレットはそれ以上に剣を振るスピードが尋常ではなく速かった。
無駄のない動き。
剣を振る角度。
タイミング。
全てがかみ合っていた。
それでいてその細い腕から繰り出されるこの重い一撃。
Sクラスは伊達じゃないってわけか。
日々の自己鍛錬(素振り)をしていなければ恐らく今のは回避できなかった。
全盛期の時と比べて身体が鈍っているとはいえ、自己鍛錬を続けていたおかげでそこまでではない感じ。
それに、今の戦闘でかつて血が滾っていた時の記憶が一気に蘇ってきた。
この感覚、高まる高揚感。
久しぶりだ。
「次はこっちから行くぞ」
「うん! わたしはいつでもいいよ!」
そう言いながらリーフレットは臨戦態勢を整える。
そして静かに木刀を構え、すぅーっと息を吐くと、
「……一式体術≪烈風≫」
その声と共に俺は真っ向から木刀を構え、猛進。
疾風迅雷の如く一気に距離を詰める。
「速い!? でもっ!」
リーフレットにはこの動きが見えているようだった。
的確なポイントに木刀を振りかざし、応戦してくる。
……が、それこそ俺が望んでいた行為そのものだった。
「かかったな」
「……ッ!?」
リーフレットの振りかざした一撃は俺の身体を一刀両断する……が、それは影となって消える。
「これって……偽物!?」
「その通り。ちなみに本物はこっちだ」
「……え?」
俺は幻影を囮に一式体術≪烈風≫の効果で側面へ。
不意をついた瞬間にリーフレットの懐に素早く潜り込み……
「はぁぁぁっ!」
木刀を振り、リーフレットの持つ木刀だけを思いっきり弾き飛ばす。
「あっ……」
吹き飛ばされた木刀は数メートル先の地点まで飛び、コテンと音を立てて地についた。
「俺の勝ちだな」
「ま、負けたぁぁ……」
リーフレットはその場で悔しそうに座り込み、俯く。
だがすぐに顔を上げるとリーフレットは、
「ねぇ、しーちゃん。今のは一体……」
「ん、二段体術のことか?」
「に、二段体術!?」
「ああ、複数の体術を重ね掛けする業だ。ちなみにさっきお前に仕掛けたのは一式体術≪烈風≫という高速移動と≪影狩≫という自分の幻影を作りだすことができるスキルだ」
「そ、そんなのアリなのぉぉ~?」
ありである。
特にルール上で体術に関することがなかったからな。
それに、これも業の一つ。
ズルではない。
「まさか、体術スキルを重ね掛けできるなんてやっぱしーちゃんは凄いよ。史上最強の勇者っていう噂は本当だったんだね」
史上最強って……俺にそんな噂が出来上がっていたのか。
「ま、まぁ……これくらい鍛錬を積めば誰だってできることだ。リーフくらいの実力がある人間ならすぐに会得できるよ」
「ほ、ホント?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ今度教えてよ! しーちゃんの指導ならいつも以上に頑張れると思うし!」
それより普段の鍛錬を……と言いたいところだったが、今は止めておく。
「分かったよ。今度教えてやる」
「ホント、やったぁ!」
リーフレットは嬉しそうにニッコリと笑う。
俺もそれに応えるように堅い笑みを浮かべた。
にしても本当に変わったなリーフは。
前まで虫一匹ですらまともに退治できない女の子だったのに、今やこうして木刀を持って一戦交えているのだから。
数年前の俺なら考えもしなかったことだ。
いや、まずリーフが勇者になるっていう想定すら立ってないな。
でも昔と比べて見違えるように逞しくなったのは幼馴染としては嬉しい。
昔はこれで大丈夫なのか? と他人ながら心配していたくらいだったからな。
「……リーフ」
「ん、どうしたの?」
座り込みながら首を傾げる幼馴染に俺は手を差し伸べながら、
「……強くなったなリーフ。感激したよ」
……と一言添えた。
するとリーフの顔はたちまち紅色に染まり、スッと目線を反らす。
顔は明後日の方向を向きながらも手だけはポンと置いてくれた。
「そ、そんなこと……ないよ。わたしなんてまだまだなんだから」
「そうか? 俺はさっきのリーフ、とてもカッコよかったと思うけどな」
「……」
リーフレットはさらに顔を赤く染め、差し出した俺の手に自らの手を乗せながらスッと立ち上がる。
そしてまるで何かを隠すかのように後ろを向いてしまうと、
「さ、さてと! じゃあそろそろ案内の続きに戻るとしますか!」
「あ、そう言えばリーフ。そのことなんだがそろそろ仕事に――」
「ささっ、行くよしーちゃん!」
「お、おい……!」
俺の言葉は途中で遮られ、リーフレットに腕を掴まれる。
(はぁ……こりゃ今日は親分に絞られるなぁ)
そう思いながら、はぁ……と小さなため息を漏らす。
でもなぜだろう。
この時のリーフはなんだかより一層、可愛く見えた。