133.これにしよう
「あ、貴方は……!」
「アゼル副団長!」
俺たちの背後に立つ若い男。
その人は何と勇者軍経理部門統括兼副団長のアゼルさんだった。
「アゼル副団長、なぜこんなところに……」
「来週、妹の誕生日が控えてましてね。そのプレゼントを買いにきたわけです」
「妹って……アゼルさん、兄妹がいたんですか?」
「ええ。実家で両親と一緒に暮らしています。お二人はデート――」
「違います」
「否定早くない!?」
アゼルが最後まで言い終わる前に否定するリィナちゃん。
確かに違うけど、即答しなくてもいいじゃないか。
「本当のことです。わたしはウソをつくのは嫌いなんで」
「そ、そうだけどさ……」
なんか真っ向から否定された感じで悲しい。
「はははっ、でも油断は禁物ですよ。もしこんなところを軍の者が目撃したら、大騒ぎになりかねませんからね」
「そ、それだけは絶対に嫌です! もし見つかったら、全力で逃げます!」
「流石にそれはひどくね!?」
冗談で言っているのか、本気で言っているのか。
そこの判断が難しいところだ。
「ところで、お二人はなぜこのような場所に?」
「ああ、実はですね……」
俺とリィナちゃんはアゼルさんに事の事情を説明した。
もちろん、贈り物の相手は伏して。
「なるほど。大切な友人への贈り物……ですか」
「はい。それだけでかれこれ何時間か迷っていて。ぬいぐるみをあげるというところまでは辿り着いたんですが……」
「ふむ……」
アゼルさんは少し考え込むと、すぐに口を開いた。
「参考になるかは分かりませんが、あれなんてどうでしょうか?」
「……?」
アゼルさんが指差した方向には他よりもひと際デカい商品棚に置かれていたあるぬいぐるみ。
人気なのか知らないが、他のぬいぐるみと違って大々的に宣伝されていた。
俺たちはそのぬいぐるみが置いてある商品棚の方へ歩み寄る。
「このぬいぐるみですか?」
「はい。実はそれ、うちの妹がすごい好きで実家に何体もあるんですよ。なんか巷じゃ大人気っぽくて色んなシリーズがあるみたいですよ」
「はぁ……これが?」
「これが……」
そのぬいぐるみは他のぬいぐるみとはだいぶ違った。
というのも絶望的に可愛くないのだ。
むしろ気持ち悪くて、言い方を悪く言えば軽くグロテスク。
でもアゼルさんが言っていることはウソじゃないようで、近くに会った商品看板にはデカデカと『今話題の大人気商品』と書かれていた。
「見た目はちょっとあれですけど、それがいいって評判らしいです。なんか……キモカワ? なところがいいて前妹言っていました」
「き、キモカワ……ですか」
確かに観点を変えればそう思えなくもない。
ぬいぐるみとはモフモフしていて可愛いものだという概念を捨て去れば、の話だが。
「どう思う、リィナちゃん。このぬいぐるみ……」
「普通なら速攻で却下……と言いたいところですが、何故かアリだと思えてしまうんですよね」
「奇遇だね。俺もそう思う」
特にこれと言って深い理由はない。
でも何となく、悪くはないという考えがあるのは隠しようもない事実だった。
あと、俺たちの選別に追い風を吹かせるのはこの『大人気商品』という売り文句だ。
人は人気や流行という言葉に敏感に反応する。
もしリーフレットちゃんがぬいぐるみが大好きならば、このぬいぐるみの存在ももちろん知っているはずだ。
人気商品というものはビジュアルとか機能とかがどうであれ、何かしらの理由がある。
選択肢としては、悪くない。
というか、むしろ選んで外れがないとも言える。
悩んでいるなら人気な物に手をつけるのが手っ取り早いのだ。
「どうする? この際だから、このぬいぐるみにするってのも手だけど……」
「そうですね。わたしの直感も何となくですが、これを選べと言っているような気がします」
「それじゃあ……」
「はい……これにしましょう」
リィナちゃんは俺の方を向くと、その決断を口にする。
俺も無言で首を縦に振ると、リィナちゃんはぬいぐるみを抱きかかえ、会計の方へ持っていくのだった。