125.変わらないもの
「でね、リィナがそこで突然歌いだしちゃってさ~ホント面白かったんだよ~」
「ははは、そりゃ可笑しいな~」
王都の民が寝静まった丑三つ時。
俺たちはまだベッドの中で会話を弾ませていた。
基本、リーフが喋って俺が聞き手になるというスタンスだが、それだけでも十分に楽しい。
何より、リーフが楽しそうにお喋りをしている姿を見るだけでも、俺は満足だった。
「でさ~リィナがねぇ~……ん、どうしたのしーちゃん? さっきからニヤニヤして」
「いや、なんかリィナの話ばっかりだなって思ってさ」
「だ、ダメ……だった?」
「いやいやとんでもない! むしろ微笑ましくて聞くのが楽しいくらいだよ。本当にリーフはリィナのことが好きなんだなって思ってさ」
「それは大切な親友ですから! 他にもいっぱい面白いリィナエピソードあるよ!」
「リィナエピソードって……」
話の内容は最初から今に至るまでリィナに関わることだった。
自分のことならまだしも他人のことをここまで面白おかしく、楽しそうに話せるのはすごいことだ。
それほど相手のことをよく見ているってことだからな。
「でもしーちゃんだってユーグさんと仲いいじゃん。それと同じだよ」
「ま、まぁ……」
ユーグと仲がいいのは否定しない。
勇者軍の中でもあいつとは人一倍話したし、今でも大切な友人だと思っている。
でも見方によっては悪友にもなるからな……
エピソードを言えって言われたら言えないことばかり出てくるから、リィナとリーフのような純粋な関係というには首を傾げてしまう。
俺たちの場合、友人ではあるがちょっとした不純物が混じった関係とも言えるのだ。
「はぁ~なんかいっぱい話しちゃったね」
「だな」
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
話に聞くのに夢中になって全然分からない。
「ねぇ、しーちゃん」
「ん~?」
「ぎゅーしてもいい?」
「……え?」
甘い声で名前を呼ばれたかと思いきや。
彼女の次なる要望が俺の胸に突き刺さる。
「ぎゅ、ぎゅーってあのハグのぎゅー……か?」
「そうだよ。というかそれ以外にないでしょ?」
ごもっとも。
でもいきなりすぎないか?
もしかしてこれが深夜にやたら気持ちが高揚するという特殊な感覚。
深夜テンションってやつなのか!?
(ってことはもしやこのまま行くところまで行っちゃう可能性が……)
「しーちゃん? どうしたの?」
「ああいやなんでもない! 別に構わないぞ。どんとこいってんだッ!」
空回りするとはこのこと。
余計な力が入ってしまい、変な言葉が不意に出てしまう。
「な、なんか気合い十分って感じだね……でもそういうことなら、遠慮なく行かせていただきます!」
俺の謎の気合いに首を傾げながらも、リーフは勢いよく俺に抱き着いてきた。
(うっ……! こ、これは……!)
抱き着かれた瞬間、柔らかな感触が俺の肌に触れる。
もちろん服の上からだが、それでもしっかりと感じた。
「えへへ~しーちゃん、あったかーい!」
「そ、そうか?」
「うん!」
いや多分、その温かさは体温だけの問題じゃない。
色々な理由を含んだ熱が身体から放出され、温かくしているだけなのだ。
(にしても、これは……)
思った以上にヤバイ。
しかもめっちゃシャンプーの良い匂いするし、胸元にはその……リーフの大きなアレを感じるし。
こんなの反則級だ!
幼馴染とはいえ、こんなことされたら俺の理性が危うい。
もちろん嫌ではないけど、これは流石に――
「しーちゃんの身体、すごく温かい。こうしているとすごく昔を思い出す」
「む、むかし?」
沸騰寸前の脳内と戦っていた中、俺の暴走はピタリと止まる。
そういえば、むかしリーフの家に泊まった時にこうしてぎゅーしてあげた時があったけな。
「確かリーフが夜眠れなかった時のことだよな」
「そうそう。なんかその前の夜に怖い夢を見ちゃって、それで夜が怖くて眠れなかったんだよ」
「よく覚えているな、そんなむかしのこと」
「そりゃ覚えているよ。だってあの時、すっごく嬉しかったんだもん」
「嬉しかった?」
「うん。あの時ね、しーちゃんにぎゅーってしてもらって凄く安心したの。温かくて……さっきまでの怖さが嘘のように消えていって、幸せな気分だった」
「そうだったのか」
なんか面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいな。
そう言われるのは、めっちゃ嬉しいけど。
「今もこうしてぎゅーしてみると、やっぱり安心する。あれからお互い変わったところも多いけど、ぎゅーだけは変わらないなって……」
「そっか……」
変わらない、か……
確かに俺たちはあの時よりも変わったことが沢山ある。
容姿も身分も立場も。
それでもむかしと変わらないことだっていっぱいある。
リーフの言うこともそうだし、俺からすれば彼女のその優しさや笑顔は昔から変わらないなって思っている。
奥手な面もあるけどいつもいつも元気いっぱいで、誰からも好かれて。
そんなリーフが羨ましいなって思った時もあったっけ。
もしかしたら、そういう根底にあるものって何年時が経っても変わらないものなのかもしれないな。
「なぁ、リーフ」
「………………」
「って、寝てるし!」
気がつけば隣でリーフがスヤスヤと寝息を立てながら寝ていた。
彼女の言った通り、俺とぎゅーしたことで安心感を得たのだろう。
さっきまでのお喋りさんが嘘のように静かになった。
「ホント、フリーダムなヤツだな」
でも俺はそんなリーフが好きだ。
彼女が元気に笑ってくれているだけでも俺は嬉しいし、凄く活力になる。
明日からも頑張ろうってそう思えてくるのだ。
それに最近は一緒にいると凄くドキドキする。
多分、この気持ちは幼馴染として枠を超えた感情も含んでいるのかもしれない。
一緒にいて楽しい、でもドキドキする。
今までに感じたことのない気持ちだったから、恐らくはそういうことなのだろう。
もちろん。
そんなこと本人の目の前ではまだ言えないけど。
「いつかは言わないと……な」
俺はスヤスヤと気持ちよさそうに眠るリーフの頭にそっと手を乗せ、ゆっくりと撫でる。
すると心なしかリーフがニッコリと笑ったような気がした。
「……俺もそろそろ寝るか」
俺はリーフの頭からスッと手を引く。
そして抱きつくリーフの背中に手を回すと、静かに目を閉じるのだった。