116.幼馴染と夜の王都1
一方、その頃。
魔界都市グリズリーにある大魔城では、人界侵略のための新たな動きが見られようとしていた。
「やられたな、ベルモットよ。お前の判断は見事に的中したわけだ」
「申し訳ありません、ガルーシャ様。ですが、我々の当初の目標の一つであったコロナルーンの回収はできました。ついでにバルガが勇者二人から吸い取った精気もこの手に収めることができました。ただ、例の少年……シオン・ハルバードの精気に関しては術式が破損しており、回収はできませんでしたが……」
「まぁ良い。我々とすればそのコロナルーンの獲得が何より重要なことだったからな。この展開も大体は予想できた。お前もそうだと思ったから我に計画内容の変更を求めてきたのだろう?」
「はい、おっしゃる通りで」
今回の峡谷での一件。
ベルモットはバルガの裏切りが発覚した時点で作戦変更を秘密裏にガルーシャに対して提示していた。
最も、バルガの裏切りは前々から認知していたことでベルモットたちにとって一番重要だったのはあの峡谷に潜むお宝を探すこと。
コロナルーンという希少資源の獲得だった。
その代わりに人界侵略計画のための前哨戦は失敗に終わったわけだが、ガルーシャもそれに対して非難することはなかった。
「だが、ベルモットよ。部下の教育だけはしっかりとしておくことだ。貴様は仮にも次期統べるもの候補の筆頭。六魔の束ねる存在として部下の躾はきちんと行っておくものだ」
「心得ております」
「ならば、次から気をつけることだ」
「はっ」
「よろしい。ではお前に次なる命令を与える。心してかかるように」
「仰せのままに……」
闇に満ちたもう一つの世界で。
一人の魔人は人界侵略を成し遂げようとする主の願いを叶えるべく、再び暗躍するのであった。
♦
最近、幼馴染の様子がおかしい。
最近とはいっても例の峡谷での一件からで、ほんの数日前のことだ。
「あいつはこんな時間に俺を呼び出して一体何を言うんだろうか……」
日は完全に落ち、空が暗闇に染まる時間帯に俺はリーフレットに呼ばれ、王都に向かっていた。
理由は分からない。
誘われたのも今日の早朝だったし、仕事もあったから聞くに聞けなかった。
というか用件を言うなり、さっさと帰っちゃったし。
「なんか悪いことでもしたのか……?」
こう人から秘密裏に呼ばれたりすると、どうしても悪い方向に考えてしまう。
自分が何か気に障ることでもしたのではないかと。
でも誘われたからには行かないといけない。
今の内に何を言われてもいいように心を整えておこう。
俺はそんなことを考えながら、王都の門を潜り、街灯やイルミネーションの光で彩られた王都の街を歩いていく。
「えっと、確かこの道をまっすぐ行ったところだったな」
リーフレットの家は王都の正門からそう遠くない場所にある。
ただでさえ広い王都の街は場所によっては馬車で移動しないといけないこともある。
そういったこともあって王都内では無料馬車があったりと、交通の便は良い。
それと、初めて王都に来た観光客のために多言語を用いた案内看板も至る所に設置されている。
今ではバリアフリー化も進んでいるらしく、色々な人に優しい街づくりをスローガンに都市開発を行っているみたいだ。
「どんどん綺麗になっていくな、この街は」
心地よい夜風と共に。
様々な色の光で包まれた王都の街並みを見渡しながら、歩いていく。
「ここだな」
目の前に佇むは一軒の巨大な住宅施設。
王都の時計台ほどではないが、それに準ずるレベルの大きさを誇るこの建物にリーフレットは住んでいるらしい。
「本当にここで合っているんだよな……?」
というのも今日の朝に口頭で説明してもらっただけだから、自信がなかった。
建物の色や場所から考えて情報通りだったから、間違っている可能性は低い。
「ま、大丈夫だろう」
せめて紙か何かに書いて渡してほしかったな。
……と、軽い愚痴を吐きつつも俺は建物の中に入っていく。
建物に入るともう一つ厚い扉が現れ、その前に手のひらサイズの小さな板が台に置いてあった。
「えっと、この魔力反応板に手をつけて部屋番号を言うんだったな」
リーフレット曰く、そうしないと部屋の中に入れないらしい。
俺はその板に手を乗せると、予めリーフレットから聞いていた部屋番号を口にする。
……と。
「あっ、しーちゃん! 今着いたんだね!」
「り、リーフ? ど、どこにいるんだ?」
辺りを見渡してもリーフレットの姿はない。
それもそのはず、リーフレットの声は手を置いた板から聞こえてきていた。
どうやらこの板に手を置いて部屋番号を言うと、対象の部屋に繋がって会話ができるようになるらしい。
しかも向こうからは俺の姿が見えているようだ。
「今、扉を開けるからね。板から手はもう離していいよ」
リーフレットの指示で板から手を離すと同時に、目の前の分厚い扉がガタンと重々しい音を立て開き始めた。
「後は階段で16階まで来て。そこからはわたしが案内するから」
「分かった」
俺は開いた扉の先を歩いていき、階段の方へ。
「ここまで厳重なセキュリティーが敷かれているとは驚きだな」
本来ならば勇者軍の門にもこういうものを設置すべきだろうが、こればっかりは仕方ない。
費用も相当かかるだろうし。
俺はそのまま階段を上り、リーフレットの住む階層まで歩いていく。
この建物はどうやら20階建てで、リーフレットの部屋は16階とのことだからだいぶ上の階にあることが分かる。
こういう類の住宅施設って上の階に行けば行くほど家賃が高くなるだろうから、言うほど金がないわけじゃなさそうだ。
前によく金欠発言していたから、実際どうなのかな思っていたが。
「ふぅ……あと一階」
結構しんどいなこれ。
階段で16階まで上がるのは予想以上に辛かった。
仕事終わりで疲労も溜まっていたというのもあったから、余計身に負担が強くのしかかる。
(でも待てよ。じゃあこの前俺がリーフの家に来たときにあいつはどうやって俺を……?)
まさか担いで16階まで上がったってわけじゃないよな?
だとしたら相当なことだけど……
「よし、あとちょっと……!」
俺は少し乳酸が溜まってきた太腿をフル稼働させる。
そして最後の一段を登り切ると、
「お疲れさま、しーちゃん。ごめんね、ここまで来てもらっちゃって……」
すぐ横から聴こえてくる聞き慣れた声。
少し息をきらす俺を甘い声で呼びかけるのは、前に見たときと同じようなモコモコとした可愛らしい部屋着に身を包んだリーフレットだった。




