111.球体の正体
新年、あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
俺が親方に連れてこられたのは工房内にある物倉庫だった。
そこから、親方は謎の木箱を一箱取り出した。
「お前さんに頼まれていた例のやつの鑑定が終わったら伝えておこうと思ってな」
「ほ、本当ですか!?」
「おうよ。腕利きの鑑定士にお願いしたからな。すぐに正体が分かったぜ」
例のやつ、というのは前に黒のドラゴンを討伐した際に手に入れた謎の球体。
王都に帰った後、俺はリベルカに状況報告を済ませ、すぐに工房に向かった。
その時に親方に球体を見せたところ、何かまでは分からず。
その後、俺は一度球体を親方に預け、その線に詳しい人物に調べてもらうことになった。
で、早くもその結果が分かったとのことで、親方に呼び出されたというわけである。
「結局その球体は何だったんです?」
「それがだな……どうやらお前さんはとんでもないものを持ってきちまったみたいなんだ」
「そんなにすごいものだったんですか?」
この問いにコクリと頷く親方。
その表情は深刻そう、というわけではなく、驚きに近いものだった。
あの水晶玉のような球体にどんな秘密があったというんだ?
「教えてください、親方。これは一体何だったんですか?」
先が気になり、身を乗り出す。
親方は髭でもっさりとした顎を触り、難しい表情を添えて答えてくれた。
「……竜玉だよ。その球体は」
「竜玉……? それってドラゴンの体内でごく稀に生成されるという希少鉱石の?」
「そうだ。元々、ドラゴンがエサとするのは純度の高い鉱石と古くから言われている。その際に腹の中にためられた多種多量の鉱石が分解を起こし、それが何らかの原因で一つの塊として結合して現れる場合がある。それが竜玉だ」
多種多様な鉱石をエサに……
ということは深層区画内で目にしたあの鉱石の山は、ドラゴンのエサだったってことか。
結局、あそこから鉱石を持ち帰るのを忘れてしまったが。
「でもただ希少なものってだけではないみたいですね」
「その通り。問題はここからなんだ」
親方の顔色を伺う限り、それだけではないということはすぐに分かった。
さっきからずっと何かに悩むような表情を見せていたからな。
「何か問題でも?」
「問題というより、驚きの方が大きかったな。ちなみに一つ聞くが、お前さんはこの球体を初めて手にした時に何か感じなかったか?」
「何か……あっ、そういえば初めて球体に触れた時になんかこう、物凄い魔力の圧が全身を駆け巡るような感覚がしました。しかもあまり穏やかなものじゃなくて、どちらかというと邪悪な感じが……」
ドラゴンの体内から発せられた光と共にこの球体が現れ、それを手にした時に起きたゾクッという感覚。
そしてその後からとんでもないほどの魔力を球体から感じ取った。
まさに魔力という不透明なものが具現化したかのような感じだった。
おまけに魔族とかと似たような邪気も感じたし。
「ふむ、やはりお前さんも感じ取っていたか。この球体に潜む邪気を……」
「それよりもこの球体に秘められている魔力の方が驚きましたけどね」
でも親方が様子を見る限り、その邪悪な感覚の方が重要なようで。
「シオンよ、お前さんはこの球体を何かに使う予定とかあるのか?」
「いえ、特にそういった予定はないですけど。どうしてです?」
「頼んだ鑑定士が言うにはこの球体からはとんでもないレベルの邪気を含んでいるようでな。このままだと邪気が爆発する可能性があるとのことだ」
「邪気が爆発って……どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。鑑定士が言うには邪気の量的に国一個が滅んでも可笑しくないレベルの被害が出るんだと。言ってみれば、魔力爆弾だな」
国が滅ぶ……そんな馬鹿な。
いや、とは言っても冷静に考えれば変なことでもないか。
元々あの黒の竜は魔王たちに極限まで改良された特殊品種の個体だ。
侵食種な上に異種というドラゴン本来の力の枠組みを超えた、いわばドラゴンの形をしたバケモノ。
親方の話によればに普通のドラゴンから稀に取れる竜玉すらとんでもなく貴重なものらしいから、そのバケモノの竜玉が普通であるはずがない。
あの異次元な存在に見合っていないと辻褄が合わない。
「もし、その話が本当ならどうするんですか?」
「本当なら、早急に邪気を取り払ってもらわんといけなくなる。それこそ、経験豊富な実力ある聖職者にな」
「というと、セイントネス大聖堂のシーラ大神父様とかですか?」
「それくらいのレベルじゃないと手に負えないだろう。ま、逆に言えばそれほどこの球体に秘められた邪気は危険だってことだ」
その鑑定士が信用できる人なのかは分からない。
でも親方が腕利きというくらいだから、ある程度信頼できる人物なのだろう。
にしても、もしこの話が真実だとしたら、とんでもないことだ。
国が一個滅ぶほどの爆発なんて尋常じゃない。
親方が言うにはよほどの実力ある浄化師に頼まないと無理だと言っているが――
「あっ、そうだ。もしかしたらあれが使えるかもしれないです」
「ん、どうした? 何か思いついたのか?」
「はい。多分、これならいけるかと」
(確かまだポーチの中に入っていたはず……)
俺は普段から持参している大ポーチを漁り、あるものを探す。
そのあるものとは、邪気を取り払う手段となりえるもの。
深層区画攻略前に貰った保険の一つで、本来は対バルガ用に用意したものだけど。
「あった!」
お目当てのものが見つかると、袋から取り出し、親方に見せる。
「これは、スクロールか?」
そう、それは魔法の天才が俺の要望でわざわざ作ってくれた古代の産物。
特殊術式が込められた『魔封じ』のスクロールだった。




