01.昔の記憶
俺――シオン・ハルバードは勇者だった。
勇者に憧れ、生まれて10年目の年にその道を目指すことを決意し、わずか1年という短い期間で俺は念願の勇者になることができた。
急激な成長は留まることを知らず、さらに半年が経った頃には俺は勇者の中でも最強とされるSランクの称号を手に入れていた。
もちろん、歴代史上最年少として。
なので当時は俺が属していた組織もギルドも大騒ぎになったものだ。
天才だ天才だともてはやされ、13の歳となる頃には大隊の指揮まで任されるほどとなっていた。
まだ年端もいかない子供がおっさん勇者たちをコマのように動かし、その技量も卓越したものがあったからか実力のみならず地位までも確立させていった。
だが、そんなエリート街道も長くは続かなかった。
俺はある日を境に勇者を辞めることとなる。
そう、今でもはっきりと鮮明に覚えている。
俺が生まれて初めて、失意というものを持った瞬間だった。
♦
勇者軍団(一般的には勇者軍)。
俺はかつてそう呼ばれている組織に属していた。
名前の通り、特殊能力を覚醒させた勇者と呼ばれる者のみを集めて結成された軍隊のことを指す。
優先すべき目的はもちろん、50年来の復活を果たした世の災厄とも謳われる”魔王”の討伐、または封印。
そして民を魔族の手から守ることだった。
だがある日、事件は起こった。
俺は魔族の軍勢がとある村に近づいているという報告を受け、自らが指揮する部隊を連れて現地に出向いていた。
村を拠点として村人を避難させつつ、魔族たちを撃退することが当初の目的であったはずなのに――事態は思わぬ方向へと転換した。
何と村を囮にして魔物たちを呼び寄せ、撃退する方針に変わったのである。
これは当時、歴戦の将として名高かった団長のゴルドが独断で決めた作戦だった。
当然、俺たちはそんなことなど知らずに村人たちと接触をして注意喚起など作戦決行までの段取りを進めていた。
村の人たちは皆、本当に良い人ばかりだった。
突然出向いたのにも関わらず、俺たちを温かく迎えいれてくれて申し分ない衣食住までも用意してくれた。
これから村が無くなるかもしれないというのに村人たちは負けず活き活きとしていて、俺たちまで元気づけられた。
だから絶対に、何が何でも村人たちだけは守ってみせると俺は心にそう強く誓った。
だが、そんな誓いはすぐに打ち砕かれることとなる。
作戦決行前夜。
俺たちは軍本部の司令部から突然撤退命令を受けることとなった。
村人たちの避難を別動隊に任せ、一旦本部へ帰還するようにという指示だった。
俺は真っ先にその命令に対して疑問を持った。
作戦決行はもう明日に迫っているのにギリギリになっての撤退命令は普通は出さない。
しかしながら当時の俺はまだ子供。疑問を持っても大人たちに対しては素直な人間だった。
なので何か策があるのだろうと信じて、俺はその命令を受け入れたんだ。
だが作戦決行当日。
俺は同僚の口から思わぬことを知ることとなった。
そう、全ては……嘘だったのだ。
俺はすぐに単独で村へと向かった。
あの時の命令は全て嘘。
俺たちを無抵抗で撤退させるための方便だったのだ。
本当はあの村を囮にして自分たちに有利な場所まで魔族たちをおびき寄せること。
これが作戦の真の狙いだった。
俺は無我夢中で走った。
くそっ! くそっ! と悪態をつきながら汗水垂らして駆けた。
時折脳裏を過る村人たちの笑顔が不安をかき立たせた。
どうか……どうか無事でいてくれと願うばかりに一目散に走った。
そしてようやくのことで村に着いた時、俺は変わり果てた姿に絶望した。
「そ、そんな……」
村はもう既に魔族たちに壊滅させられ、天高く燃え盛る炎が全てを物語っていた。
そこにはもう、村人たちの笑顔など欠片もなかった。
最後まで優しくしてくれた村長のほんわかとした笑み。毎日元気よく遊んでいた子供たちの声。
何もかも全て、この炎が焼き尽くしていたのだ。
俺はその場で膝をついて崩れた。
何もできなかった。俺の判断が甘かった。
次々と取り返しのつかない後悔が俺を蝕んでいった。
その後、俺はすぐに本部へと帰還した。
真っ先に向かったのは作戦立案から実行までの全てを行っている指令室だった。
そこで俺は会議中だった団長ゴルドを責め立てた。
「なぜ……なぜですか団長! なぜあの村を見捨てたのです!」
眉間にシワを寄せ、怒り交じりの俺の問いにゴルドは一変たりとも表情を変えずに答えた。
「あれは仕方のない事故なのだ。我々も本当は村を助けつつ魔族たちを討伐したかった。だがこっちにも色々と事情があったのだ」
「嘘だ! あんたは端からあの村を見捨てるつもりでいた。俺たちをあの村に派遣したのは作戦決行の為の地理的把握を行うためだったんだろうが!」
言葉はどんどん荒く、表情も鬼の如く険しくなっていく。
村を壊滅させ、村人を皆殺しにしたのにも関わらず平然とお茶を飲みながら会議をしているクソッたれの姿に俺の怒りはとうとう頂点にまで達したのだ。
だがゴルドはそんな俺の姿を見ても顔色一つ変えなかった。
むしろあざ笑うかのような笑みを浮かべ、俺にこう言った。
「ああ、まさしくその通りだ。だが、あれは必要な犠牲だったのだ。おかげで魔族たちの討伐と共に魔王軍の幹部の存在までも知ることができた。あんなちんけな村を一つ失っただけでこれだけの戦果が得られたのだからむしろ喜ぶべきだろう」
「あ、あんた……それでも勇者か!」
「ああ、そうだとも。だからこそ俺は誰よりも魔王の討伐に力を入れ、民の幸せを心から願っている。だが勇者も所詮は人の子だ。出来ることとできないことがある」
ここで一旦区切り、ゴルドは続ける。
「それとも、俺のやり方に文句でもあるのか? ま、あったところで貴様はもう終わりだがな」
「なにっ!」
瞬間。
俺の周りには複数の護衛兵たちが剣を構え、睨みを効かせてくる。
そしてゴルドは不敵な笑いを浮かべると、
「貴様は今日限りで軍から出て行ってもらう。もちろん、勇者としての肩書も取り上げだ」
「な、なんだと!?」
「ん、なぜそんなに驚いているのだ? まさか忘れたわけじゃないだろう? この勇者軍の掟を……」
「上官の命令は、絶対……」
「そうだ。貴様は今この瞬間、軍の最高権利者である俺に対してこの上ない無礼を働いた。当然の結果だ」
ゴルドは護衛兵に今すぐつまみ出すようにと指示を出し、俺は複数人に拘束される。
「クソッ、離せ! 離せっ! 俺の話はまだ……ッ!」
だが俺の声はもう奴の耳に届くことはなかった。
こうして俺はそのまま軍の拠点から荷物ごとつまみ出され、組織から追い出されることとなった。
今考えてみれば何の策もなしに突っ込んでいったことは愚かなことだったと思う。
でもまだほんの15歳の少年の未発達の心では感情を抑えきるということが難しかった。
それほど、団長のした行為が許せなかった。
ガキならガキなりの意見を全力でぶつけたかったんだ。
そしてこれが、俺の人生の大きな変わり目。
勇者軍から追放された瞬間だった。
この時、俺はまだ15歳。
勇者になってからまだほんの4年ほどしか経っていない頃に起きた出来事だったのである。
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