♯混ざり合う
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(あれからどれだけ経ったのだろう・・・)
自分が受け続けている施術という名の拷問を受けてどれぐらいの時間が経ったのか考えるも、男にはもはや時間の感覚が無かった。
(最近は痛みの感覚も慣れたのか感じなくなった、な)
度重なる施術の結果、男の身体の感覚もおかしくなってしまったらしい。
元々薬の影響で身体の自由は奪われているのだが、それ以上に精神面で問題が起きていた。
(身体もそうだが、精神的にもおかしくなってきている方が問題か)
施術を受ける度に誰かの思念や感情が混ざってくる感覚があるのだ。
恐らくは結合される素材の元々の持ち主の感情なのだろう、最初に繋がれた悪魔の腕の時は激しい憎悪を持った思念が男を飲み込もうとしたが、男を飲み込む前に男と混ざり合ってその思念は消えてしまった。
激しい憎悪だけを残して。
「さて、この男の施術も残すところ後一つと言ったところですかね」
13号、つまり男の事なのだがここでは施術を受ける人間は全員番号で呼ばれるらしい。
施術を受け続けて分かった事が少ないながらあり、その一つがこの場所は魔導生物研究所と言う研究施設という事だ。
この場所では自分のように人体実験を受けている人間が他にもいるようで、悲鳴が時々聞こえてくるのだ。
もう一つ分かった事は
「フリージア主任よろしいのでしょうか?」
男の身体を楽しげに弄くりまわしているこの少女の名前だ。
自分の事を天才だとか言っていたのは本当の事だったらしく、欠損していた身体のパーツは既に他の物で補填してあり、失くした左目も別の生物の目を移植されていた。
その他にも身体の中も色々と置き換えられているようだったが何処がどうなっているのか、男には分からなかった。
「何がですか?」
「13号に移植されようとしている魔核と竜玉の事です」
「良いも何も所長や王様達から許可は取ってあります」
「そう言う事ではありません!どれだけ危険な事かお分かりのはずです!」
フリージアに部下の男がこれから行われようとしている施術に苦言を呈する。
しかし
「危険なんて、それに見合う成果があるのに行わないなんて研究者として失格とは思いませんか?」
フリージアにはその思いは伝わらない。
予測される危険よりも自分の実験の成果の事のみにしか眼中に無かったのだ。
「私もただの魔核と龍玉ならばここまで言いません!ですがかつてロータス教国が総力をもって倒したとされる古の魔王の魔核と、マグオート王国が古くから受け継いできた竜王の竜玉なのですよ?」
「どれだけの力が13号に注がれる事か、身体が持ちません!それに身体が持ったとして、我々に13号を制御出来ない時はどうなさるのですか!」
魔核と竜玉、それは人間の心臓のようなものであり、魔核は魔物やそれを率いる魔王などが身体に宿しており、魔核から力を引き出し身体能力の向上や魔力に変換して個の強さを発揮する。
竜玉も同じような特性があるが、全ての竜種が持っているのではなく竜種の中でも上位種のみが身体に宿しており、竜玉を持たない竜種は下位種でありドラゴンとは呼ばれず、ワイバーンなどの呼び名になる。
要するに魔核と竜玉とはエネルギーの源なのだ。
しかも魔王と竜王など最上位に位置づけられる個体の物をフリージアは男に移植しようとしているのだ。
普通の人間の感覚なら物が国宝級のために躊躇ったりするもので、しかも人間がそのような莫大なエネルギーに耐えられるはずなどなく、暴走の危険などを懸念するのが当たり前である。
だからこそ部下の男はフリージアを思い留まらせようとしたのだが
「何を言うのかと思ったら、13号の異能の力で身体には問題なんて起こるわけがありません。これまでの施術により、既にこの男は人間を超えた身体になっていますので十分身体は耐えられるでしょう。私自ら作製した制御核を埋め込みますので制御は完璧に出来ます」
やはりフリージアには届かない。
それも仕方がない、何故なら彼女は既に自分の夢を叶える事のみしか考えておらず、もはや狂気に取り憑かれたと言っても過言ではない状態だった。
「しかし!」
「くどいですね。既に国の決定した事です。それをあなたは逆らおうと言うんですか?」
今回の事に限らず男に行った行為は全て2つの国の決定に従って行われている。
いくらフリージアが狂気に取り憑かれたと言っても国の決定には従わねばならない、だから行われた全ての施術は事前に許可は取ってあった。
「・・・申し訳、ありません」
国の決定である以上部下の男は従わねばならなかった。
「分かれば良いのです。では仕上げの準備に取り掛かりましょうか」
「・・・はい」
未だに納得していない部下と最後の施術の準備をフリージアは行う。
「これで、最後、なのか?」
男はこれで地獄のような日々が終わるのかと期待してフリージアに問いかけた。
「おや?まだ喋れるだけの自我が残っていたのですね」
「答えろ、人間」
「自我が残っていてもだいぶ混ざっているようですね」
(何を言ってる?)
男にはフリージアの言っている事が何を言っているのか分かっていなかった。
「あなた、自分の名前を言えますか?」
「馬鹿な事を、言うものだ、私は・・・いや、俺は・・・」
男は戸惑う、最初は何を当たり前の事を聞くのかと思っていたのだが不思議と自分の名前が思い出せない。
それどころか記憶がちぐはぐになっているのだ。
(これは、私の、俺の記憶、では)
記憶を探ると自分が大勢の人間と戦っている記憶だったり、魔物と戦っている記憶が出てくる。
その中に顔に黒い靄が掛かった女性と子供が自分と共にいるものがあったが、どれが本来の記憶なのかもはや男には判別出来なかった。
精神面で異変を感じてはいたが自分の記憶まで影響が出ていると男は思っておらず、男の思考は混乱し衝撃を受けていた。
「名前も忘れ、おそらく記憶も混ざり合っているのでしょうね」
「お前が、俺を!!」
男が吠えるがフリージアは意に介さない。
「これから行う施術であなたの自我はどうなるか予測出来ませんが、今以上に混ざるのは確実です。制御核を埋め込むのであなたの自我がどうなろうと関係ないです。それで、準備の方はどうですか?」
「準備は、出来ております・・・」
「では施術を始めましょうか」
フリージアはそう言うと魔方陣を展開させる。
用意された素材が男に結合されていくと同時に自分の中に思念や感情が入ってくる。
–––人間共め!我をやすやすと滅ぼせると思うな!
–––我輩を討とうなど!笑わせるな下等種族めが!
おそらく素材となった者の記憶であろうものが見える。
大勢の人間と戦う記憶が2つ、自分の記憶と混ざり合い今まで以上に男の精神は不安定になる。
(わ、私は、我は、我輩は、俺は!)
「ぐあああぁぁぁぁあ!」
自分が自分で無くなる感覚が男を襲いやがて糸が切れたように男の心に静寂が訪れる。
「施術は終わりました。13号身体に異変はありますか?」
フリージアが男に問いかけると
「はい、マスター問題ございません」
まるで機械のように抑揚ない声でフリージアに答える。
「主任!制御に成功されたのですね!」
「当たり前です。私の作った制御核は完璧の出来ですから」
フリージアは満足気に男を見て命じる。
「あなたにはこれからしばらく性能テストを受けて貰いますので命令があるまで待機していなさい」
「マスターの御心のままに」
男は答えると目を閉じて意識を手放す。
––––––憎…ろう…我等…一部…契…
以前から聞こえる声が頭に響くが男には既にその声について考える思考は持ち合わせていなかった。
現在公開出来る情報
《魔核》
魔物などの体内にある力の源。
個体の強さにより魔核の宿している力は強い物になる。
武具や魔法道具などの作製する際の素材などに使われるのが一般的な使用方法である。
《竜玉》
上位種の竜種の体内にのみ存在し、竜玉を持つものはドラゴンと呼称される。
竜玉を持たないものはワイバーンと呼称され、竜種の中でも下位種と位置づけられる。
竜玉とはドラゴンの力の源であり、長年生きたドラゴン程、竜玉に宿る力は強力なものになる。
《制御核》
主に魔物などに埋め込み、主人と定めた者の命令に従わせるようにさせる魔法道具。
『傀儡師の傀儡』のように効力に期間があるものではなく、埋め込まれれば取り外すか破壊されるまで効力は続く。