5話 襲来
ライラの誕生日の次の日俺たちはレイナールさんのお見送りに来ていた。
「レイナールさん! これ私たちからのプレゼントだよ!」
「お守りか。 ありがとうみんな。1週間もすれば帰ってくるからそれまではくれぐれも気をつけて訓練するんだよ?」
「わかってるよ。 レイナールさんも気をつけて。」
「あぁ、それじゃあいってくる。」
そう言うとレイナールさんは馬車を走らせて行ってしまった。
レイナールさんを見送ると俺たちはいつものように狩り場へと向かった。
--「なんか今日はあんまり魔物がいなかったね。」
「そうだよなー。 こんなこと今まで無かったよな?」
「まぁ仕方ないだろう。 暗くなる前に帰ろう。」
ライラ、フェルマ、カナンの順に話をする。
今日は1体の魔物としか遭遇しなかった。
いつもより時間が短かったことは確かだが、それにしてもおかしい。 俺たちは異変に首を傾げながら自宅へと向かった。
何事もなく一日を終えると敵がおらず不完全燃焼だった俺たちは次の日も狩りに行くことになった。
次の日狩りに来てから数刻経つがやはり魔物が少ないように感じる。
「んー、やっぱり魔物が見当たらないね?」
「なぁ、流石におかしくないか?」
「確かに変だよな…………」
「フェルマ! ライラ! クレト! これを見てくれ!」
「なんだこれは?」
カナンの呼び声で全員がそばによる。 そこにあったのは大きな魔物の足跡だった。
「おいおい、まさかこれ魔物の足跡か?」
「え……大きすぎない?」
「なんなんだこれは……」
「どうするカナン?」
話しているのはフェルマ、ライラ、カナン、俺の順だ。 足跡の大きさは直径で3メートル程。 予測できる
魔物の大きさは20メートル程だろうか? 俺たちの村の近隣にそんな大きな魔物なんて見たことがない。
俺はなにか嫌な予感がした。
「とりあえず一度村に帰ろう。 大人達に知らせて冒険者に捜索依頼を出せば大丈夫だろう。」
「おい!こっちにもあるぞ!」
カナンが冷静な判断をするがフェルマが新たに複数の足跡を見つけたことで状況が一変する。
「…………おい、これまずくないか?」
俺のつぶやきにライラが首を傾げる。 そしてハッとした顔で俺の目を見た。
「村の方へ向かってる…………?」
「くっ! 急いで戻るぞ!!」
カナンが事の重大さに気づき村へと走る。
俺たちも後を追った。
辺りは薄暗くなり始めており、村の方へ近づくにつれ嫌な予感が的中していることが分かる。 薄暗い中で村の方だけ赤く光っている。 辺りには焦げ臭い匂いが充満していた。
村の入り口へと着いた俺たちが見たもの。 それは燃え盛る家、抉れた地面に倒れた人。 そして一体だけ佇む大きな赤いドラゴンの姿だった。
「ド、ドラゴン!?」
「なんで…………」
フェルマとライラが呆然としている。
「とにかくあいつを追い払うぞ!」
カナンは冷静さを失わずおれたちに指示を出す。
ドラゴンの目の前まで走る。 道には多くの村人が倒れていた。 その姿にライラは涙を堪え切れない。
「う……どうして…… どうしてこんな!」
「ライラ! 冷静になれ! とにかく今はあいつを追い払う事だけ考えよう。」
ドラゴンの前に来るとそこでは村長や村の大人達が戦闘を行っていた。
戦闘といってもこの村で戦闘知識を持っている人などレイナールさんと俺たちくらいなので畑の道具などを武器がわりに使っている。
倒れずに残っているのは村長と二人の男性。 ライラの家の近くに住んでいる人達だ。
「パパ!!」
「ライラ! なんで帰ってきた! 逃げるんだ!! こいつはお前たちでなんとかできる魔物じゃない!」
ライラがボロボロの父親、村長の姿を見て叫ぶ。 状況は最悪だった。
「フェルマ!行くぞ! カナンとライラは支援を頼む。」
「「「了解!!」」」
俺はドラゴンの背後に回りこみ真っ赤な足へと突貫する。
しかし----
「な……!!」
俺の剣はドラゴンに触れた瞬間真っ二つに折れてしまった。
「硬すぎる!!」
続いたフェルマの槍も弾かれ、ライラやカナンの魔法もドラゴンにダメージを与えることはできなかった。
「グルルルッ!!」
「「うわぁ!!!」」
俺たちの攻撃にイラついたのか、ドラゴンは尻尾を振り払うことで俺とフェルマを吹き飛ばした。
「クレト! フェルマ! 大丈夫!?」
ライラが俺たちの方へ駆け寄る。
「早く逃げるんだ! お前達!!」
村長が必死に叫んでいるのが聞こえた。
しかしドラゴンは村長達には目もくれず俺たちの方を見ている。
「カナン! だめだ! 撤退しよう!!」
俺がカナンにそう叫ぶ。
「しかし、この状況で逃げるのは不可能だ!」
「俺が足止めをする! 囮になって注意を惹きつけているうちに村のみんなを避難させてくれ!」
「そんなのダメ! クレトが危なすぎるよ!」
俺の提案をライラが即刻否定する。
「このままじゃ全滅だ! 一番スピードのある俺が一番生存率が高い! レイナールさんの教えの通りだ! 合理的に判断しろ!」
「……でも!!」
「クレトに任せよう。 ライラ、カナン。」
今だに渋るライラにフェルマが呟く。 フェルマは俺の顔を見ると決心した顔で頷いた。
「仕方ない! クレト私の剣を使え! ライラは村の西側! 私は東を回る! フェルマは北に行け!」
「いや! クレトを置いてなんか行けないもん!!」
カナンが判断を下すがライラは中々承諾しない。
今この瞬間にも村長さん達がドラゴンの攻撃を必死で防いでいる。
もう30秒と保たないだろう。
俺はどうすればライラを説得できるかを考え、腕にしがみつき離そうとしないライラを見つめる。 そして
無理矢理顔をあげさせてその唇を奪った。
「んんぅ!!!!」
「きゃっ!」
突然の俺の行動にライラはなにが起こったのか分からず呆然としている。
「ライラ、俺は絶対に生きのびる。 俺はずっとお前の側にいるって言ってるだろ? 俺を信じろ。」
目をじっと見つめ囁きかける。
初めは驚いて顔を真っ赤にしていたライラだったが、心を決めたのか凛々しい表情を取り戻した。
「わかったよ。 みんなを助け出したら戻ってくるからね!! 絶対。 絶対約束守ってよ?」
「あぁ。 母さん達のことを頼む。」
「うん!」
そう言うとライラは振り返ることなく走りだす。
続いてカナン、フェルマも走る。
「死ぬなよ、クレト。」
すれ違い様フェルマがそう呟く。
俺の決心を受け入れてくれたフェルマに感謝する。
フェルマのことだ俺が助かる可能性がどれだけ低いかはわかっているはず。
それでも男同士通じるものがあったのだろう。
カナンの剣を拾い上げドラゴンに向き直る。
村長さん達はすでに地に倒れていた。
真っ赤なドラゴンと目が合う。
「こい!! クソやろう!!」
俺は叫び声を上げドラゴンとの決死の戦闘に挑んだ。
俺はドラゴンに向かって走りだす。 足元まで来ると足を斬りつける。
しかし剣は硬い鱗に弾かれてしまった。
ドラゴンは俺に視線を向けるも攻撃を仕掛けてすらこない。
「くそぉぉぉ!!!」
俺は何度も何度も斬りかかった。
何度斬りつけても弾かれるだけだ。
そんな俺の姿を鬱陶しく思ったのかドラゴンが足を上げて俺を蹴り上げた。
「ぐぁぁ!!」
俺はそれだけで数メートル先まで吹き飛ばされてしまう。
吹き飛んだ衝撃で目を閉じていた俺が目を開けると大きく口を開けたドラゴンの姿が見えた。
俺は立ちあがると急いでその場から離れる。
先程まで俺がいた場所をドラゴンの顔が通過した。
「あっぶねぇ、食われるところだった。」
俺はここでなにか違和感を感じていた。
どうもドラゴンが本気を出していないように思うのだ。
俺には本気を出す価値もないってことだろうか? まぁ時間を稼げることはこっちに取っても都合がいい。
とにかく今はこいつをこの場に引き留めることが重要だ。
俺はドラゴンの視界に入るように走り回り注意を引く。
何度かドラゴンのブレスが掠る。
その度に俺は吹き飛ばされていた。
そしてついに俺の足が止まる。 次の瞬間俺の左側をドラゴンの顔が通過した。
「え……?」
俺は体のバランスが取れずに右側へと倒れてしまう。
自分の状態に気づくまでに数瞬かかった。 左腕が無かったのだ。 遅れて痛みがやってくる。
「ぐあぁぁぁぁ!!!!」
痛い痛い痛い。 生まれて初めての激痛に意識が朦朧となった。そして立ち上がれない俺にドラゴンが顔を近づけると大きく口を開ける。
--ここまでか……
俺は目を瞑りその瞬間を待つ。
しかし、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。
「どういうつもりだい? ドラグエル。 私は子供を攫ってくるように言ったはずだがね。」
男の声に驚き閉じていた目を開ける。
目に映ったのは口を開けるドラゴンに対し片手を突き出し魔障壁のようなもので防いでいる金髪の男だった。 ドラゴンは震えて動けなくなっていた。
「君は何歳だい? 中々いい動きをしていたが……」
「は、8歳……です。」
「ほぅ…… 8歳であの動きか。 そんな子供を私の所へ連れて来ないで食べてしまおうとしたのかい? ドラグエル。」
振り返った男は輪郭に沿って生えた金色の顎髭が特徴で、髪はセミロングで波打っている。 とてつもない威圧感を感じる。 ドラゴンはこの男の言葉に震えながら動けずにいた。
「まぁいい。 少年、君に選択肢をあげよう。」
「え……選択肢?」
「あぁ、実を言うとドラゴンにこの村を襲わせたのは私だ。 私の目的は子供の誘拐。 もちろん村人は皆殺しにするつもりだ。」
「--なっ!!」
この男、とんでもないことを言いやがった。 俺は失った左腕の傷口を抑えながら男を睨みつける。
「私は子供が嫌いなんだ。 誰かに助けを求め泣き喚くだけ、その声を聞いてるだけで殺したくなる。 だから私と取引しないか?」
「取引?」
「あぁ、私は子供を使ってある実験をしていてね。もう子供の泣き喚く声を聞くのはうんざりなんだ。 だから絶対に私に逆らわず、献身的に実験へと協力すること。私が泣くなと言ったら泣かず、黙れと言ったら黙る。 なに簡単なことだろう? そうすればまだ死んでいない村人には手を出さずにいてあげよう。 もし拒否すると言うなら………… 」
男はそう言って言葉を切り一度俯くと再度顔を上げた。 顔を上げた男の表情は笑っているようで脅しているような曖昧な表情だった。 俺は身体中の鳥肌が立った。逆らえば全員殺される。 考えるまでもなくわかってしまった。 この男は強い。 俺が手も足も出なかったドラゴンを従えた圧倒的な力。 俺に拒否するという選択肢はなかった。
「本当に、本当に他の人には手を出さないんだな?」
「あぁ、私は約束を守らない奴は嫌いだからね。 約束は守るよ。 しかし、君はまだ自分の立場がわかっ
ていないようだね? 私に従うということはそのような口遣いは許されないよ?」
「…………分かりました。 よろしく……お願いします。」
男は俺の言葉に頷くと俺の左肩の傷跡に手をかざす。 すると傷口が塞がった。
「今は傷口を塞いだだけだ。 左腕はそのうち直してあげよう。」
そう言って男は立ちあがる。 俺はバランスを取れない身体を無理矢理動かし後に続いた。 そしてドラゴンの頭に乗せられる。 男の魔法でドラゴンの頭から落ちるような心配はなさそうだ。 ドラゴンがゆっくりと翼を動かして飛び立つ。
「ごめん、ライラ…… 約束守れそうにないや。」
俺はそう呟くと、小さくなっていく村を見つめる。仲間の無事を祈りながら……