17話 強くなるために
俺は何を目標に生きればいいのか?
復讐? それとも平穏な生活か? はたまた冒険者をもう一度目指すのか? つい先日まで未来の閉ざされていた俺にとって唐突に広がった未来の選択肢を選ぶことは困難だった。
ただあの男、フェルグランデ・ローランドだけは許せない。 あの男に対する怒りだけは忘れるつもりはない。
そう言えばここへ来てから3日目にノルンが目を覚ました。 飴の副作用からか精神的にまだまだ不安定な部分はあるがジュリアの魔法による精神緩和の治療により少しずつ良くなっている。
ノルンに仲間の死を告げたときも悲しみで咽び泣いてはいたが、それ以上のことは無かった。 ただ一言、クレトが生きていてくれてよかった。 そう言ってくれたことが俺にとっては救いだ。
あれから自分の力を使いこなすために訓練を受けている。 午前中はジュリアとの魔法の訓練をしている。 魔王レイヴェル・ロクマティーの力を使いこなすには魔力の操作が重要になるらしい。
変幻の魔王レイヴェル・ロクマティーの力はどのようなものか? ジュリアに質問したところ、その名の通り決まった姿形は存在せず、生きとし生けるもの全てに変身することができ、夢幻を司る魔王だと言われているとのことだ。 なのでジュリア曰くこの力を使いこなせれば人間として生きることもできるかもしれない。
午後からは師匠と剣術と格闘術の訓練だ。 改めて思ったが師匠は化け物だ。 化け物のような姿をした俺に言われたくはないだろうが……
訓練を初めて3ヵ月経つ今も師匠にかすり傷一つつけられていない。 あの男、フェルグランデ・ローランドの言っていた元勇者という言葉があながち冗談でなく思えてくる。
魔王と勇者というのは古くからの言い伝えで今でも実在する。
勇者は世界から認められた最強の戦士のことで、魔王を討伐した者に与えられる名前だ。 魔王とは魔物の中で特に高い知能を持ち高い戦闘力を持つ者のことである。 現在は七天魔王と呼ばれる7体の魔王が確認されている。 その一体がレイヴェル・ロクマティーだ。 レイヴェル・ロクマティーは滅んだともいわれているが実際のところはわからない。 魔王は必ずしも人間に仇なす者というわけでもなく人間に信仰されている魔王も存在する。 以上がこの世界での魔王と勇者の実情だ。
そして例の男フェルグランデ・ローランドについてだ。 あの男は帝国呪術師として様々な功績をあげるも裏で非人道的な実験を繰り返していたことがばれ追放処分を受けたらしい。 その後何年かは姿を消していたものの数々の子供の失踪事件を捜査していたアイシャとジュリアによって犯人であることを突き止められ国際的に指名手配された。 その後居場所を突き止めた二人によって施設の襲撃が行われ今に至る。
夕食ができるのを待ちながらこの生活を始めて知ったことを整理してみたがそろそろ料理ができそうなのでこの辺にしておく。 ジュリアが作った料理をノルンが机まで運んでくる。
今日の料理は芋の煮物と山菜と鹿肉を炒めたものだ。
「いただきます!!」
全員が机に揃う前に師匠が元気よく食べ始める。
「もうちょっと我慢しなさいよアイシャ。」
「うふふ。 アイシャさんらしいですね。」
そこに料理を終えたジュリアとノルンがやってきて席へ着く。
「「「いただきます。」」」
もう三ヶ月も生活していると当たり前の日常という風に思えてくるから不思議だ。
あの地獄と比べると本当に幸せな生活だ。
夕食が終わると日課の筋トレを始める。 ノルンは食器を片すと俺の筋トレを眺めている。
「ノルンっ、 もうっ ふぅー 体調はっ いいのかっ?」
腕立て伏せをしながらノルンに尋ねる。
「うん、ジュリアさんのおかげでだいぶよくなったよ。 今は幻覚を見ることも減ってきたから。」
「そうっ か。」
「クレト私ね、今とても幸せ。 アイシャさんもジュリアさんもすごく良くしてくれて、ク、クレトもいるし。 なんだか家族と過ごしているみたいに感じるの。」
ノルンに家族はいない。 いや、いるのかもしれないがもう見つけることは不可能だろう。 彼女は物心ついたころから奴隷として働かされていた。 最後に買われたのがあの男というわけだ。 奴隷といえどあのような扱いは法に触れるためあの男がなぜわざわざ奴隷を買ったのかはわからない。
「まぁっ 家族っ みたいなもんだろっ 俺たちっ」
「う、うん。 そうだね!」
100回ほどやったところで顔をあげると少し顔を赤らめて嬉しそうにしているノルンが視界に入る。
「あ、お風呂沸かさなきゃ! ちょっと行ってくるね!」
そう言うとノルンはパタパタと足音を立てながら離れの風呂場へと向かう。
ノルンはジュリアに魔法の指導を受けており、料理の火を火魔法でおこしたりお風呂場の水を火魔法で温めることも訓練として行っているのだ。
ノルンの後姿を見送ると俺は筋トレを続けた。