15話 魔王の力
――女の声が聞こえる。
気が付くと目の前には血まみれのポニーテールの女がいた。 ちょうど天井を向いている俺を見下ろす形だ。 そこで頭の後ろに柔らかい感触があることに気が付いた。
どうやら膝枕をされているようだ。
「お、気が付いたか。」
「あぁ」
俺は短く返事をすると起き上がる。 もう先ほどまでのように殺意は湧かなかった。
「貴方にかかった呪いは解いたわ。 記憶はしっかりしている?」
「大丈夫だ。 ちゃんと全部覚えてる。」
「……そう。」
金髪の女は良かったとも悪かったともとれる複雑な表情で返事を返す。
そこでずっと気になっていたことを思い出した。
「なぁ、俺は今どんな姿をしているんだ?」
「…………ミラー。」
女は俺の問いかけには答えず魔法で鏡を出現させた。
俺の前に浮かぶ鏡に見知らぬ魔物が映り込む。
目は真っ赤に染まり口からは鋭くとがった牙が覗く。 見慣れた自分の面影を感じさせる人型の魔物だ。
「これが……俺か。」
「貴方には自分の姿に気が付かないように呪いがかかっていたわ。」
この女がその呪いも解いてくれたのだろう。 俺は再度鏡を見てあることに気が付く。 左腕が無かったのだ。
「貴方の左腕はもともと無かったわよ。 アイシャと戦っていたときは違う姿をしていたからね。」
俺の視線に気が付き金髪の女がそう答える。
「違う姿?」
「魔王レイヴェル・ロクマティー。 変幻の魔王と呼ばれ、決まった姿形は無く幻を操る七天魔王の一人よ。 もう何百年も前に滅んだと言われているけれどね。」
「そうか、俺はどんな姿をしていたんだ?」
「人型の龍……というところかしらね。 貴方の記憶にある強い存在を象ったのでしょうね。」
フェルグランデ・ローランドの飼い龍か。
「そうだ! 他の子は!? まだ生きているのか!?」
「…………ごめんなさい。」
俺の問いかけに金髪の女は目を逸らす。 俺は来た道を駈け出した。
施設の中を歩き回ったことなどないためどこになにがあるのかは分からない。 30分程走り回ったところで、多くの魔物が捕らえられた檻の前に着いた。
檻の中の魔物は起き上がる事も無くぐったりとしている。 生きているのか、死んでいるのかもわからない。 檻から逃げ出したと思われる魔物はその全てが殺させていた。
恐らくあの女達が殺したのだろう。 そして俺は一つの檻に視線を移す。 中にいたのはまだ人の形を残した魔物だ。
その面影はそう……フィーンだ。
俺は檻に近づき声をかける。
「フィーン分かるか? 俺だよ。 クレトだ。」
「……フェレイン?」
「フェレインじゃない。 クレトだよ。」
「……あぁ、クレト……か。 なぁ………フェレインを……知らないか?」
「…………」
フェレインは……死んだよ。 そう言うことはできなかった。
「俺な……フェレインに酷いことしちまったんだ……。 ちゃんと……謝らないと…………。」
「…………」
「ずっと……一緒だったんだ…………。 俺……が………守らないとダメなんだ……」
「……大丈夫、フェレインはきっとフィーンのこと待ってるよ。 ちゃんと謝ったら許してくれるよ。 フェレインは優しい子だからな。」
「許してくれる……かな? また一緒に……家族……みんなで……」
フィーンの状態は最悪だった。 長く食事を与えられていないのだろう。 身体は細く至る所が腐って骨が覗いている。 魔物化の影響か、生きているのが不思議なほどだ。
もう助からない。 見ただけでそう理解できた。 俺は頬に流れる涙をぬぐい女の言葉を思い出す。 変幻の魔王レイヴェル・ロクマティー。 もし本当にその力があるのなら……
そう思いフィーンの額に手を添える。 頭に思い浮かべるのは元気だったころのフェレインの姿だ。
「あぁ……フェレイン…………フェレインなのか? ごめんな。 フェレイン……すぐ行くからな。 今な……クレトが来たんだ…………お前好きだったんだろ?……こっちに来いよ。
え?……来れない……?…………仕方……ないな。 おにい……ちゃんが…………今…………行くかr………………………」
フィーンはそのまま動かなくなってしまう。 本当に俺の力で幻を見ていたのだろうか? それとも……。
俺はフィーンの額から手を離すと歩き始める。
トーマとノルンを探すためだ。