13話 施設??日目(3)
……俺はここで何をしているのだろう。
なんのために生きているのだろう。
――死にたい。
いつからかその言葉が俺の頭を支配していた。
なぜだろう今日はやけに騒々しいな。
部屋の外からは大きな物音や爆発音が聞こえた。
そんなとき部屋にマスターが現れる。
「付いて来い……」
マスターはなにか焦ったような顔をしていたが俺は気にせず後に続く。
俺とマスターが向かったのは俺の初めてくる場所だった。 恐らく緊急用の避難路だろう。 床の隠し扉を開け地下へと進む。 後ろからはいまだ爆音が鳴り響いていた。
ふと、俺は背後に気配を感じて振り返る。
「どうした?」
マスターは訝し気に俺を見た。 俺が気配を感じるほうに視線を向けると何かを察したように俺の視線の先に目を向ける。
「出てきたらどうだい? アイシャ・リー・フェルライン。」
マスターが視線の先に向けて声をかける。 すると何もない空間から霧のように姿を現したのは一人の女性だった。 女は身長が高く170センチ程でかなり引き締まった身体をしている。
髪は青みがかった黒色の長髪をポニーテールにしてまとめている。
「久しぶりだな。 フェルグランデ・ローランド。」
フェルグランデ・ローランド。 それがこのマスターの名前らしい。
「元勇者様がこんなところでなにをしているのかな?」
「しらばっくれんな。 お前がガキ共を誘拐して何か企んでることは分かってるんだ。 ガキ共をどうしやがった!!」
「ククク、さぁ? 施設に置いてきたはずだがね? 見当たらなかったかい?」
「嘘をつくな。 あそこにいたのは研究者と大量の魔物だけだ。」
「魔物……ねぇ? 本当にそれは魔物だったのかい?」
「どういう意味だ?」
「ククク、ハーハッハッハ!!」
「何が可笑しい!!」
マスター……フェルグランデ・ローランドは一通り笑うといつものいやらしい笑みを女に向ける。
「…………何人殺した?」
「……は?」
フェルグランデ・ローランドは確かにこう言った。 『何人』殺した? と。
「お前……まさか?」
女の顔から汗が噴き出す。 その顔には信じられないと書いてあるようだった。
「制圧中止!! 魔物を殺すな!!!」
女は耳元と口元に出現した魔法陣に向かってそう叫ぶ。 恐らく通信魔法だろう。
「そいつもか……?」
「なにがだい?」
「そいつも人間なのか?」
女は指をさす。 その指は真っすぐ俺に向かっていた。 俺は後ろを振り返ってみるが誰もいない。
俺は女の言っていることが理解できない。 俺は亜人でもエルフでもない。 人間以外の何に見えるというのだろうか?
女は男を睨みつける。
「元……人間だねぇ。」
元人間?? どういう意味だ? 俺は頭に疑問を浮かべるだけで男の言葉を理解できない。
「貴様……!!」
男の答えを聞いた途端、女から凄まじい殺気が飛んでくる。 俺は思わず後ずさりした。
この女の実力は別格だ。 俺が手も足も出なかったこの男よりも強いかもしれない。 そう感じる程の殺気だった。
「怖いね。 君を相手にするのは本当に怖いよアイシャ。」
「私の名前を気やすく呼ぶな!」
「ククク、さてどうしたものかな。 正直君と戦っても勝てる気がしない。」
そう言った男はふと俺のほうを見る。
「君は私のお気に入りだったんだがね。 仕方がない。」
「え……。」
フェルグランデ・ローランドは俺に手を向けると、手から出た黒いオーラが俺の全身を包む。 次の瞬間目の前の女に行き場のない怒りを感じる。
憎い。 この女が憎い。 殺したい。 しかし自分の想いとは裏腹に何かに束縛されているかのように身体が動かない。
「おい、なんのつもりだ。」
「呪いをかけたのだよ。」
「呪い?」
「あぁ、知っての通り呪術は私の得意分野でね。君に憎しみや怒りの負の感情が向くように呪いをかけた。 この子にはここで君を足止めしてもらうのさ。」
「そいつに私が止められるとでもいうのか?」
「この子は私の実験の集大成でね。 この子の身体には特別な力を与えたのだよ。」
「お前は何を……」
「貴方がしていたのは人間を魔物化させる研究……なのね?」
女の後ろから新たに女が現れる。 ウェーブがかった金髪の女だ。
「これはこれは、大魔法使いのジュリア・ルフェア様じゃないか。」
男は続けて答える。
「その答えは半分正解といったところだね。」
「半分?」
「ククク、私が作りたかったのは魔物じゃない……魔王だよ。」
「魔王だとっ!」
「人工魔王化計画。 その完成形がこの子……魔王レイヴェル・ロクマティーの力を持った子だ。」
「人工的に魔王を作り出したというの!? あなたはやっぱり狂っているのね。」
「ククク、それは私にとっては誉め言葉でしかないね。 おっと、そろそろ行かないと暴走が始まってしまう。」
「いいのか? 大事な実験の成果なんだろう?」
「構わないさ。 ここで死ぬよりはマシだからね。 それにこの子ほどではないがそれなりの個体ならば量産も可能な域に達しているのさ。 だからこの子にはここで足止めをお願いしよう。」
「卑怯者めが!!」
「アイシャ。 この子は人間だ。 君はこの子を見捨てられないだろう? だから私を追ってはこられない。 ククク、見られないのが残念だよ。 元勇者が人間の子供をどうやって殺すのか。それじゃあまた会えることを願っているよ。 アイシャ・リー・フェルライン。 ジュリア・ルフェア。」
男はそう言うと踵を返して歩き出す。 俺は痛みで意識を失う寸前ではあったが今までの話を何となく理解していた。
そして男の姿が見えなくなると同時に俺を束縛していたものが無くなる。 身体の中から今まで感じたことのない力が溢れてくる。
――憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
この女を殺したい。 俺の心に残っていたのはそんな感情だけだった。