7部
「こんにちはさゆりさん。
蝶々の大隈です。最近は何か面白いものを見つけましたか?」
大隈は都内から少し外れた郊外の一軒家の廊下に座り、扉の向こうに向かって話しかけた。扉の向こうから
「もう来ないんだと思ってました、あなたにお話することはないです。」
「すみません、他にも担当している人がいるのでなかなかこちらにもこれなかったんです。」
「結局、私のことなんてどうでもいいんじゃないですか。
嫌なら来なければいいと思います。」
大隈は笑顔で
「僕は諦められたことがあります。
こいつには何を言っても無駄だから、そっとしておこうと。
でも、僕が本当に必要だったのは無理やりにでもドアを開けてくれる、僕らのことを諦めずにずっと向き合ってくれる人だったのかもしれません。
そう思うと、一度お話したさゆりさんを僕は諦めることも嫌うこともしてはいけないと思うんです。
人はみんな自分の外見にコンプレックスを抱えて生きています。
僕も昔、外見のことでいじめられたことが原因でひきこもりました。
自分の容姿に自信が持てなくなった気持ちもわかります。
でも、似たような外見の人はいても全く同じ人間はいません。
人と違う所を探してコンプレックスだと思うのか、それとも自分の個性だと思うのかではだいぶ考え方が変わると思うんです。」
「男性に女性が『ブス』って言われることの重みがわかるとは思えません。」
「そう思われても仕方ないと思います。
テレビや雑誌ではスタイルもよくて顔立ちも整っている女性がもてはやされ、そういう人より外見が劣っていると決めつけられた人たちにはひどい言葉を投げかける。
そんなどうしようもないメディアが多い事にも外見重視主義とでもいうのか、そういう風潮を小さな子どもから大人までが持ってしまっている現実があると思います。
そんなくだらない人達のせいで怒り、悲しみ、涙している人がいることにも気がつけない社会の在り方にも僕達は怒りをぶつけていくべきだと思います。」
「大隈さんも私のこと本当はブスだと思ってるんじゃないですか?」
「それはわかりません。
僕はまだ一度も今のさゆりさんのお顔を見たことがありませんし、小さい頃からの写真を見せて頂きましたが、なぜブスと言われたのかがわからないお顔でした。
僕なりに考えたのですが、もしかしたらさゆりさんにブスと言った男の子はさゆりさんのことが好きでからかうことでしか接点を持てない子だったのかもしれないと思うんです。
小学生くらいの子どもは好きな子をいじめてしまう傾向にあるそうです。
その彼も小学生の頃のノリでさゆりさんに接してしまったのではないかというのが僕の結論です。
本当かどうかはわかりません。でも、さゆりさんがこれからの人生を幸せに生きていくには前を向いて歩いて行かなければいけません。
僕は王子様タイプではないので、さゆりさんを幸せにする人は他にいると思いますが、部屋に引きこもっていても王子様には会えないと思います。」
「お母さんから聞いたんですか?」
「少女漫画にあこがれを持っているという話は聞きました。
ステキな恋愛をして、結婚して幸せになるのもいいと思います。
でも、この家のこの部屋の前にさゆりさんの思い描く王子さまが現れることはないでしょう。
ネットで相手を探しますか?
ひきこもりを隠して、嘘の自分を伝えて、興味を持ってくれた人とメールのやり取りをしても実際に会う時にウソがばれたらどうしようと踏み込むこともできないんじゃないですか?」
「・・・・もうやめて下さい。」
「聞くのが嫌になりましたか?
僕が言うことが当てはまるのが怖くなりましたか?
でも、ネットで自分を嘘で固めても本当の自分は変わりませんよ。
変わりたいのなら、幸せになりたいのなら、現実を変えるしかないと思うんです。」
「そんなこと・・・言われなくてもわかってます。でも、自分の世界が変わらないことを嫌ってほど実感してしまってるんですよ。
変わらないんですよ、私の世界は・・・」
「わかりました。では僕がさゆりさんの世界を変えます。
なので少し協力してください。」
「そんなの無理です。」
「大丈夫です。簡単なことから世界を変えてみせます。
今は座ってますか?立ってますか?」
「座ってます。」
「では、その状態で周りを見回してください。」
少し無言の状態が続いて
「いつもと変わらない私の部屋です。」
「そうですね。それでは立ち上がって、机に上ってみてください。」
「何でですか?」
「上ればわかります。」
扉の向こうから動く音が聞こえ、木製の物がきしむ音が聞こえた。
「上りましたよ。」
その声を聞いて大隈はニコリと笑い、
「それではさっきと同じように部屋を見回してください。」
また無言の時間が続く。少し間をおいてから大隈が
「どうですか、さゆりさん?
さっきと同じ部屋にいて、何も変わってないのに見える世界は同じですか?」
「・・・ち・・違います。」
「どう違いますか?」
「さっきまではベッドの足とか本棚の下の方とかしか見えなかったけど、部屋全体が見えます。」
「どうですか?
座っていた世界から立ち上がって、少し高いところに上れば世界は広くて色んなモノが見えるようになったでしょう?
今、確実にさゆりさんの世界は変わりましたよ。」
「でも、これだけじゃあ世界が変わったとは言えないです。」
「そうですか・・・それではカーテンは閉めてますか?開けてますか?」
「閉めてます。」
「じゃあ、開けてみてください。」
大隈は腕時計を確認して、18時45分かそろそろ良いかなと思っていると、
「まぶしいです。」
「何がですか?」
大隈は予定通りだなと思いにやりと笑った。
「夕日が沈んでます。」
「そうですね。今日という世界はもうすぐ終わります。
でも、明日になればまた新しい今日が始まって世界は太陽とともに生まれ変わっていく。世界はきっと僕達がどんな風に生きていても毎日変わってるんですよ。世界が変わらないと思うなら、一日中カーテンを開けておけばいいんです。
世界の変化を陽の光が教えてくれますから。」
扉が開き、髪の毛はボサボサで猫背の女性が現れ、
「私の世界は変わってるんですか?」
「ええ、変わってますよ。王子様との出会いはまだまだ先かもしれませんが、王子様の下に送る手伝いができる魔法使いとは出会えたかもしれません。
改めまして、株式会社 蝶々の大隈です。」