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5部

 民家の一室の前でスーツ姿の男が深く深呼吸をしてから、ドアをノックして、

「初めまして、諭君。株式会社 蝶々の大隈と言います。」

 ドアは開かず、ドア越しに

「何ですか?」

 大隈と名乗った男は相手に見えないとわかっていながらも満面の笑みを浮かべて、

「私はあまり、この言い方が好きではないけど簡単に言うとひきこもり支援を行っている会社の者です。

 まずは僕達の会社について説明しますね。

 まず社員は僕も含めてひきこもりだったことがある人ばかりで構成されています。自分達がひきこもりを通して学んだことや辛かったことを前提に今、ひきこもっている人達の助けになれたらと思って作った会社です。」

「そういうのって、基本的にNPOなんじゃないんですか?」

「そうですね、NPOであることが多いです。

 でも、NPOだと財政面で限界が来ることが多いですし、働く側としてもボランティアではなく、誇りをもって行える仕事としてとらえられます。

 色々な面から考えて、経済活動としてのひきこもり支援を行っています。」

「要するに僕をここから出せば、報酬を受け取れるから頑張るってことですよね?」

「諭君、確かにお金は貰います。

 これは仕事である以上は仕方のないことです。

でも、無理に連れ出そうなんて思ってません。

そういうのが一番うざいし、ムカつくのは僕も経験してますから。」

「どうせ意味ないですよ。

僕は絶対にここから出ないですからね。」

「大丈夫です。

 僕もじっくりと時間をかけて諭君とお話しますから。」

 大隈はそう言ってドアの前に座った。それを遠めに見ていた諭の母親が

「あの、そんなところに座るとお召し物が汚れます。あの、座布団お持ちします。」

 母親はそう言って走っていった。大隈は

「服が汚れたら洗えばいいと思わない?」

「何が言いたいんですか?」

「僕は昔ね、家がとても貧乏で兄貴のおさがりのボロボロの服を着て学校に行ってたんだ。周りの子たちは新しい服を着て、新しい文房具を使っていつも楽しそうにゲームの話をしていた。

 僕はゲームなんてしたこともないし、漫画もテレビの話もわからなくて段々と友達の会話に入ることが怖くなっていったんだ。

 会話に入らなくなると、友達の方から話しかけてくれたけど、当時の僕は彼らがお金持ちの家の子どもだって自慢してるようにしか聞こえなくて、学校に行かなくなって、家でずっとひきこもってたんだ。

 今となっては働いて、お金を稼いで服も買えるし、食事にも困らなくなったけど、昔の友達と会うのはまだ怖いなと思ってるよ。」

「どうやって、ひきこもりから抜けたんですか?」

「簡単な話だよ。

 貧乏過ぎて、ひきこもってられなかったんだ。

 家にいるんじゃなくて自分が働けば、自分で服が買えるとか、ゲームだってマンガだって買えると思って、働かせてもらえるところを探したんだ。」

「それだけでひきこもりじゃなくなったのなら、そんなに深刻な問題じゃなかったんですよね。」

「そうかもしれないね。

 自分の見た目のこととか、家庭の事情とか、そんなことって結局は悩むだけ無駄なんだよ。見た目が悪くても自分が受け入れるしかないし、家庭の事情を変えることなんて子供にはできないし、悩んで、迷って出した答えが間違っていることだってたくさんあると思うんだ。

 服が汚くてもいいじゃないか、この汚れは僕が今日、諭君と向き合うために付けた汚れなんだから僕の仕事の証になると思うんだ。

 それに、そんなに汚い床じゃないから、この程度では汚れないしね。」

「僕が何でひきこもりになったかも知ってるんですよね?」

「お母さんの考える理由は聞いたけど、それが本当かは僕にはわからないよ。」

「いじめられたからですよ。これはお母さんもそう言ったと思います。」

「そうだね。」

 大隈はあえて短く答えた。諭は

「急にいじめられるようになったんです。何が悪いのかもわからないのにバカにされたり、物を隠されたり・・・・」

 諭の声は少しずつ涙声に変わっていく。

「辛いよね。」

「中学の時にいじめられて、それからもう5年もひきこもってるんですよ。

 僕はどうしたらいいのかわからないですよ。」

「僕はたくさんの諭君みたいな子達と話して来てるけど、こうすればいいって答えはないと思うんだ。

 誰かでうまくいったから他の子でもうまくいくとは限らないし、心の傷は人の目には見えないから、同じような理由でひきこもっているとしても、その傷つき方の違いでうまくいかないことだってある。」

「じゃあ、僕はどうすればいいですか?」

「そうだね・・・・じゃあ、まずはこのドアを開けよう。」

「えっ?」

「僕は諭君を傷つけるつもりはないし、諭君を無理やり外に連れて行こうとは思わない。

自立っていうのはさ、何も経済的に親の世話にならないとかそんなことじゃないんだよね。

 大事なのは、自分で立つことじゃなくて、自分で立ち上がることなんだと思う。

誰かに無理やり引っ張られて立っても、次に転んだ時に同じように引っ張ってくれる人がいなければ立つことすらできないんだ。

 自分で立ち上がれれば、次にこけても自分で起き上がれると思うんだ。」

 大隈が言うと、ドアがかすかに開く。そのドアの隙間から覗き込むように諭君の顔が見えた。大隈は笑顔で

「改めまして、株式会社 蝶々の大隈です。

 僕と一緒に立ち上がりませんか?」

 大隈はそう言って諭の方に向かって手を差し出す。

 諭は自分の手が出るくらいにドアを開けて、大隈の手を握った。


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