37部
『コンッコンッ』とドアをノックする音が聞こえて、体を起き上がらせると、看守から「面会だ。」と短く言われた。
大学の同期だった坂本が逮捕されてからは、面会に来る人はほとんどいなくなっていた。
そんなことを思いながら、五條進は気のせいか重い体を立ち上がらせてドアに向かった。
面会室に入ると、高そうなスーツを着て、髪をビシッと固めた知らない老人が笑顔で座っていた。自分の知らない人が、前触れもなく面会できるものではないことくらいはわかっていたので、必死に記憶をたどるが該当する人物は見つからなかった。ドアの向こうの看守に向かって
「あの………………部屋を間違えてませんか?」
看守はそこにいるのに何も言わない。困惑していると、老人が
「彼は今は見ざる聞かざるですよ。
あなたを呼んだのは私です。」
刑事施設の職員が、必ずしも不正を行わないとは言えないが面会に来た人をなかったことにしようとすると、それは施設全体で行わなければいけない。
つまり、この人はそんなことができるほどの権力を持った人間ということになる。
じっと老人を見ると老人は笑って、
「とりあえず、席についたらどうでしょうか?
立ち話もなんですから。」
腹のうちを探ろうと目線をそらすことなく、席につくと老人は変わらず笑顔で
「用心深いのは必要なことですが、このままでは平行線ですね。
私が誰かわからない、そういうことでよかったですね?」
これは確認だと、五條は思った。相手は自分の正体を僕がわからないことを確信しながらもはぐらかそうとしているのだと思ったが、このままでは確かに老人の言うように平行線のままだったので
「そうですね、思い出してはいるのですが、あなたとお会いしたのは今日が初めてだと思います。」
「そうですよ。
お会いするのは初めてです。
でも、あなたは私の写真は見たことがあるはずですよ。」
写真を見たことがある?どこかの会社の偉い人か何かだろうか?
そんなことを考えていると、老人は自分の首の後ろに手を回して、髪をまとめていたゴムをはずした。
思っていた以上に老人の髪は長く、その髪を無造作にグシャグシャにして見せた。そのグシャグシャになった髪から顔が覗いている様を見て、ある男を思い出した。老人は表情の変化を見逃さず、
「当時はもう少し髭が長かったのですがね…………」
老人はそう言って髪を手で直して、またゴムで束ねて首の後ろの背広のなかに入れた。
「あなたがなぜこんなところにいるんですか?
警察はあなたも探しているはずですよね?」
「ホームレス一人探さなくても、主犯のあなたは捕まっていますからね。それに偽名で顔の判別もつかないような写真から私を探し出すことなどできはしませんよ。」
「それでも、僕が犯行に使った携帯の名義人なんだから、堂々と刑事施設に来ることなんて……………………」
五條はそこまで言って、ある考えに行き着いてそれをそのまま言葉にした。
「あなたが…………………黒木さんの裏にいた人物なんですか?」
「正確に言うなら、黒木の後ろにいたのは影山某という若者です。
でも、それよりも高みから見下ろしていたという意味では、あなたの言う裏の人間となるでしょうね。」
老人は笑顔のままでそう言うと、1枚の写真を取り出して見せた。
「なんですか?」
五條はその写真を見ながら言う。
「あなたのお友達の近況ですよ。
我々を裏切って、暴走したために現在は命を狙われています。
それでも、自分の計画を成すために奔走している。
まさに滑稽ですよ。地面を駆け回る小動物が猛禽類に狙われる様とは、このようなことなんだろうと思います。」
「これは私の友人ではなく、彼の弟でしょう?
そんなことも知らずに知った口を聞いていたんですか?」
写真に写っているのは影山秀二で友人の光輝ではない。
「ああ、ご存じなかったんですね。
あなたの友人の光輝さんは死んでませんよ。
実際に死んだのは弟の秀二で、それを見つけた兄の方が自分が死んだように偽装したんです。
そして顔を変えて、ひきこもりから脱け出した弟のふりをし続けているんですよ。」
「そんな……………信じられません。何を根拠にそんなことを言ってるんですか?」
「そう、その根拠ですよ。私があなたに会いに来たのは。」
「意味がわかりません。僕が根拠を持っているんですか?」
「いいえ、私もそれが何かはわからないのですが、あなたはヒントを持っているはずです。」
「なぜそのように思われるんですか?」
この老人の意図することがわからない。今まで死んだと思っていた友人が弟のふりをして生き続けているなんていきなり言われても信じようがない。さらに自分に心当たりのない根拠に関するヒントを持っていると言われても何がなんだかわからない。
「その根拠、というか証拠を持っていたのは石田一成という憲法学者でした。」
「石田さんなら知ってますよ。
でも、僕は石田さんから何かを貰ったことはありませんし…………」
「どのような知り合いなんですか?」
「僕達の研究会に一回だけ来て貰った程度ですよ。」
老人の笑顔に陰りが見え、また笑顔になって、
「その時のことで変わったことはありませんでしたか?
或いは研究会を開催したら毎回やっていたことなどは?」
「終わりに皆で写真を撮ったくらいですよ。
それも普段からやっていたことですし、珍しくもなんともないでしょう。」
「そうですか………………、いや、お時間をとらせてすみませんでした。
ああ、それとこれだけは言っておきますよ。
お友達を本当に助けたいなら、自分が起こした事件は影山………え~となんでしたか、名前は?」
「光輝です。」
「ああ、そうだ、影山光輝の指示で行ったと供述した方がいい。
私は別に彼がどうなろうが興味はありませんが、彼の生死に拘る者もいますからね。
監獄の中なら簡単には殺されませんし、あなたのもう一人の友人の坂本氏も影山の命令だとなれば死刑は免れるかもしれませんからね。」
「あなたは何者なんですか?」
「ナルノミヤ、私の先祖はそう呼ばれていたみたいですよ。
日本を変える、その使命を帯びた一族の末裔とだけ言っておきますよ。」
「…………………妄想ですか?」
「辛辣ですね。
お詫びとお礼に、すぐに会いたい人がいれば私の力でお呼びできますよ。まぁ、一人くらいですけどね。
どなたかいますか?」
今、老人から聞いた話は山本さんにすぐにするべきだと思う。でも、それよりも先に確認する必要があると思い、
「それでは銀行員の篠田君をお願いします。」
「ああ、あなたの研究会のお友達ですね。」
どこまで自分のことを知っているのかと恐怖を覚えたが、
「よろしくお願いします」そう言って頭を下げて表情を隠した。
老人は声色を変えず楽しそうに、
「お詫びなんですから気になさらないでください。」
そう言って、面会室から出ていった。
五條は老人が消えたドアを見つめることしかできなかった。




