33部
「アカンな、あれからまったく話さへんくなったやんか。」
街中の細い路地を歩きながら、竹中がボヤくと、後ろを歩いていた高山が
「命の危険があるわけでもないのに、何かに怯えてるようにも見えましたね。」
高山は後ろをチラチラと見ながら、竹中に言った。
「高山……………、例えば苗木がどんな方法で顔を整形して、どうやって戸籍とかをいじって、っていう話を俺らにしたとするとどんな犯罪で取り締まられると思う?」
「顔の整形だけなら、別になんも犯罪になりませんけど、戸籍を変えるのは公文書の改竄に当たるんやないですか?」
「じゃあ、隠し事をする理由は、誰かをかばうためやと思うな。
………………俺やったら、後ろから回り込んで挟み撃ちにするなぁ」
竹中はニヤリと笑い、高山も竹中の意図を汲み取り、
「そうですね、周囲をあたって身元の確認を最優先でやってみます。」
言って、高山は十字路になったところを曲がっていった。
竹中は何かを考えるふりをしながら、路地の同じところを歩き続けた。そして立ち止まり、
「そろそろ出てきたらどうや?」
振り返って言うと、物陰からインテリやくざを思わせる見た目の男が現れた。竹中はその男を知っている。伊達の部下として北海道警からやって来た片倉警部補だ。そして彼は公安の人間であることも竹中は知っていた。
「なんで俺をつけてんねん?
黒田ちゃんの許可もあってこっちに来てるんやから、誰かに責められるような覚えはないで。」
片倉は左手の中指で眼鏡の位置を調節して
「何のことでしょうか?
たまたま、大阪で捜査をしていたら竹中警部を見かけたのですが、どうも人見知りで、声をかけられずにいただけですよ。」
「署からここまでずっと付いてきといてよう言えたな。
片倉の本当の任務が何なんかは知らへんけど、俺をつけ回しても進展はないで?」
「私の本当の任務ですか…………………。」
片倉は呟いてから口角をあげて笑い、
「ある人物とそれに関係する集団の行方を追っているんですよ。
日本の政府転覆を狙っているといわれている男でしてね。」
「ちょ、ちょお、待てや!
そんなん喋ってええんか?」
「私の身元は割れているのですよね?
それなら隠すことに意味はありませんから。
それとも、聞きたくない話でしたか?」
「喋りたいんやったら喋ればええやろ。」
「では、少し昔の話からしましょうか。
第二次大戦後から少しずつ噂されていたことです。
残念ながら確証はなく、どこかの馬鹿な奴が作り上げた妄想ではないかとも思われてました。」
「前置きはええねん。
本題に入れや。」
「興味を持って頂けたようで何よりです。
その人物は『御前』と呼ばれ、自分の信奉者にすら素顔を見せないことで謎が多く、戦時下の有力な政治家だという者もいれば、混迷期の日本の中で暗躍したフィクサーだと言う者もいれば、実は皇室の人間なのではないかと言う者もいます。」
「……御前……………か」
竹中はポツリと呟き、武田総監の顔を思い浮かべた。
「やはり、御前のことはご存じでしたか。」
「知らんな、そんなやつは。
偉そうな名前つけて表に立てへんだけのビビりやろ?」
「北条総理や武田総監も信奉者だとしらべはついているんですよ?」
竹中は何かを考えるように顎に手をあて、少し黙り込んで、ニヤリと笑い、
「高山、確保や!」
その号令と共に片倉の後ろに回り込んでいた高山が片倉の腕を後ろ手にひねり、身動きできないようにした。
しかし、片倉は動揺する様子もなく竹中に向かって、
「やはり、あなたは総監側の人間だったと言うことですか?
私を捕まえるのも、情報を聞き出すためと考えてよろしいでしょうか?」
「何、わけわからんこと言うてんねん?
怪しい奴につけ回されたから、そいつを捕まえたそれだけやろ。」
「大人しく竹中さんをつけ回した本当の理由を話された方がエエと思いますよ。」
高山が言い、片倉は表情一つ変えずに、
「我々の目的は竹中さんが信用できる相手かを知ること、それだけですよ。」
「俺等と一緒に捜査もあんまりせぇへんのに、俺を信用できるかを探るなんてけったいな話…………………我々の?」
竹中が片倉の言葉のおかしなところに気づいた時には既に竹中の後ろに伊達が、高山の後ろに松前が拳銃を取り出して立っていた。