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32部

「ここでの生活はどうですか?」

 突然、後ろから声をかけられて山本が振り返ると成宮老人が笑顔で立っていた。

「ええ、おかげさまで快適に過ごさせてもらってますよ。」

「それは何よりです。」

 成宮老人は微笑みながら言い、そんな老人に向かって

「ずいぶんと久しぶりにここに来られたんですね?」

「おや、ここの人の出入りを観察していたんですか?」

「他にやることがなかったので………………」

「ここにいる人達は見ていて飽きないでしょう。

 外の世界では、常識と呼ばれる心の檻に囚われて、他の人と同じような格好をしていれば良いと思い似たような服装の人ばかり。

 行動も他の人と合わせれば良いと思っている。

 でも、ここにいる人達は好き好んでこの格好ではないが、常識と呼ばれる心の檻には囚われていない。

 自由とは身体の拘束だけでなく、精神の拘束もされないことです。

山本警部は今、自由ですか?」

「この場所から出られないので、身体の拘束をされているのと変わらないと思ってます。

 だから、自由ではないですね。」

「自由を求めて戦った人達からすれば、現代に生きる我々の悩みなど羨ましがられるだけなのかもしれませんが、自由すぎると言うのもつまらないものです。

 スポーツが成立するのはルールがあり、範囲が決まっているからです。

 ルールの中で戦術を駆使して、相手を倒すための手段を講じる。

 ルールも何もなければカオスな状態が続いて、楽しさを感じることもないでしょう。」

「つまり、俺は外には出れないというルールがある中で楽しいことを見つけろと言いたいんですか?」

「ルールの中の穴を見つけることも戦術を考える上では重要ですよ。」

「反則かどうかを判断するのは審判である、俺じゃない誰かです。

 穴が本当は落とし穴かもしれない、それを確認できないなら穴を利用しようとするわけにはいきませんよ。」

「難しい考えですね」

 成宮老人は近くの椅子に腰かけながら言い、

「昔、と言っても2・3年前ですけどね。

 ある歴史学者と話したことです。

日本の歴史は勝者によって作られたものであり、敗者のことは悪人や可哀想な人間として語られる。

 真実も闇の中に消え、嘘で塗り固めた英雄談だけが語り継がれていく。」

「急になんの話ですか?」

「単純な昔話ですよ。

 あなたがここにいるのももう少しだけかもしれませんからね。

 それで…………続きですが、その歴史学者はこう続けました。

 日本の歴史は勝者によって作られているはずなのに第二次大戦後の日本の歴史は敗者の側から作られている。」

「連合国に負けたんだから、当たり前じゃないですか?」

 山本はこの老人が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。

「いいえ、この歴史も勝者によって作られたものですよ。

 戦争を推し進めた愚かな政治家を戦犯として、如何に下らない政治家だったかということを後世に残したんです。

 つまり、勝者とは終戦後、政治を担った者達のことです。」

「なるほど、最後の最後に逆転すればそれで良いという話ですか?」

「さぁ………………………どうでしょうね。

 人の話から何を学ぶかは、その人によって違う。

 確実に悪だと、善だと言いきれることなど何もありませんからね。」

「…………………あなたと話していると暇な時間が潰せて良いですね。

 また、ここに来ますか?」

 山本は皮肉のつもりで言ったが老人はプラスの方向にとらえたのか笑顔で、

「会わないといけない人がいましてね。

 その人と会った後で、まだあなたがここにいるようならお会いできると思いますよ。」

 成宮老人はそう言って立ち上がり、不敵な笑い声をあげながら、部屋から出ていった。


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