30部
「輝く未来が待っている人とそうでない人の違いってなんですか?」
髪はボサボサで髭も伸びていて顔がまるで見えない男性が聞いた。
「どういうことですか?」
彼が言いたいことの大まかな内容は理解しているが、大隈はあえて聞いてみた。
「生まれた家がお金持ちなら、僕にも輝く未来が待っていたのかなと思ったんです。」
「中級階級の家庭の人でも貧困な家庭の人でも共通して未来はあると私は思いますよ。」
「その未来が輝くものなのかが重要です。」
「過去は変えられませんが、未来は変わりますよ。」
「そういう綺麗事は十分なんですよ。
僕のように学歴もなく、裕福でもなく、なんの取り柄もない人間がどうあがいても幸せな未来なんてありはしませんよ。
働いても少しのお金しか入らず、大学の奨学金の返済や保険料、貰えるかもわからない年金の支払い、僕の手元に残るのは生きていくのに精一杯のお金だけ。
楽しみもなく、幸せな未来を夢見ることもできない僕に幸せな未来は来ないと思うんです。」
「だから、自殺した方が良いとそう言いたいんですか?」
「僕かいなくなっても社会は何もこまらないですよね?」
「あなたは社会のために生きたいんですか?」
「そんなことはありませんよ。
社会は僕のためになにもしてくれなかった。
でも、社会の中にいないと生きていけないのがこの世の中じゃないですか。」
「私は正直に言うと社会なんてものはクソだと思ってます。
何をするのにもお金がかかり、お金儲けのためなら人を不幸にしてもかまわないかのようにお金に執着しています。
一生懸命働いた人の報酬が低く、あまり働かない上司の方が報酬が高いなんておかしいと思います。
でも、あなたが死んでも、それこそあなたが言ったように社会は何にも感じないでしょう。
それなら社会に一石どころじゃないくらいの石を投げつけて見ませんか?」
「どういう意味ですか?」
「我々の会社は、表ではひきこもり支援を行っている会社をしていますし、私をはじめとしたほとんどの社員がひきこもりからの脱却を精一杯支援しています。
でも、たまにあなたのようにすべてに絶望された方にのみおすすめするサービスがあるんです。」
「どんなサービスですか?」
「顔と名前を他の人と交換します。自分の知らない人になることによって、まったく違う人生を新しく始めるんです。
ただ、これはあくまでひきこもりからの脱却がうまくいかずに困った人におすすめするサービスであって、あなたのような方に勧めるサービスはまた別にあります。」
「なんですか?」
彼は自分が特別扱いされていることにも表情を変えていない。すべてに諦めがある人は時に決死の覚悟を決めて飛び立つ特攻機のようだと大隈は思っている。
本心ではこのサービスは勧めたくないと思いながらも、影山からの命令に逆らい続けることもできずに、
「このサービスは、新生日本を作るための犠牲になることを支援するものです。
顔と名前を変え、語学を学び、外国に潜入して日本に害を与える者を排除する仕事です。
一度、この仕事につけばもう二度とまともに生きてはいけません。
失敗すれば死にますし、成功しても人殺しの汚名を受けながら生きていかなければいけません。」
「なんで、そんな仕事が必要なんですか?」
「この国は腐っています。税金は上がるばかりなのに、それが国民の生活に役立てられているのかと言えば実感できるほどの成果はありません。
国会議員の制度も改められていますが、それがまともに機能するまでにはまだまだ時間がかかります。
民主主義は過去においては必要なもので、皆が望みましたが、現在では人任せの民主主義が横行し、誰かがやってくれるから自分は選挙だけ行けば良いとなってしまっている。
民主主義では国が腐るだけなんです。
分散した権力を集中して、新たな制度の構築をしなければいけない。
だが、人という生き物は伝統を重んじ、変化を嫌います。
だから、この仕事が必要なんです。
国民に世界の実情と国の存亡に関わる危機感を与え、変化を促す側へと変える火付け役が必要なんです。」
「僕にもできますか?」
「できないわけがない。
もうすでに世界の至るところに、このサービスを受けて鍛え上げられた火付け役が待機しています。
近々、世界は日本人の手によって恐怖するでしょう。
……………………でも、できることなら私はあなたにまともな人生を歩んで欲しい。火付け役が必ずしも成功をおさめるとは限らないし、途中で死んでしまうかもしれない。
そんなことになるよりは、勇気を振り絞ってでも、自分のままで新しい人生をはじめて欲しいです。」
「僕は……………………どうすればいいんですか?」
大隈は目を閉じ、少し考えてから影山の名刺を取り出し
「もしも、このサービスを望まれるのであればこの人物にご連絡ください。
そうですね……………………3日間考えてください。
もう一度やり直すなら私に、諦めて新しい人生を望むならその名刺の連絡先に連絡してください。
それでは、これで失礼します。」
大隈はそう言って、部屋を出た。彼からの電話が自分に来ることを願って。
駅で電車を待っている大隈の携帯がなり、表示に影山の名前を見て、嫌な予感がしながらでる。
『ああ大隈さん、今日あなたが行った対象者の人。
僕の方のサービスを受けたいって今連絡してきたよ。
ご苦労様。』
影山はそれだけ言って電話を切った。
彼には自分の言葉は届かなかったのだと思うと、大隈は自分の無力さにわなわなと震えた。
電車の進入を知らせる音が空しく響いているように大隈は感じた。




