27部
「あなたが株式会社『蝶々』の紹介でこちらで働かれていると伺いましたが、それであってますか?」
都内の小さな鉄工所を上田達は訪れて、工場長から紹介された人物に上田が聞いた。
「はい、大隈さんにはとてもお世話になりました。」
二十歳そこそこの青年は目を輝かせて答えた後で、
「でも、なんで警察の人がそんなことを聞かれるんですか?」
「実は蝶々が支援した人のなかで行方不明になった人達が何人かいて、その人達を探しているんです。
いなくなった人の共通点が蝶々だったので、確認の意味もあって調べているんです。」
「ああ、そういうことですか。
僕の知る限りでは、大隈さんはとてもいい人ですよ。
僕みたいにひきこもっていたことがあるということで、親身になって話も聞いてくれましたし、外に出るために旅行にも連れていってもらいました。外に出れるようになったあとも職場を紹介してもらったり、好きなアーティストのライブにも一緒に行ってくれたりと本当に色々とお世話になりました。」
「そんなことまでしてもらえたんですか?
それはすごいですね。」
三浦が驚いて聞き、青年はにこりと笑って頷いた。
「この職場も大隈さんに紹介されたんですか?」
竹中が聞き、青年が
「はい、まだ馴染みきれてはないですけど、皆さんが親切な良い職場ですよ。」
「ここで他にも蝶々の紹介で働いてる人とかいますか?
あるいは働いとったけどいなくなった人とかいますか?」
「就業体験で何人かは働いてましたけど、今は僕だけですね。
そう言えば、就業体験で来た人のなかにまだ立ち直り切れてなくて、大丈夫かな?と思った人はいましたね。
急に来なくなって、大隈さんが迷惑をかけたと言って謝りに来てました。」
「その人の名前とかどこに住んでるとかは話しましたか?」
「就業体験の人は本名とかの情報も隠して、Aさんとかでやるんです。知り合いがいないところを選んで就業体験はするんですけど、知り合いの知り合いとかまではさすがに把握できないので名前とかも隠しておくんです。
僕みたいに就業体験をしたところに就職することができたら、それが一番なんですけどあわない職場だと転々と変えることになるんで、個人情報の保護とかもあって最低限の情報で採用されてることが多いですね。」
「会社の社長には本名とかは伝わってますよね?」
上田が聞いたが青年は少し困った顔で
「どうですかね?
例えば、この工場も会社の一部にすぎなくて、工場長が僕らの情報を教えられていたのかというと、そうでもないんです。
会社の上層部と蝶々の方で話がまとまっていて、派遣社員のように扱えって命令が来てるだけらしいですよ。」
「なるほど、就業体験をする側としては完璧に守られているって感じですね。
わかりました、お忙しいなかすみませんでした。」
上田が頭を下げると青年は笑顔で挨拶をして仕事に戻っていった。
「三浦、工場長にお礼を行ってきてくれ。」
「わかりました。」
上田が言い、三浦が走って行ったのをみて
「どう思いますか?」
「どうもないんちゃうか。
ひきこもりの支援を行う会社ならではのシステム構築やろな。
まぁ、収穫はゼロやけどな。」
竹中が言ったすぐ後に竹中の携帯がなった。竹中は画面を確認すると青ざめた顔になった。
「誰なんですか?」
上田は不安になって聞くと、竹中は携帯の画面を上田に見えるようにつき出した。
画面には『黒田ちゃん』と表示されていた。