20部
「シンちゃん、蝶々の人が来てくれたよ。お話だけでも聞いたら?」
お母さんが優しく声をかけるが部屋の中から返事はない。
「二人でお話をさせて貰えますか?」
株式会社『蝶々』の社員ではあるが大隈ではない若い男が母親に向かって言うと、母親は黙って頷き、その場から離れていった。
若い男は部屋のドアをノックして、
「信也君、君がもし自分の人生に絶望して何も変えられないことに悩んでいるなら、大隈さんでは解決できないその悩みを僕なら解決することができる。
でも、このやり方にはリスクもある。リスクを犯してでも人生を変えたいと君は思わないかい?」
男は返事が来るのを待った。時計をチラチラと確認しながら10分が経ったくらいに
「リスクってなんですか?」
男は笑みを浮かべて、
「全くの別人に生まれ変わる、そういう意味では今までの人生で作った繋がりやご両親との関係もすべてリセットされることになる。
それくらいの覚悟が必要になるという感じかな。
ひきこもりから脱却して新しい人生を始めることに変わりはないけど、この家とも過去の友人とも縁を断ち切る必要がある。
まぁ、他にも色々あるけど、君がどうするのかわからないとここから先は話せないんだよ。
どうする?」
「ぼ………僕の人生は変わりますか?」
「絶対に変わるよ。
全く違う人生を歩める。」
「や、や………やります。僕の人生を変えてください。」
弱々しい声がすがるように部屋から聞こえてきた。
男は笑みをこぼしてから、
「じゃあ、この話は他の人には聞かれたくないから僕を部屋のなかに入れてくれるかな。」
今まで頑なにしまっていたドアは開き、男が入ると直ぐにまたドアは閉め切られた。
「そ、それで?」
21歳、いわれのない冤罪を着せられ、高校を中退して4年間のひきこもり。外に出たこともあったが自分を知る人達からの罵詈雑言に耐えられなくなり、ひきこもりに戻った。
親しい友人もいないし、母親も心配しているフリをしている程度で本当に救いたいと思ってもいない。
血縁者がいても天涯孤独の人生か、男はそう思いながら対象者を見た。痩せてはいるが顔色は悪くない。部屋も思ったほど汚くない。
その辺の観察を終えてから男は
「この話を聞いたら、引き返せなくなります。
最終確認です。どうしますか?」
「やります。」
即答か。男はそう思い、対象者のこれまでの人生が辛かったのだなと思ってから、
「我が社のスローガンに『人生をかえろ。』というものがあります。
単純に引きこもりの生活から脱却して、暗い人生を新しいものに変えることを意味していますが、それはあくまで表向きです。
どんなに努力しても、どんなにあがいても、変えられない人生はあります。
でも、そんな人生から抜け出す方法があるんです。」
「なんですか?」
「他の人と人生を交換するんです。
年齢や性別、体型などが近い人と整形手術で顔を入れ換えます。
お互いの素性や過去の人間関係はすべてが秘密で何もないところから新しい人生を初めてもらいます。
当然、今まで住んでいた町からも遠く離れてもらいますが、入れ替わった後の住居や仕事もこちらで準備します。
生活が落ち着けば、その後の暮らし方は自由にしてもらってかまいません。」
「そんなことできるんですか?」
「ええ、できますよ。
実在する人間に勝手になりすますのは、その人が生き続けている限り難しいです。住民票の作成や金融機関の登録、パスポートの発行等なりすましでは問題がたくさんありますが、当社のサービスでは実在する人物同士を入れ替えるので、先にあげたような問題は起こりません。当人同士が合意のもとで入れ替わるので、その後の人生に制限がなくなるんです。
ただ、このサービスを受けて頂くと過去の人間関係はすべて忘れていただきます。
また、このサービスは表立ってできることではありません。
入れ替わったことは死ぬまで秘密にして頂かなければいけませんし、入れ替わった後でどのような人生を歩むのかもその人次第です。
成功しても失敗しても、文句を言うことはできません。
信也君が入れ替わった人が信也君として大金持ちになっても、日本を恐怖に陥れるような大犯罪者になっても、もう二度ともとには戻れませんし、誰かに秘密を漏らすようなことになれば、身の上に危険が及ぶこともあります。」
「そんな危ない人と入れ替わるんですか?」
「いいえ、これはあくまで極端な話です。
まったく違う人間として、平穏に暮らすこともできますし、ほとんどの人が普通に生きています。
人生を交換することのリスクについて極端に話していただけです。
あなたの人生を変えるのは、あなた自身ですからね。」
「そのサービスを受けるにはどれくらいのお金がいるんですか?」
「非公式なサービスですから、安い値段というわけにはいきません。
整形手術もありますが、これは正式に我々が提携している整形外科で行います。しかし、整形手術に関してはお金は頂きません。」
「どうしてですか?」
「この言い方はあまりよくないのですが、要するに練習用のマネキンになってもらいます。
当然、執刀する先生は医師免許を持ってますし、腕の良さも折り紙つきです。
ただ、たまにしか手術をしないと感覚を失ってしまう人達も中にはいるので、そういう人達の練習のための手術で整形をしてもらいます。
この練習用の人を提供することによって、我々にお金が支払われます。
まあ、一種の人身売買のようなものだと思ってください。
ただ、受け取ったお金を代金にあてますので、信也君が支払うお金をかなり割引します。
そうですね、だいたい200万円くらい必要なところ、20万くらいで行わせていただきます。
分割で利子なし、生活が安定してから一括の後払いでもかまいませんが月5千から一万の分割でも大丈夫です。
お支払は要相談ということにします。」
「代金の話はわかりました。具体的な手順はどうなんですか?」
「今現在使用している物を持っていくことはできません。
ただ、家を出るさいにご両親を納得させるために我が社の所有する合宿所に入ってもらうと説明しますので、ある程度荷物をまとめておいてください。
家を出たら、整形手術のために準備をしますので、一度入院して頂いて、手術も終わって退院したら、新しい生活の場所にお連れします。」
「仕事はどうやって決まるんですか?」
「希望する職種があればおっしゃってください。
その職種があるところを用意します。」
「特に何もないです。でも、人と話すのは怖いのでできるだけ会話の少ないところがいいです。」
「なるほど………。
それでは、接客業は候補から外しておきますね。
では、三日後にまたこさせていただきます。
準備しておいてください。
私は、お母様に合宿所の件を話してきますので、今日はこれで失礼しますが何か他に聞きたいことはありますか?」
「あ………会社のスローガンって………」
男は対象者が何を聞きたいのか思い当たり
「ああ、『Chenge Our Life -人生を替えろ-』です。
そう言えばまだ私の名前を行ってませんでしたね。表業務の責任者が大隈さんで、私は裏業務の責任者で影山と言います。
今後ともよろしくお願いします。」
ホームレスの姿で身を隠していた影山秀二は髪を短く切り、髭もきれいに剃った顔で対象者の青年に向かって微笑んだ。




