2部
暗い廊下に『バンッ』という音が鳴り響く。
コーヒーを買いに歩いていた山本もその音に気付いて走り出した。あの音は間違いなく銃声で、このフロアに今いる人間はおそらく自分と先ほど帰っていった加藤くらいだろうと思った。加藤がむやみに銃を持ち歩く奴ではないことはわかっているから、銃が暴発した可能性は低い。
そうなると、加藤はその銃口の向かい側にいた可能性の方が高い。廊下を駆け抜けてエレベーターのある広間に横たわっている人影が見え、近づくと加藤が左足を押さえてうめき声をあげていた。
「加藤、大丈夫か?誰にやられた?」
「急に後ろから撃たれました。
エレベーターが動く音がしたので、エレベーターから逃走した可能性が・・・・あります。」
加藤はつらそうにそれだけ答えた。山本は急いでエレベーターの方を見ると下に向かうランプがともり、今も下に向かって動いていた。犯人を追うべきかとも考えたが、銃声が聞こえてから時間が経っているのに誰も駆けつけてこないところから考えて、このフロアにいるのが自分と加藤の二人だけなのだろうと思い、加藤の処置を優先するために携帯を探したがデスクの上に置いたままだったことを思い出して、
「わかった、すぐに救急車を呼んでくる。
ここでじっとしてろよ。」
山本はそう言って、猛ダッシュで部屋に戻り、デスクの上の携帯を手に取った。救急車に連絡を入れて、加藤のところに戻ろうとしたところで携帯の着信音が鳴った。こんな時にと思ったが、加藤や加藤のところに駆けつけた誰かかもしれないと思い、電話に出てみた。機械で変えたような声で
『山本警部ですね。
これからあなたに重要なことをお伝えします。』
「誰だお前は?
イタズラなら後にしてくれ、緊急事態なんだ。」
『そう・・緊急事態ですよね。
わかっていますよ、なぜならこの事態を起こしたのが私だからです。
あなたに伝えるべき重要なことの一つ目です。
犯人は私です。ですが私が誰かを教えるつもりはありません。
二つ目は、今の状況をお考え下さい。
あなた方がいる広いフロアにあなたと被害者しかいない。
被害者は、犯人はエレベーターで逃げたと思っているかもしれないが、非常階段は近く、エレベーターで一階分降りて、そこから非常階段で元の場所に走って駆け付けることは簡単にできる。』
「俺が犯人だと疑われるってことか?
お前、警察をなめているだろ。」
『いいえ、私は警察を高く評価しています。
だからこそ、あなたが警察に容疑者として疑われるのです。
なぜなら、被害者を銃撃した銃はあなたが借りていることになっている銃だからです。
注意されたことはなかったんですか?銃を返却した後で書類の提出をしっかりするようにと。
あなたが返したのに手続きを行っていなかった銃で被害者は襲われた。
あなたが持っていることになっている銃で被害者が出たということは凶器を持っていて、かつ、その現場にいた人物が疑われるのは必須ですよね。』
「疑われても、俺が逃げずに正直に話せば疑いは簡単に晴れるだろうが。」
『ええ、そうでしょうね。
ですが、それでは私が何も面白くない。
なので、あなたにはこれから逃げてもらいます。』
「何をわけのわからないこと言ってやがるんだ?
そんなことするわけないだろうが。」
『それはごもっともです。
ですから、あなたの大事な人たちの命を使わせてもらいますよ。
人質です。
あなたが大事だと思う、友人・知人・恩人・部下・上司。
この中から誰かが死にます。
どうですか?
逃げたくなってきたでしょう?』
「・・・卑怯だぞ。」
「犯罪者がまともだと思うのが間違いです。
どんなにまじめそうに見えても、どれだけ優しい行いを積み上げていたとしても、犯罪行為を行わないことの証明にはなりません。
逆に、なんであの人が?ってなるような人ほど凶悪性を隠し持っているのかもしれませんよね?
さあ、急いで逃げてください。
被害者を殺さなかったのは、あなたが逃げたことを証言してくれる人が必要だったからです。
真っ先に駆け寄って来たのに戻ってこなかったとなると、怪しさが増しますからね。』
声の主が楽しそうに言い、山本は現状を考えるとこの声の主の言う通りにしなければ今度は死人が出ることは間違いなさそうだと思い、近くにあった財布などを持った。
『おや、覚悟は決まりましたか?
追い詰められる側の気分を十分に味わってくださいね。
それではご健闘をお祈りしますよ。
また何かあれば、連絡しますから簡単に捕まらないでくださいね。』
山本が文句を言おうとしたところで電話は切れてしまった。
山本は考えても仕方がないと思い、ジャケットを羽織って、部屋を猛スピードで出た。