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19部

 山本は椅子に座り、机の上のパソコンを起動して、通信状況やウイルスの類いがないかを確認してから、周囲を見回してカメラの存在等も確認して、ポケットからゴム製の人形を取り出した。

近くを見て、ハサミがあったので手に取り、底の部分に切り込みを入れた。

 少し強引に切れ目から指を入れて底の部分を開くと、思っていた通り、かなり小型のUSBが出てきた。

 USBをパソコンに繋ぎ、中のデータを確認した。

 データは文書のデータがひとつあるだけで他には何も入っていなかった。題名は『文書1』となっており、そこからは何が入っているのかわからなかった。

 グダグダとしていても始まらないと思い、データを開くと文書の一番上に題名がついていた。データ名とは違い、

『無戸籍者の人権と他人への成りすましにおける責任能力』となっていた。そして著者の名前がある『石田一成』。

 今は亡き山本の親友であり、何者かによって殺害された憲法学者の名前がそこにはあった。読み進めていくと、

『世の中には、様々な理由から戸籍を失う者がいる。国際的な国籍の決め方にはその国独自の基準があり重国籍者も現れる中で国籍の決定を自らしなければならない状況なども存在するため、国籍や戸籍にたいしての重要性もその国独自の価値観があるものである。

 しかし、日本においては国籍や戸籍は重要なものと言わざるをない。国民は憲法において納税の義務があり、それは戸籍に基づいて調査され課税が行われる。また、私生活においても銀行の口座取得や運転免許の取得、マンションやアパートの賃貸等にも戸籍は必要であり、これらがなければ生活できないと言うものにまで戸籍が影響を与えているのである。

 だが、金銭的な問題から戸籍の売買を行うなどして戸籍を失うものもいる。戸籍の売買の行く末は犯罪に理由されることがほとんどであり、知らない間に犯罪者になっていることもある、かなり危険な状態であることすら認識していない者もいる。

 その危険性と犯罪に利用された戸籍の本当の持ち主に対する責任について考察していく。』

 論文の冒頭の問題提起の部分なのだろう。つまり、これは石田が話していた執筆中の論文なのだろう。

 読み進めていくなかで、戸籍のない状態における不利益と、それに関する学生の意識調査の内容がグラフ等にしてまとめられていた。

 そして、『特筆事項として』と書かれている部分から読むと

『特筆事項として、周囲から長期間隔絶された者達は周囲の人間との繋がりが希薄となり、違う人間になっていても元の人格の理解不足や、繋がっていなかった長期間の間に変貌を遂げたのだと理解されてしまってもおかしくないのである。

 このような状況が発生する例として、ひきこもりがあげられる。

その期間が長ければ長いほどその人であると言う判断は鈍くなり、他人と入れ替わっていてもわからないものとなる。

 周囲の人間からすればひきこもりから脱却したことによる喜びから多少の人格の変化は気にならない部分となるだろう。

 筆者の知る中にもひきこもりから脱却し、生活している者がいる。

 だが、本当に彼は彼なのだろうか?

 彼、ここでは区別のために「K.SH」とするが、彼は父親違いの兄と比べられることに悩みひきこもりとなったが、外に出てきてからは比べられていた兄と同じように優秀な人間になっていた。

 ひきこもっていた間に努力したのだと納得する者もいるだろう。

 「K.SH」の兄が自殺したすぐ後に彼が世間に現れたのも偶然なのだろうか?

 兄の死を乗り越え、ひきこもりの状況すらも乗り越えたのだろうか?

 否、彼は本物の「K.SH」ではなく、兄が入れ替わった存在なのではないかと筆者は考えている。

 筆者は「K.SH」の兄とも面識があるが、違和感を感じているのは筆者だけではないはずだ。

 ではなぜ、彼らは入れ替わったのか?自殺した兄の方が本物の「K.SH」であるならば、死体損壊や遺棄罪に問われる行為となり、さらに別の人間になり済ましてはいけないと明確に規定する刑法規定が見受けられないが、それは戸籍の偽証であり、そこから経済的な行為に出れば詐称行為に他ならないだろう。』

 これは何が言いたいのかと考えてみる。答えはそんなわけないと否定したいことに行き着くばかりで、まっとうな回答を山本に与えない。だが、石田はこんな下らない冗談を論文にするやつではない。

 つまり、これが真実であり、これが石田が殺された理由なのではないだろうか。

 この『K.SH』が『影山秀二』のことを指しているなら、自殺した兄は『影山光輝』のことになる。

 京泉大学法学部元教授の三橋によって、論文を盗作され、その事実を訴えたが逆に学会から盗作をしたことにされ、それを苦に自殺した影山光輝が生きているとこの論文には書いてある。

 影山光輝の自殺が元で三橋を追い詰めるために銀行強盗を仕組んだ五條という男もいただけに、この事実には衝撃を受けざるを得なかった。

 ただ、これは石田が言っているだけでなんの確証もない話ではある。なぜ、弟と入れ替わる必要があるのか別人になることによって得られた利益が何なのか、山本はそんなことを考えながら論文の続きに目を通した。

『例えば世間から注目を浴びすぎた人間が自身のことを忘れて欲しいと願うのはよくあることである。

 昔、流行ったアイドルが引退するときに普通の女の子に戻りますと言ったらしい。これ以上、自分に興味を持つなという意味にもとれる発言だが、今まで作り上げてき自らのイメージを脱ぎ去り新たな人生を始めたいと言う意思表示にも思える。

 優秀で真面目でみんなの人気者だった兄は、もしかしたらそのイメージを保つことに息苦しさを感じたのかもしれない。彼には注目を浴びたままでは達成できない野望と呼ぶべきものがあったのかもしれない。筆者からは詳細なことはわからないが、整形技術の進歩が進むなかで見た目を他人に変えることは容易となっている。

 医療技術の進歩は人類にとって喜ばしいものであるし、整形技術の進歩はコンプレックスを抱える人たちの精神的な面を救う手段として活躍を期待するものであるが、便利なものはその反面として悪用される危険性も含んでいることに注意が必要であり、進歩を促すためには先立つもの、つまり、お金が必要となる。

研究費を得るために不正な行為に手を染めてしまわないように国が万全のサポートを行うべきだが、官僚の収賄や政治家の腐敗するこの国において適正な手段で研究者が研究費をもらい続けることは難しいのかもしれない。特に批判が予想される研究には国はお金を出しにくい。犯罪行為に手を貸してでも研究費を得たいと考えるマッドサイエンティストが出てもおかしくないのである。

こうした状況のなかで優秀な頭脳を持った彼が世間から消えたことは、犯罪を主導するブレインを犯罪者達が獲得したことを意味しているのである。

 昨今、高度な犯罪の発生で警察の捜査が後手に回ることも多々見受けられる。これらの犯罪が起き始めたのは彼が表舞台から消えてからなのである。

 筆者はある指紋データを手にいれ、民間の鑑定会社に協力を頂き、指紋の鑑定を行った。彼の身の回りのすべてが彼の指紋で書き換えられていたが、筆者は唯一彼が「K.SH」ではなく、兄であると言う証拠をつかんだのである。そのデータは最も信頼のおける人物に託すことにしてある。』

 この内容で言うなら石田は指紋の違いから秀二が死に、光輝が生きている確信を得たことになる。

 だが、この最も信頼のおける人物が誰なのかわからない。

 単純に考えるなら両親が妥当だろうが、危険が及ぶことを予想して両親には預けないだろう。俺は貰った覚えがないから俺ではないし、そう考えると黒木の可能性もある。

 わからないことが多いし、ここで考えていても仕方ないと思い、論文を読み進めていく。

 影山のことを言っているだろう部分は終わり、また犯罪に関する責任能力の話などが続いた。そして結論の部分で

『このように無戸籍者の存在は人為的に作り出されることが多く、それは犯罪者によって違法的に作り出されるものばかりではなく、国によって合法的に作り出される場合も存在する。

日本には存在するだけで国を支えている一族があり、そこには品格を常に求められると言う残酷な状況が続いている。

 だが、その一族も人であり、自由に生きる権利を有しているはずなのである。その品格に見合わなければいけないし、はぐれものが出た場合に一族を追われることも昔はあったとされている。

 その中で一族の長の後継順位の高かった者が道を外れればその存在自体を消されてしまうこともあったのだ。

 無戸籍者が必ずしも悪だとは言えないし、社会から排除されてしまった者ととらえるなら救済すべき対象であるが、その実態とどのようにして戸籍を失ったのかと言うバックグラウンドを正確に把握するための制度を確立する必要性があると感じられる。』

 そして、本文は終わっていたがスクロールがまだ下げられることに気づき、下げるとかなり下げたところで

『P.S

勘ちゃんがこれを読んでいないことをねがいます。

 それはつまり僕が死んでいることを指すからです。

 これからの勘ちゃんの人生が明るく楽しいものであり続けることを切に願います。』

 山本はこの文章がすべて自分に向けた石田からのメッセージであり、論文の形だったのはそのカモフラージュだったのだとわかった。

 もう一度見直そうとしたところで、ドアをノックする音が聞こえ、

「山本さん、夕飯の用意ができましたがいかがでしょうか?」

「ああ、直ぐに貰いにいきます。」

 山本はそう答えて、データを閉じ、USBをパソコンから取り外して人形のなかに戻して、上着のポケットにいれてから立ち上がり、ドアに向かって歩いた。



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