14部
「どうせあなたもひきこもりなんてって見下してるんじゃないですか?」
大隈は例にもれず、対象者の部屋の前に座って話していた。
今回の対象者は中学二年生の男の子で友達がいないことを悩んで部屋に閉じこもったらしい。そんな彼が大隈に言った言葉は今まで対象者から何度も聞いた言葉であり、自分も過去には言ったことのある言葉だった。
「僕も昔はひきこもりでしたから、抜け出した先輩としてあれこれ言うことはあっても、見下したりなんかしないですよ。」
「その話だって本当かどうかわからないじゃないですか。
僕みたいな人間と話すときはそうやって自分も同じだったって言った方が心を開きやすいとかそんなこと考えてるんじゃないですか?」
大隈はこの子は頭のいい子なんだなと思った。実際に引きこもりの経験はあるが、対象者と話すうえでひきこもった理由をねつ造する時はある。だが、それをそのまま伝えることはできないので、
「そうかもしれないですね。でも、そうじゃないかもしれない。
僕は、メールや電話が嫌いなんですよ。
それは相手が見えないからです。
相手と顔を合わせて話せば、騙されているとかそんな難しいことまではわかりませんけど、この人が僕に対してどんな気持ちで話しているのかくらいは何となく感じることができるんです。
嫌われているのか好かれているのか、僕のことを信用しているのかいないのか、昂輝君はきっと僕のことを信用してないと思います。
それは当たり前のことですよね、だって今日、初めて会ったんですから。」
「僕があなたのことを信じなければあなたは仕事を失敗したことになるんですよね?それならもっと僕に媚びた方がいいんじゃないですか?」
「それは・・・・違いますね。
僕は別に昂輝君に好かれたくてここにいるんじゃないです。
僕の仕事は苦しんでいる人を助けることです。
ひきこもりだと馬鹿にされて苦しんでいる人もいれば、本当は外に出たいと思っていてもきっかけをつかめずにいる人とか、頼れる人がいなくて不安で押しつぶされそうになっている人とかです。
さっき昂輝君が言ったように、対象者の人、つまりはひきこもりの人に対してその人が望んでいることを叶えるために嘘をつくことはあります。
でも、僕がひきこもりだったこととひきこもりで苦しんでいる人の助けになりたいという気持ちだけは嘘じゃないです。」
「・・・・・・何でこんな仕事をしようと思ったんですか?」
「うちの会社にはひきこもり経験のある人ばかりが働いています。
みんな、あの時に戻れるならきっとひきこもりになんてならずに生きて行こうと思ってるんです。
でも過去に戻ることはできないから、僕達は今同じ悩みを抱えている人を救いたいと思うんです。
人を救うことは簡単なことじゃないですけど、それでも僕達がきっかけになれたらいいなと思ってるんです。
僕達のことを偽善者だとか、金儲けがしたいだけなんだと馬鹿にする人だっていますよ。でも、誰になんて言われても僕達は助けたいんですよ、過去の自分を、これから出会うだろう昔の自分を。
誰かのためではありますけど、結局は昔の自分を救おうとしてるんです。
立派に人を助けることができるようになった自分を見せて、あの時の苦しみがあったからこそ、今の自分がいるのだと胸を張りたいんです。」
昂輝君からの反応はない。何か考えているのか、それとも聞く気がなくなってしまったかもしれない。どんなに一生懸命語り掛けても届かない人もいる。
そういう時は静かにこの場を離れる方が今までの経験上、最適と言える策だ。
大隈が立ち上がろうとすると、
「あなた達の会社・・・・なんで蝶々何ですか?」
大隈はもう一度座り直して、
「僕達はひきこもりという言葉が嫌いです。
確かに、部屋の中にいて出てこないのを見ればひきこもりと言いたくなるのでしょう。でも、そんな言葉で片付けられるほど僕達が抱えている問題は軽くないじゃないですか。
だから、僕達は会社を作る時に決めたんです。
僕達はひきこもってるんじゃない、僕達は今はサナギで、羽化して羽を広げるその時のために準備をしているのだと考えようって。
緑の気持ち悪いうねうねした幼虫も育てばきれいな蝶になるんだ。誰かに蔑まれている時が幼虫なら、ひきこもりと呼ばれている時は飛び立つための、生まれ変わるための準備期間だと思おう。
僕達でサナギを破って蝶になれるように手助けしようって。
昂輝君やひきこもりの人達を自由に空を飛びまわり、きれいな蝶にすることが僕達の仕事なんですよ。」
「・・・・・・名前を・・・教えてください。」
とぎれとぎれの言葉を聞いて、大隈は何の名前かを考えた。会社の名前は既に知っているのだろう、それなら僕の名前を聞いているのかなとも思うがそうでなかったら恥ずかしいなと思い、いつもの名乗る感じで
「改めまして、株式会社『蝶々』の大隈です、よろしくお願いします。」




