13部
「ここまで助けてもらったんだ、名前を教えてくれませんか?」
山本は老人に向かって聞いた。この老人を信用できるかの判断も含めて、情報がいると思い探る必要性を感じたのと、話しかける際に名前も知らなかったことに気づいたのもあった。
老人は笑顔で
「それは本当の名前をということですか?」
「偽名を使わないと困る事情でもあるんですか?」
老人は目を閉じて少し考えているそぶりを見せてから、
「成宮という名字です。
したの名前までは教えるつもりになれませんね。」
「成宮さんですか。
もとはどんなお仕事を?」
「アドバイザーとでも言いましょうか…………
経営者にアドバイスをして、会社の業績や売り上げをあげる様なことをしてました。
私のことを慕ってくれていた人達のプレッシャーが私をこの場所に導いたのかも知れないですね。」
「伊達のおじいさんをなぜ知ってるんですか?」
「山本警部はお会いしたことがあるんですか?」
「さぁ、会ったことはないと思いますが?」
「そうですか、私も写真を見せてもらっていたので、あの伊達という刑事があの人のお孫さんだと気づいたんですよ。」
「それで、誰なんですか?」
「憲法学の権威の足束という教授ですよ。」
「本当ですか?」
山本はとても驚いた。足束教授には色々と話を聞いたことがあるので知っていたし、伊達と一緒に会いに行ったこともある。
そう言えば前回の事件の時に犯人の岩倉が学会がどうのと伊達に言っていた気がする。
頭の中を整理するの時間を要したため、成宮老人が
「ご存知だったんですか。
彼はとてもいい人でね、取材費としてホームレスに30万くらいを払ってくれるし、仕事を探してもらった人もいましたよ。」
「取材とはどんな内容だったんですか?」
「日本国民は健康で文化的な必要最低限度の生活を保障されている。
では、ホームレスの生活は文化的なのだろうか、生活は保障されているのだろうか、そんなことの確認ですよ。
我々の生活実態が果たして国が憲法で保障されている基準に見合っているのか、なんとも言えないですけどね。
保障を求めて声をあげた人は保障をされるが、そうじゃない人はその日を生きるためにごみを漁る人だっている。
要は自己申告なんです。苦しければ国に助けを求めなければいけない。だが、国の助けを受けることができない人も中にはいる。
戸籍がなければ、身元保証人がいなければ、国家権力から身を隠していなければいけない人だっている。
国家に逆らわず、言いなりになって暮らすことによって庇護される。難しいですよね、自由に生きるって。」
「成宮さんが国家に助けを求められないのはなぜですか?」
「戸籍がしっかりしたのがないんですよ。本当の戸籍は売ってしまったし、新しく買ったのも今使えるかはわかりませんしね。」
「罰を受けたとしてもまともに生きているならそれが一番良いと思いますけどね。」
「罪を償って、私に更正しろというんですか?
生きていくのが必死で仕方なく戸籍にてを出した私を、何も助けてくれない国家が裁くんですか?
納得できないわけではないですが、引っ掛かるところはあります。
じゃあ、我々が汚れる前に助けてくれたら良いじゃないかとね。」
成宮老人の顔から憤りを感じない。彼が言っていることは彼自身の意見ではないのではないかと山本には思えた。
「あなたはどうなんですか?
濡れ衣を着せられ、逃げ回っていながら、正義とは何かと考えたり、自由にならないことの多さに憤ることはないんですか?」
成宮老人の問いについて正義を考えることはないが、伊達の話を聞いてから気になっているものはあった。上着のポケットに入っている小さな人形である。何かのアニメのキャラクターなのかわからないが指にはめて遊ぶような大きさの人形で指をいれるところが、人形と同じ素材で蓋がされている。振ってみると中に何か入っている音がする。桂先生が連行される前に渡した物で、あとで見ろと言われていたが理解できずに持ち歩くだけしかできていない。
そこに伊達の話を聞いて繋がった部分があった。この人形の中にはもしかしたら消えたUSBが入っているのかもしれない。
パソコンさえあれば確認できるが、今は使うことはできない。
自由に捜査ができないというのは正直きつかった。
山本が何も言わないので成宮老人が
「それでは、移動しましょうか。
ここにいても何もできませんし、寝床に案内しますよ。
そこならゆっくりと考えることができるでしょう。」
成宮老人は歩き出した。山本は黙ってそれに従った。