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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

中辛

peace makers

 俺の名はピースメーカー。ゴミ溜めの街ガーベイジ・シティの平和を守るスーパーヒーローだ。俺は自動ドアが開ききるのも待たず所長室に押し入り、普段は電話越しに指令を受けるだけの所長のネクタイを掴み上げ、アゴの下に銃を突きつけた。スーパーヒーローなら、どうしてこんなことをするのかって?俺だってこんなことをする気にはならなかったさ。さっき撃ち殺した悪党のマスクを剥ぐまではな。

「あいつはただのそっくりさんじゃない。俺のクローンだ。街の悪党全部が俺だ。俺がドロップアウトして悪党になったら、その時は次のピースメーカーが俺を殺しにくる。そうだな?」

「そうだ。我々が君達を作った」

 俺は所長に銃口を向けたまま、よれよれになったネクタイを離した。


 以前から薄々感づいていたことだった。悪党にも悪党なりの事情がある。治安の悪い街で治安を守ろうとするのは実にホネの折れる仕事だ。一方悪事はたやすい。今まで俺が撃ち殺してきた悪党どもも、警官だったり、弁護士だったり、名もないスーパーヒーローだったり、かつては街のために働いていたがどこかで挫折を味わい堕落した人物だった。そして全員どことなく俺に似ていた。

「仕方なかったんだ。もともと街は荒れていた。夜勤で疲れ切った警官や街を守る立場にありながら汚職にまみれた連中に代わって、夜の街を自在に駆け回り悪人を制裁する正体不明の存在が必要だった。だが、スーパーヒーローの条件は厳しい。悪に染まったスーパーヒーローを始末するには、新たなスーパーヒーローを送り込み続けるしかなかった」

「やれやれ、そんな勝手な理屈で……」

「そこまでだ。銃を下ろせ」

 自動ドアが開き、俺と同じコスチュームに身を包んだ、俺と同じ顔立ちの、もう一人の俺が現れた。

「助かったよピースメーカー」

「あんたもだ所長」

 所長は、飼い犬が自分の仕込んだ芸をしなかった時のような顔をした。デスクにもたれかかるフリをして、抽斗の中の銃を取り出そうとしていたのだった。

「俺は誰かに命令されるまま悪党を殺すだけの殺人マシーンじゃない。話は聞かせてもらった。この基地にあるんだろう?スーパーヒーローの生産施設が。案内してもらおうか」


 ピースメーカーをサポートする秘密基地は、地上の施設の規模からは想像もつかないほど地下深く掘り抜かれた何層もの空間で構成されている。スーパーウェポンの研究室を始めとして、スーパービークルの格納庫、スパイ衛星の管制室、あらゆる情報が揃った資料室、トレーニング・ジムにカウンターバー等々……。だが所長が押したのはエレベータのどの階のボタンでもなく、所長が持つリモコンでだけ指定できる、最下層のさらに下に隠された階のボタンだった。

「断っておくが、我々は武力でも、経済でも、いかなる形でも街を支配するつもりはない。この基地の設備も、君達のすぐれた力も、全ては平和を守るために作り出したものだということだけは分かってもらいたい」

「フッ、悪党の常套句だな」

「もしも街を乗っ取る気なら、スーパーヒーローをわざわざ一人ずつ送り出すような回りくどい真似はせんよ。さ、着くぞ」

 エレベータが減速し、腹の底に押しつけられた内臓が本来の居場所を取り戻すと、左右に開いた扉の向こうに信じ難い、しかしどこか懐かしくもある光景が広がった。立ち並ぶ巨大な培養ポッドに浸かった全裸の男は、まぎれもなく目覚める前の俺そのものだ。腕や脚だけの小さい培養ポッドもある。道理でどんな怪我も寝ている間にたちまち治るわけだ。所長が一緒なので、培養ポッドをチェックする白衣のスタッフは俺達に目もくれない。

「ここが俺達の揺りかごってわけか」

「満足かな?君達のオリジンなど全てまやかしだ。肉体が完成したら、別室で個体ごとにスーパーヒーローとしてふさわしい記憶を選び植え付ける」

 所長は溜息をついた。人の心は弱い。悲劇的な過去、輝かしい過去、少しでも配合を誤れば、いともたやすく社会の闇に呑まれてブレーキの効かない殺人鬼になってしまう。常人を超えるパワーを持っているというだけでも社会から孤立して歪んでしまう危険性は大いにあり、孤立を怖れるあまり正義に目覚めることなく一般人として生涯を終えてしまった個体もいる。極端な過去は極端な結果を、しばしば最悪の結果をもたらすが、普通の過去に育まれた普通の感性はスーパーヒーローを生まない。

「……そういう点では、君達はまさに奇跡の産物と言っていい」

 奇跡だって?ここから送り出されたスーパーヒーロー崩れのせいで街はめちゃめちゃだ。一握りの成功例のためにこんな使い捨てを繰り返していたら、いたちごっこじゃないか。俺が目配せをすると、もう一人の俺が所長の死角から手を伸ばしてエレベータのリモコンを奪い、こちらへ投げて寄越した。リモコンを受け取った俺はエレベータに向かって歩き出した。

「どこへ行く気だ?」

「ちょっと武器庫にな。全部吹き飛ばす」

「なにをバカな……我々の支援なしで戦うつもりか?考え直せ。街はどうなる?」

 俺ともう一人の俺は顔を見合わせてニヤリと笑った。どうやらこいつも俺と同じ考えらしい。

「「俺達が守るさ」」


 俺達の名はピースメーカー。ゴミ溜めの街ガーベイジ・シティの平和を守るスーパーヒーローだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読後感がスッキリしていて気持ちいいです 某爆弾で木っ端微塵になりそうなヒーロー [一言] ヒーロー物は廃れないし読まれさえすれば万人受けする作品だと思います
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