客人
シグムンドの鍛え上げられたぶ厚い肩は荒々しく上下し、固く引き締まった腹はふいごのように大きく動いている。
落ち葉が散り敷かれた森の地面は荒く踏み荒らされ、その上には彼の汗が滝のように顎からしたり落ちていた。
(……こ、これまでか?俺が……この俺が……)
疲労して干からび、痺れたシグムンドの脳裏に狂おしいまでの思いがよぎる。
自分の周りの剣士たちはほとんど倒したが、下の斜面には未だ敵が残っていた。
(まだだ……まだ死ねぬ、俺は……俺は覇者になるのだ。古の英雄マクシミリアン大帝のような)
まだ死ねぬ――そう思うと、シグムンドの紅い眼が強烈な光を放って周囲をねめつけた。
覚えず、敵兵が鼻白ずんで再び後ずさる。
それでなくとも、もう充分な人数が斬られてそこらに転がっているのだ。
敵の返り血が汗に混ざり、土が飛び散って汚れたシグムンドの顔は鬼気迫る形相になっていた。
激しく息をつき、もはや剣を杖にして立っているだけだが、誰も敢えて立ち向かおうとしない。
恐ろしい沈黙が降りた。
(死ねぬ、このまま死ねぬ……)
視界が揺れ、吐き気がして、自分の呼吸音がやたらと大きく聞こえる。
(まるで瀕死の獣のようだな、なんて様だ)
「クソッ!この種無しどもが!貴種といえど、たかが死に損ない一人殺せんのか!?」
――――しばらくして、これではならじ、と思ったらしく例の鼻当て兜の隊長が口汚く罵って、斜面の下で剣の柄に手を掛けた。
彼は彼で必死なのだろう。
隊長は自分の周囲にいた男たちと共に、シグムンドを見据えながら、斜面を一歩踏み出した。
「シグムンド殿下!貴方の後ろの森にも、我々の仲間が大勢いる!もうじき四方を囲まれるのだ、大人しく降伏したほうが、お互いに苦しまずに済みますぞ!」
手にした円盾を構え、隊長が叫んだ。
「臆したか、下郎が!アンヌアの貴種は……………敵を前にして、誰も、降伏せぬ!」
シグムンドは、途切れ途切れに叫び返した。
疲弊して、ほとんどまともに立つことすら出来ないが、なんとか声を出しながら剣を構え直した。
「うぬぅ……では死ね!」
鼻当て兜の隊長が吠え、周囲の者共に顎で合図し、斜面を登り始めた。
彼らは、鉄を被せて強化された盾の縁に剣の平を押し当てて、しっかりと構えながら、こちらに迫ってくる。
「囲め!囲め!!」
彼らはシグムンドのぐるりを取り巻くように動き、盾を押し付けるようにして、襲いかかろうとしている。
その動きは、さっき屠った連中より統制がとれており、それなりに精鋭と見える。
(盾を押し付けて、一斉にかかられたら防げまい。どこでもいい飛びかかって一人崩せばーー)
疲労して靄がかかった頭で、シグムンドは考えた。
相手がかかってくる前に飛び込んで、囲みを崩さねば後がない。
分かってはいるが、足がもう動かない。
「やつは疲れ切っているぞ!者共、かかれ!!」