客人
シグムンドの身に付けた、鋲や細工物で飾られたコートオブプレートや、金を被せたメイルに比べれば粗末な防御ではあるが、疲れきった男一人が相手のこの場では、この防備で充分に用途を満たすだろう。
手近な所にいた、タイタン族らしくがっちりとした体に、四角い顔をした追っ手の一人が不用意に近付き、タイセイで染めた盾を構え、抜き身の剣を振るって迫ってきた。
亀のように鎧を着込んでいるとはいえ、斜面の上でふらふらと立ち、声を挙げるのも辛そうな男など、二・三回切りつければ容易に仕留められよう。
手柄は俺のもの――そう思ったに違いない。
油断も露に振るわれた剣は、しかし振りかぶられた半分も降りてくることは無かった。
くるりと身を翻したシグムンドの、城内鍛造された鋼の長剣が、一振りで薄い革のチョッキを貫いて、右腕を肩ごと切り取り、二の太刀が腹を抉って彼を跪かせたからだ。
シグムンドが、相手の背骨まで届いた剣を力任せに引き抜くと、追っ手たちから驚愕の悲鳴が漏れた。
あっという間の光景に、何名かは明らかに怯んだ様子で、隊長の方を伺う者や、斜面で後ずさっている者もいる。
「さあこい!次にアヌーヴン(※死後の世界の意)の道筋に加わりたいのは、どいつだ!」
「何をしている!やつを殺すか捕らえた者には、族長がサガに歌われる栄誉と賞金を約束しているぞ!!」
シグムンドが、喉の乾きで掠れた罵声を絞り出すと、隊長がそれを圧する大声で叫び返した。
「賞金……」
そうだった――
追っ手たちは、足を止めた。
同僚の恐ろしい最期を見て、彼らは怯んでいたが 、それでも臆病な婦女子の一団ではない。
欲と栄光の後押しを受けた追っ手たちは、わめきながら再びカイゼルを取り囲んだ。
だが、先程の剣の勢いを見たからか、彼らは中々かかってこようとはしない。
褒美が貰えると分かっていても、死んでしまっては意味がない。
今囲んでいる相手は、一息吹けば倒れそうに見えても、十分に危険な手負いの獣なのだ。
「おい、相手は一人だぞ!一人で敵わぬならば、囲んで一斉にかからんか!かかれ、かからぬか!!」
隊長が発破をかける。
それでもまだ、追っ手の多数は躊躇していたが、中には勇敢な者が(この場合は無謀といった方がいいかもしれないが)居たと見えて、隊長の怒声に背中を押され、わめきながら切りかかった。
シグムンドが得たりと応戦して、そいつを持っている剣ごと切り捨てるや否や、周りの追っ手も飛びかかる。
たちまち、森の奥は多数の獣が死命を争う、鉄の悲鳴と怒号で満ちる阿鼻叫喚の場所と化した!
(確実に倒す、一人でも多く。どうせ死ぬなら、詩に歌われるような死を!)
目の前で切りかかる二十人からの剣士を、シグムンドは良く防いだ。
川を渡り、数ドーレング(※この世界の長さの単位。キロに当たる)からなる長い逃避行を、完全武装でこなしたとは思えぬ足さばきでかわしながら、斜面の傾斜と茂みを上手く使って一人一人を着実に仕留め、素早く確実な死をもたらす。
だが、神話に聞く強力な幻獣でも、最終的には疲労に打ち勝つことはできない。
盾と兜は捨てていても、重い鎧を着用して斜面を駆け回れば、どんな男でもいつか疲れてしまう。
アンヌアの中でも、傑出した身体能力を持つ貴種インペリアルの血を引くシグムンドであろうとも、やがて限界は来る。
しかも、シグムンドの体力は最初から磨り減らされた状態だ。
十五人目を切り払った時、既にシグムンドの眼底は乾き、視界は真っ白になっていた。
「どうした?かかってくるがいい!それとも、恐ろしくて手が出んか?このアンヌアの恥さらしども、臆病者どもが!!」
息が切れて、ほとんど歯ぎしりに近い呻き声になっているが、シグムンドは罵った。