9、使い魔たちの名称
9、
山田氏が返答に躊躇している時だった。
『ただ今より、宿泊ホテルに移動いたします。お気をおつけください』
そんなアナウンスがホール内に響く。
「ホテル?」
「ホテルですって」
山田氏と鈴谷女史が同時に顔を上げると、ホール天井に紫の魔法陣が現れた。
そして、その一瞬後取材陣+山田氏は先とは別の場所へ移動している。
どのような場所か。一言で言うとホテルのロビーみたいなところだ。
ただし、相当に大きく広く、内装も立派なものであった。
「かなりお高いんでしょうねえ……」
周りを見ながら、鈴谷女史はつぶやく。
ロビー内には耳の長い美しい女性たちが大勢いる。
肌の色や耳の形からして、悪魔型の女性使い魔とは違うようだ。
何というのか、雰囲気もだいぶ違う。
しかし、山田氏の感覚からして同じ使い魔であることに変わりはなさそうで。
――ここの従業員はエルフ系が多い。
「この女性たちも使い魔で……エルフだそうです」
「エルフ! まさに魔法の世界という感じですねえ!」
と、鈴谷女史の手が光り、そこには一枚のカードがあった。
「あれ?」
他の取材陣も同じようなカードを持っている。
『今お配りしたカードは、身分証明書兼部屋の鍵になっております。しばらくは自由時間となっておりますので、ご自由にご歓談、お休みください。夕食会は……』
ロビー内にアナウンスが響き、今後の予定などを説明していく。
しばらくは団体で取材場所に案内され、その後個々に自由取材ができるようだ。
「至れり尽くせりですねえ……」
鈴谷女史は感心したようにロビー内を見回す。
やがて案内図のある場所に行くと、ホテルのことをチェックし始めた。
それから写真を撮っていたが、やがてタブレットをいじり出し、
「あれ? ネットにつなげる。お城じゃつながらなかったのに」
「仕事早いですな」
山田氏が見ると、タブレットで現状をネット配信している者もいるようだ。
きっと地球では大変な騒ぎになっているだろう。
鈴谷女史はしばらくロビー内をウロウロしていたが、やがてソファーに座る。
「そういえばヤマダさん、さっきの続きじゃないですけど……」
「何でしょう」
「使い魔にも種類はあるけど、名称はついてないんですよね」
「エルフとか元々名前のある存在は別みたいですが
「でも、こちらとしては名前がないのは不便なんですよ」
「はあ」
「だから、私テキトーに名前つけちゃってるんです。密かに」
「ほお」
「例えば、このライオンと牛が合体したようなのはフンババ――」
「どっかで聞いたような気もしますが」
「あ、メソポタミア神話のモンスターの名前です」
と、鈴谷女史は説明を続けていく。
狼と山羊の合成したようなものはバフォメット。
他にも鹿と鳥を合成した怪物はペリュトン。
キメラ。ゴーゴン。ワイバーン。などなど、様々なものがあげられていった。
――面白いな。
楽しそうな魔女の声がした。山田氏の頭の中に。
「え」
「え?」
――その案、採用しよう。こいつらの名称は決まった。
「何か……採用されたようですよ」
「ど、どういうことですか?」
混乱している鈴谷女史だが、それは山田氏も同じ。
「あれ? なんだろ」
不意に鈴谷女史がタブレットを見た。
その画面には、妙なホームページが。
魔女王陛下の使い魔たち公式ホームページ。
そんな名前のページがいつの間にか表示されている。
内容は多数いる魔女の使い魔たちがそれぞれ種類別に検索できるというもの。
例えば――
女性悪魔型使い魔はインプ。元々はよそから来た魔族だったらしい。
エルフ。よそから来た不老長命の種族。
といった具合で、何だか怪獣図鑑みたいでもある。
中には鈴谷女史が名づけたフンババやバフォメットもあった。
他にも色々とあるようで興味深いが、途中で鈴谷女史はタブレットをしまう。
「お仕事が早いんですね……ちょっと驚きました」
「仕事というか、まあ……」
山田氏としても、返事に困ってしまう。
「そういえば、山田さんも契約を結んで使い魔になったんですよね。色々とお聞きしても?」
「ええと、その……」
――好きにしろ。お前の自由だ。
魔女からは放り投げるようなご回答。山田氏は悩んだ。
「自分の場合、けっこう特殊なほうでちょっと詳しいことは……」
「そうですか。残念です」
鈴谷女史は本当に残念そうな顔で言うと同時に、アナウンスが聞こえてきた。
『そろそろお集まりください』
「あ、いかないと……」
そんなわけで鈴谷女史は立ち上がり、なし崩しに山田氏も続いたのだった。
夕食会はというと――
今後の簡単な説明を再度して、豪華な和洋中の料理が並ぶテーブル。
「いやあ、美味しいですね! ホントに……」
鈴谷女史は料理に舌鼓を打つが、山田氏は見学しているだけ。
美味そうな料理だとは思うのだけど、別に欲しくなるわけでもない。
「ヤマダさんはお召し上がりにならないんですか?」
「はあ。別に食事は必要ないですし……魔法で出したものはあまり食欲が」
「え? 魔法……これを全部魔法で?」
料理を見ながら驚く鈴谷女史。
「そのようですね。使い魔だからわかるんですが……代わりに魔法で作ったものにはあんまり価値とかそういったものを感じられないようなんです。難儀ですね」
と、山田氏は魔法でオレンジジュースを出してみせる。
飲んでみると、美味しいには美味しいのだが何か普通のモノとは違う。
「ちょっと私にもいただけます? ……特に差は感じませんが」
鈴谷女史も同じものを飲むが、首をひねるばかりだった。
「そのへんが使い魔とか、それゆえなんでしょう。ちょっと残念です」
人間の感覚のままであったら、好きなものを食べ放題飲み放題できたのに。