5、面会人たち
5、
その日魔女のもとに一人の面会人が来た。
やってきたのは外国人、某国の駐日大使である。
首相が同盟国と言っていたあの国の……。
「あなたが『クーラートークーニ』の女王ですか」
「そういう貴様は何とかいう国の大使か。我に何用だ」
魔女はジロジロと大使を見ながら、首をかしげる。
「それと、下手な発音で呼ばなくともよい――お前の母国語でわかる」
後半の言葉は大使の母国の言葉で魔女はしゃべった。
山田氏には英語はわからないけど、何故か言っている意味は理解できた。
このへんは使い魔たる所以なのかもしれない。
「我が国はあなたと交渉する用意があります」
「ほう。で?」
「条件次第では、そちらが日本を併合することを認めましょう」
その言葉に、魔女の猫瞳に冷たい光が宿った。
今にも、目の前の大使を八つ裂きにでもしそうな剣呑な目つきだ。
「そちらに認めてもらう必要があるのか?」
「我々は理性的かつ友好的にやりたいのですよ」
「ふふん。ま、要は旨味がほしいというわけか」
「捕え方は色々でしょう」
素知らぬ顔の大使に、魔女はクスクスとせせら笑う。
「お前たちに都合が良ければ、この日本の地をどうしようとほっておく。ただし……お前らに都合が悪ければタダではすまさん。そんなところだな」
「互いにWIN-WINの関係でいたいものでして」
「別にお前らと戦争をしても良いぞ。今すぐにでも」
「まあまあ、そう短気なことをおっしゃらずに」
「そちらにもそちらの都合があるのだろうが、あくまでもそっちの都合。我の都合ではない。そもそもお前らは我に何をくれるというのだ」
「あなたをお金持ちにしてさしあげます」
「ほう、金持ちとな」
「ええ。悪くないお話でしょう」
「で、その金持ちになればどんないいことがあるのだ?」
魔女は面白そうに大使に質問するのだった。
「何でも好きなことができます。権力もより強力なものに……」
「そうか」
自信ありげに語る大使に向かって、魔女はガッカリした顔つきになる。
「残念ながら、すでにクラツクニという国の王であり、それ以上の権力は必要としておらん。それにな……」
と、魔女はスッと人差し指を大使に向かって突き出した。
その途端、ボンという音と一緒に大使のつけていた腕時計が金色に変色した。
いや、本物の黄金に変わってしまったのである。
「『金』にも現状不自由しておらぬ」
大使は黄金に変わった腕時計を見て、顔を白黒させている。
「今度はもっと面白い話が持ってくるのだな。下がるがいい」
「ま、待ってください! 後悔しますよ、話を聞いてください……!」
「まだ何かあるのか?」
「我が国は日本に駐留軍を置いているのですよ。それについても」
「ああ。アレな。アレはすぐにそちらに返す。安心せいと伝えておけ」
その翌日、日本に駐留していた同盟国の軍隊はとんでもない目にあった。
何と基地の置かれていた土地がまるごと全て掘り起こされ、空中に浮かんのだ。
まるで童話の一場面のように、巨大な島が見えない手で持ち上げられ、宙を飛ぶ。
兵士たちは大パニックになったものの、どうしようもない。
全ての基地が同じようなことになり、即席の空飛ぶ島はそのままドンドン進んでいく。
そして、恐ろしい速さで同盟国の本国まで飛んでいった。
本国がパニックになってミサイル攻撃を考え始めた頃。
全ての島は人のいない広い荒野にゆっくり着陸し、二度と飛び立たなかった。
かくして、基地の兵士たちはそっくり国に送り返されたわけだ。
「まさに魔法だ、恐ろしい!」
「いや、何か種があるに違いない。発達した科学のなせる技だ」
世界中は大騒ぎしたが、魔女は淡々としたもので。
「確かに兵士たちは返した。ではな」
送られた言葉はそれだけだった。
だが、それ以降世界中の国がクラツクニの日本併合を認め始める。
「是非国際連盟に入ってください」
そんな声まで出てきたほどだ。
他にもクラツクニと仲良くしたいという国が次々に手をあげた。
しばし、山田氏はそんな国の大使たちを魔女のそばで連日見ることになる。
そんな中で閉口させられたのが、某国の大使。
「日本という国は大変悪くてひどい国でした。やっつけてくれてありがとうございます」
「我は日本を滅ぼしたつもりはないが」
開口一番におかしなことを言い出す大使に、魔女は面倒臭そうだった。
その後も大使は色々と日本の悪口を並べ立てる。
「……ことほど左様に、日本は悪い国なのです。どうです、もっと日本をこらしめるべきだと思いませんか? 思うでしょう」
「はあ?」
「そこで日本人の財産をどんどん取り上げてしまうのです。そして集めたものを半分私たちにください。どうです、素晴らしい考えでしょう」
「お前は酒でも飲んどるのか? 大体何故お前らにそんなものをくれてやらねばならん」
「それは私たちの正当な権利です」
「そんなものを認めるわけなかろうが。一度頭の中を洗ってこい」
「何故です。私たちは日本にひどい目にあったのだ。仕返しする権利がある!」
「ほう、そうかい。それなら今度は自分の力でやるのだな」
「日本をやっつけさせろ。日本人を奴隷として差し出せ!」
冷たい魔女の態度に大使は怒り出した。
「――死ね」
魔女は鬱陶しそうに、言う。
「あ!」
と、山田氏が叫んだ時には、すでに遅かった。
その瞬間、大使は上から押しつぶされたようにグシャグシャに砕け散る。
「しまった……」
潰れた死体を見ながら、魔女は困った顔でつぶやく。
「もう少し遊んでからにすれば良かったなあ……」
と、オモチャを壊してしまったかのような態度なのだった。
「な、何ということをするんですか! 国際問題、戦争ものですよ!」
山田氏が耳元で怒鳴るのだが、魔女は平気の平左。
「それは良かった。使い魔の力が試せるなあ」
魔女が楽しそうにつぶやくと、使い魔のメイドたちが死体を片付けていく。
「日本を占領した時はなるたけ傷つけないように工夫したが、今度はそんな心配はいらんな。徹底的にぶっ殺させようかい」
「悪質な冗談はやめてください!」
山田氏は魔女にへばりついて叫ぶのだが、それもむなしく響くだけだった。