3、女王の命令
3、
魔女が玉座に座って少したった頃、部屋の淡い紫の光がともった。
光は二人の人物へと姿を変えていく。
一人は女性の使い魔の姿で、もう一つは疲れた表情の壮年男性。
(あ、この人は……)
山田氏には見覚えがあった。この国の首相である。
「ようこそ、日本の代表よ」
魔女は椅子に座ったまま、ニコニコと首相に笑いかけた。
首相は魔女を見て、あっと声をあげたが、あまり表情に変化を見せない。
「この一連の騒動はあなたの仕業ですか」
「そういうことになるな」
質問された魔女はニッと笑い、
「しかし女王に対する口のききかたではないな?」
「我が国も世界も、あなたのいうことなど認めませんぞ」
なめられまいとしているのか、首相は強い声でそう言うのだった。
「我が国による日本の占領を認めんと?」
魔女は目を細めた。
ネズミを前にした猫のような表情である。
「その通りです」
「で。どうやってそれを主張する? 警察も自衛隊もこちらの手に落ちたぞ」
魔女が手を振ると、占拠された基地や警察署の映像が首相を取り囲む。
「に、日本には同盟国があります。その同盟国があなたがたを許しませんぞ」
「つまりお前ら自身にはもう何の力もないということだな?」
「…………」
沈黙した首相を見ながら、魔女は喉を鳴らして笑う。
「ま、反抗したければして見せよ? こちらも手ごたえがないのはつまらん」
「何を言いますか。戦争になりますぞ!」
首相が顔をはね上げて叫ぶ。
「望むところよ。同盟国の力がどれほどのものか……見たいのでな」
「とんでもないことだ。日本を戦場にするようなことはやめてください」
「人死にが出んようにしろか……難しい注文だが、善処はしよう」
「では」
「敵が領内に入るまでに全滅させる」
「そんな、そんなことができるわけが……」
「やってみねばわかるまい? 敵の領土を占領するのではない、我が領土を守るだけのこと。そう難しいことではないよ。兵隊の数があればな」
「しかし日本の自衛隊……」
ごくりと喉を鳴らす首相に、残忍な眼の魔女。
「誰が自衛隊にやらせると言った。それは我が親衛隊たる使い魔の仕事だ」
指を鳴らす魔女。
すると、首相を囲む映像は自衛隊基地制圧時のものに変わる。
「こ、こんなことが……」
「あったから、お前は現在ここでこうしているのさ」
苦悶する首相の声に、嬉しそうな魔女の声。
「ともかく、お前……というかお前らコッカイギインの当座の役目は我の声を広く民に伝えるということ。他にはまあ、雑用だな。色々便利に働いてもらう。代わりに給料は目減りするという程度でカンベンしてやろう。いやならいつやめてもいいぞ、後の保証はせんが」
「こんなバカな……」
「お前らの言う同盟国の対応が楽しみだなあ、実に」
ガックリと崩れる首相に、魔女は酷薄な視線を向ける。
「ま、待ってください。こんなことでは貿易はどうなります。いきなり、国が変わったなどと言っては外国から売ったり買ったりができなくなります。そうなれば、日本中が飢えてしまいますぞ。日本は多くのものを輸入に頼って……」
「おい、本当か?」
首相の叫びに、魔女は山田氏に訊ねてきた。
「え、ええ。本当です」
尋ねられた山田氏はうなずく。
これでこの魔女が少しは考えてくれれば良いのだがと、はかない希望を持って。
「良かろう。首相、急いで必要なものをリストにして、提出せよ。輸入せねばならないものは全てクラツクニ本土が用意してやろう」
「ええ?」
「無論、ただではないが理不尽な代価を要求することはない。品質も保証する」
「いや、しかし……」
「資源がなくては困るのではないか?」
「はい、そのとおりです」
「ならば問題あるまい。手続きは使い魔どもが滞りなくすませる」
魔女はにこりと微笑んで、目を細めた。
「ですが……」
首相は何かを渋って、決断しかねるといった表情だった。
「ふむ……。例の同盟国とやら、か」
魔女が言うと首相はギクリとした顔で硬直した。
「もしも、同盟国軍が我らを破ったとしたら……」
魔女は玉座から立ち上がって、ふわふわと宙に浮きながら首相に近づく。
「その時、お前が我にが従っていたとなれば同盟国が何というか、それが恐ろしい」
「は、それは……」
全てを貫くような魔女の視線を受けて、首相は縮こまってしうまう。
「だが、そんな心配は無用だ。お前がすべきは……」
と、魔女はとんと首相のそばに降り立つ。
「我の命令通り、必要なもののリストを至急作って提出することだ。もっとも……」
いきなり魔女は首相の顎をつかんだ。
「嫌だと言うのなら、お前も含めてコッカイギイン全員、処分しても良いのだぞ?」
氷のようなゾッとする言葉に、首相は凍りついた。
「こうして小間使いとして使ってやっているのは、我の慈悲であると思え。まともに働けんと言うのであれば、いつでもその首をはね落としてやる」
言ってから、魔女はゆっくりと玉座に戻っていった。
首相は今度こそ本当に膝から崩れ落ちて、床に頭を着地させる。
「ま、まさか本気で……?」
山田氏は目の前で行われた脅迫に驚き、確認するように言った。
「当然だ。さ、わかったら行け」
魔女はふんぞり返って答えると、しっしっと首相を退場させる。
使い魔に連れられて首相が去っていった後。
「ヒミコ……様?」
「おお、名前で呼ばれるというのは新鮮だな。ご主人様とかそんな呼びかたしかされたことがなかったゆえに」
「……一体、この日本をどうする気です」
「別に。なかなかきれいな場所も多いし、保養地にでもするかな」
のん気な返事に、山田氏はガックリとなってしまう。
下手をすれば日本は戦争の的にされてしまうのではないか?
生まれ育った祖国が壊滅する姿を想像した山田氏だが、果たしてあの使い魔軍は科学文明の兵器にどこまで対抗しうるのだろうか?