2、暗き国の女王
2、
しばらく時間がたった後、魔女は再び立ち上がった。
「よし、おおよそのことはわかった。後は制圧用の使い魔を送り込むだけ」
「うまくいくといいですね」
「うまくいくとも。安心せい」
「……別に心配もしていませんが」
コウモリネズミの大群に襲われて、日本中が大パニックになるのだろうか。
山田氏はそんなことを考えながら、ふうとため息をつく。
そうこうしているうちに、再びあの蛍のような光が群れを成して現れる。
そいつらは真夏の蠅のようにブンブンうなりをあげていた。
やがて、日本へつながっているであろう『風景』の中へと飛び込んでいく。
その数は凄まじく、いつまでたっても終わりがないようだった。
しかし、ようやくそれも終了する。
「全ての使い魔は転送した……。おっと、その前に……」
魔女はオーケストラの指揮でもするように手を振る。
ゴゴゴ……と、遠くで大きな音が響いたようだった。
「一応、日本用の家を作っておかねばな……。さてと、ヤマダよ? いよいよ行動に移す時がやってきたぞ。楽しみだなあ」
「こっちは嫌な予感しかしませんが、今からでもやめにしません?」
「何を言う。気弱なことをいうものではない。よし、いけ……!」
そして、魔女は指を鳴らして合図をする。
と、同時に、部屋中の無数の窓が開いた。
いや、そうではなくて、無数の映像が展開したのである。
山田氏は前に見たSFアニメのシーンを思い出した。
そこに映っているのは、国会議事堂や自衛隊の基地。あるいはどこかの警察署。
あらゆる場所を、恐ろしげな怪物が占拠している図だった。
まず目立つのは軍事施設を占拠している巨大な怪物。
それはファンタジーものによく出てくるドラゴンそのものの姿。
巨大な姿で自衛隊隊員たちを威圧している。
他にも、牛とライオンを合成したような顔つきの、黒い怪物。
コウモリにも似た翼をはやしたそいつは、まさに伝説の悪魔だった。
他にも山羊と狼と合成したようなもの、翼をはやした狼、小悪魔のようなモノ。
凶悪そうな地獄の軍団が、平和な日本へ一気に雪崩れ込んだようであった。
「こ、これは……?」
喉から悲鳴が出そうなのを抑えながら、山田氏は言った。
「すごかろう? 我の使い魔軍団だ。まあさすがに全員を送り込むほどではなかったがなあ。しかし、けっこうな数を投じたぞ」
自慢げな魔女に、対して山田氏はどう返事をして良いのかわからない。
そうこうしているうちに、軍隊と怪物たちの戦闘が始まったようである。
だが、勝負は一方的だった。
戦車や戦闘機は発進前に場所を押さえられており、使えない。
その上、怪物たちはいくら銃弾を受けてもへいちゃらだ。
自衛隊でそれなのだから、警察などはまるきり相手にならない。
あっという間に捕えられ、捕縛されてしまうのだった。
また国会などでも雪崩れ込んだ悪魔たちに議員が拘束されていく。
自衛隊や警察と違って、動いている使い魔は人間に近かった。
青い肌、黒い目に赤い瞳。コウモリの翼を持った彼女らは、人外の特徴を除けばものすごい美女ぞろいである。
ちょっと拘束される議員が羨ましく感じないこともない。
国会も役所も、自衛隊も警察も抑えられ、あっという間に日本の主要な部分は……。
「やってしまった……」
山田氏は顔を押さえてうずくまった。
日本は大混乱だ。都市という都市を使い魔の大群が飛び交っている。
「さてと。そろそろ宣言じゃな?」
魔女はコホンと咳払いをするが、そこでふと考え込んだ様子。
「そういえば我には名前というものがなかった。どうしたものだろう?」
「……適当につければいいんじゃないですか?」
返事をする気力もない山田氏はおざなりな返事。
「魔界にも国としての名前がないな。ふむ……暗い、闇……」
魔女はしばし考え込んでいたが、
「国の名前はクラツクニ……暗き土地という意味でよかろう。名前は……昔日本にあった国の女王……ヒミコといったな。それからもらおう」
「それだと外人には呼びにくいかもしれませんね……」
「ま、そのへんは適当な外国名を考えてもよいかな。さて」
魔女は手を振り、衣装を替えた。
真っ黒なとんがり帽子に、まっ黒な服。手には不気味な杖。
どこから見ても魔女という格好である。
すると、魔女の前に小さなビデオカメラのようなものが現れる。
「日本の民よ、よく聞くが良い。我はクラツクニの女王、名はヒミコ。これより日本は、我がクラツクニの新しき領土となる。心するが良い。我に歯向かわんとする者はいつでもかかって来るがいい。日本を征した使い魔どもと戦う度胸があるならな――」
魔女の女王は一方的な宣言をすると、フッとビデオカメラを消した。
きっと向こう側でも映像が切れているに違いない。
「ふふふ。日本人はきっと驚いているだろうな」
「というか、混乱して死にそうになってるんじゃありませんか」
山田氏は日本人の陥っているであろう騒乱を想像し、深く同情した。
「よし。それでは早速日本に向かうとするか。女王の降臨だ」
魔女は山田氏をつまみ上げると、トンと足踏みを一つした。
瞬間、両者の肉体は別の場所に移動してしまう。
そこはどこの国のモノとも知れない、荘厳な造りの宮殿だった。
魔女たちが現れると、その場にいたメイドらしき格好の女性たちがひざまずく。
皆青い肌に角をはやした、使い魔たちであった。
「こ、ここは……?」
突然広い場所に出てしまった山田氏は混乱してキョロキョロする。
「日本用に大至急用意した城だ。空中を飛ぶので場所を取らん」
そう言って魔女は空中を指さす。
するとそこへ、暗い紫の空に浮かぶ巨大な城が映し出された。
どうやらこれが、現在魔女と山田氏のいる場所であるらしい。
見ているうち、白は紫の魔法陣のようなもの吸い込まれ、城の中も薄暗くなる。
しかし、すぐさま明るさは戻り、空中に映る景色も変わった。
そこは日本の、東京。
空飛ぶ城は何と国会議事堂の真上にふわふわと浮かんでいるのだった。
きっと、目撃した人々は絶句しているに違いない。
「さてさて……早速にこの国の代表と会うとするかな。いや、元・代表か」
魔女がクスクスと笑うと、荘厳な部屋にそれに見合った豪奢な玉座が現れる。
そこに魔女はゆっくりと座り、半分夢心地になっている山田氏をつつく。
「ボケている場合ではないぞ。これから面白いことが始まるのだからな」
魔女はクックックと意地悪く笑い、手を振る。
再びいくつもの画面が空中に展開して、日本の状況を映し出す。
ほとんどの人は、ただ空中を見上げて呆然としているばかりのようだった。