15、暴発の後
15、
結果から言えば、『日本には』何も起こらなかった。
日本の向けて発射された核ミサイルは、日本領海内に入った瞬間、消失したからだ。
実際には何が起こったのか。
空中でピタリと動きを止め、そのままミサイル全体が土塊となって海中に消える。
それだけだった。爆発も放射能もなし。
ミサイルが土となり散っていく様子を見送っていた青い肌のインプは、どうでも良さそうな表情で翼をはためかせ、去っていく。
しかし、これで終わりではなかった。
X国の暴走がきっかけとなり、他の複数の国々が日本に向けて核ミサイルを放ったのだ。
核戦争確実の事態。
しかし、いずれも結果は同じ。
日本領海内に入った瞬間、ミサイルは塵となり、土となって風に散った。
そして、近くには必ず青い肌に黒目紅瞳のインプの姿が。
「やってくれたな?」
城の玉座で魔女は楽しそうに笑ったのだった。
「えらいことになった!」
この一件が知れ渡ると世界は大混乱になる。
何よりもあわてたのは核保有国のお偉方だった。
(それでも……いざとなれば、最終手段の核兵器がある)
確実ではないとはいえ、そういった国の大半は、こう考えていた。
ところが実際になってみると、これもまったく通用しなかった。
着弾する前にあっさりと無力化され、ゴミになってしまったのだから。
日本に向けて核を発射した国々は上に下への大混乱となる。
魔女の報復攻撃は確実。そうなったら、防ぐ手段はこちらにはない。
降伏して命乞いをするという意見も通らなかった。
先の戦争では軍隊のみならず、国土のほとんどを灰にされている。
運良く生き残ったのは、ごくわずか。
自分たちがそんな目にあいたいと、思うわけがない。
「ダーク・アースのドラゴンが来るぞ!」
「逃げろ、みんな殺される!」
国民は我先にと国外へ逃げ出そうとして、結果大暴動が起きた。
政府はこれを鎮圧しようと軍を出す始末。
またある国では、核攻撃失敗の後クーデターが起こった。
前政府の人間に責任を全ておっつけて捕縛。
魔女に突き出して、命乞いをする準備を整えていた。
「まさか……本当に核が通用しないとは……」
緊急報告を受けた大国の大統領は、寿命が十年ほど縮んだ思いだった。
「それでDEの反応は?」
「すでに使い魔の大軍が日本から飛び立ったようです」
やはり魔法陣から現れた膨大な数の使い魔は核ミサイルを放った国々を目指して風のように速く、いや風よりも早く空を駆けていった。
ただし、その数は先の戦争に比べると若干少なかったが。
むしろ以前に投入された数の方が多すぎたとするべきかもしれない。
いわゆる、オーバーキルというやつか。
使い魔たちの攻撃はやはり情け容赦はない。
その行動は迅速で敵対国の軍事施設をテキパキと全壊させた後、残った非戦闘員は無視して速やかに帰路についた、
以前は国土そのものを完全に灰にせんとする勢いであったのだが。
これに第三者たちは訝しく思う。
「どういうことだ? 何か理由でもあるのか?」
「ひょっとする奴らはエネルギーが切れたのか?」
色んな憶測が飛んだが、当事者となっている国の人間はそれどころではない。
全ての軍人、軍施設を抹殺され、破壊されたのだ。
敵が去ったと言っても、国中大混乱で暴動やデマによるリンチが多発。
警察だけではとても処理しきれず、鎮圧しようにも軍はない。
政府が頭を抱えているところに、隣国の軍が国境を越えて進軍してきた。
漁夫の利を狙うというヤツである。
ドラゴンのブレスに焼かれるまでもなく、国は壊滅状態に陥った。
報復攻撃を受けた国々は、大なり小なりこのような状況。
一方で核攻撃を受けた側の日本はのん気なものだった。
被害が完全にゼロ、放射能汚染もないのだから。
「……愉快な結果だな」
大国の大統領は皮肉を込めてつぶやく。
「これでいよいよ切り札にできるものはなくなった」
「まだ化学兵器や生物兵器が残っていますが」
部下は恐る恐る言った。
「核に対してやったように使った途端無効化されてはたまらん」
大統領はため息をついた。
「せめて同じ技術を手に入れるまでは、思い切った行動は無理だ」
「それにしても奇妙なのは、前回は国土全てを破壊していたのに、今回は……」
軍事力を奪うだけに留めて、さっさと引き上げている。
「しかし、そんなことをしなくても攻撃国はムチャクチャだ。奴らの学習したのだろう。敵を滅ぼすのにわざわざ全力投球する必要はないとね」
「それと、使い魔は核兵器も全て破壊したようですが爆発や汚染は確認されていません」
「どうやったかは知らないが、それはありがたいね。わざわざ他国の核を無力化してくれた」
大統領は無理やり笑うと、姿勢を正す。
「ですが、今我が国にあの国々に軍を派遣する余裕はないですよ」
「何も軍を送ることだけが方策ではない。とにかく、これを機会に我が国が有利に運べるよう算段を整えるのだ」
すでに他の国も同じように動き出している。
そう大統領は考えており、事実その通りだった。
「わかりました」
迅速に部下たちが動き出す。
同じ頃、魔女のもとで山田氏は首をかしげていた。
「何故、軍への攻撃だけに限定したんです?」
先の戦争の徹底的な破壊と殺戮から考えると嘘みたいな行動。
今さらながら人道的配慮なるものをするようになったのだろうか。
良いか悪いかで言うのなら、良いことだと思えるのではるが。
戦争に良いも悪いもないだろうが、それでも民間人まで一人残らず殲滅しようと物騒極まる公道よりはずっとマシだろう。
「お前、言ったじゃないか。皆殺しにしてはつまらんとな」
魔女は笑った。無邪気な笑顔とはこういうものか、という笑い。
「あれを聞いて我も反省したのだ。いちいち大仰にしていては……」
地球の人間を殺し尽してしまう、と顎を指で撫でるのだった。
聞いた山田氏はゾッとしたが、反論する気力はない。
下手なことを言って、こいつが思いつきで大量虐殺なぞされてはたまらない。
今は使い魔という魔物の端くれとはいえ、まだ一般人の精神を保っている山田氏にとって、自分が虐殺者の小間使いみたいな立場にたつのは真っ平だった。
偽善や誤魔化しであろうなかろうと、真っ平なのである。




