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10、クラツクニ

 10、




 現在山田氏や鈴谷女史がいるホテルは、空飛ぶ豪華ホテル。

 日本にある魔女の空中城と同じようなものだが、規模はちょっと小さい。


 『現在当ホテルが滞在している場所は、クラツクニのオーヤシマというあたりです』


 取材陣の並ぶロビー内に説明のアナウンスが響く。

 ロビー内には無数の画面が展開され、下界の様子を映し出しているのだ。


 『このあたりはいくつもの島がまとまって存在しており、そこから名前がつきました』


 そんな説明が続く中、空飛ぶホテルの前には巨大な何かがゆっくりと現れる。


「うわっ!」


 というような叫びが一斉にこだました。


 それも無理はない。

 ホテルの前に、そして画面いっぱいに巨大な球状の物体が広がったのだ。


 それは、一言で言うなら空中に浮かぶ水の玉。

 巨大なドーム型球場がすっぽり入ってもおつりがきそうなサイズ。


 内部は完全に水で満たされており、無数の魚群が行き交いしている。

 そんなものが三つばかり、空中に浮遊していた。


 『これは女王陛下がお造りになられた海産物の養殖場です。これと同じものが複数存在しておりまして、日本へ送られる魚介類が育てられているのです』


 説明のアナウンス。

 ドヨドヨと無言の騒乱が取材陣の中に広がっていくのを山田氏は感じた。


 『なお、現在日本の送られている食料は魔法によって生み出されたものばかりです』


「え? なるほど……はあ」


 と、目を見開く鈴谷女史。


 魔法で作られた食物。

 魔女自身や山田氏のような魔力を操る者からすれば何か違和感のあるモノ。


 しかし、そうではない普通の日本人からすれば純粋に安全でおいしいものに過ぎない。


 『女王陛下は将来的なことを考えて、他にも農産物をはじめ畜類も養殖できる環境を整えておられます』


 そのアナウンスが終わるか否かというタイミングで、画面が切り替わる。


「なんと……!」


 映ったものを見て、鈴谷女史はさらに驚く。

 映るのは、空中に浮かぶ巨大な島。


 そこには山や川、それに巨大な牧場と思わしきものが広がっているのだ。


 『こういった空中牧場で高品質な食物が用意されつつあります。近い将来は日本の市場にもこれらのものがずらりと並ぶことでしょう』


「あの、質問よろしいでしょうか?」


 『なんでしょう』


 挙手する鈴谷女史と、応えるアナウンス。


「こういった施設は……さっき複数存在するとおっしゃれましたけど、現在このクラツクニでどれだけの数作られているんでしょうか?」


 『はい。およそ現在動いている施設は八十五になりますが、いずれ数百以上は増やしていくというのが女王陛下の方針です』


「すうひゃく……」


「なんちゅうスケールだよ……」


 返答に取材陣は共学のあまり青息吐息である。


「……こういったものがあるということは、近い将来日本での農業や漁業は意味をなくすかもしれない……ということですか?」


 タブレット越しに空中島の様子を見ながら、鈴谷女史は言った。


 『さあ、そのへんはわかりかねます』


「ありがとうございました」


 アナウンスにお礼を言って、鈴谷女史は頭をかいた。


「ただでさえ現在の食糧はクラツクニに依存してるのに……」


「食料どころかほとんどの資源がそうだよ」


「しかし、とんでもねえな、これは……」


 取材陣は顔を見合わせたり、ため息をつきあっている。


「あの、まだ質問よろしいですか?」


 続いて声をあげたのは、某新聞の記者。


 『どうぞ』


「クラツクニは魔法で資源を大量に造り出せるとのことですが、それを国際貢献に役立てるということは今後あるのでしょうか?」


 『つまり?』


「例えば世界には戦争や貧困によって助けを求めている人が大勢いるのです。そういう人々をクラツクニは救えるのではないか、という……」


 『そういったことは女王陛下のお心次第です』


「しかし、これだけの力を持っている以上大国の義務として……」


 『ですから女王陛下のお心次第です』


 アナウンスの返事はほとんどその繰り返しだった。


「実際どうなのでしょうね?」


 鈴谷女史は興味深そうに言って、山田氏を見た。


「そこはわかりませんが……まあ周りに説得する者がいればの話でしょうねえ」


 言って山田氏はふと気づく。

 もしかすると自分の説得次第で、人類に大いに貢献することになるのではないか、と。


(しかしなあ……?)


 だが、続いてこうも考えてしまうのだ。


 魔女の強大な魔力によって貧困・飢餓というものから救われて、それでいいのか。


 これは日本にも言えることではないか。

 今はまだ比較的マシな状況になっているのかもしれない。


 けれど、魔女がいつ気まぐれを起こしてそれをやめるかもしれないのだ。

 クラツクニという強大な後ろ盾を急に失って、その時日本はどうなるのかと。


 ――そこは安心せい。少なくとも我は日本を手放す気はない。


 迷える山田氏の心に、魔女の念話がそう語りかけてくる。


(しかし、それを不安に思う人は多いと思いますよ)


 何しろある日いきなり強大な軍事独裁国家に取り込まれてしまったのだ。

 不安を感じていない人間は、潜在的にもかなり多かろう。


 確かに多くの日本人は平和な生活を享受しているかもしれない。

 だけど、それはわけのわからない異次元からの侵略者によってもたらされたもの。


 そんなアヤフヤなものを甘んじて受け入れる。

 こういうようなことで本当にいいものなのか。


 今にしたって世界からほぼ切り離されてしまった日本はクラツクニに頼るしかない。

 いわば急所を完全に握られている状況なのである。


 元・日本人としては、これはいかがなものかと思わざるえなかった。

 それに今回の取材でクラツクニの情報が世界中に流される。


 この状況をネットに実況配信している者も取材陣にいるようだ。

 魔女の強大な魔力をさらに世界は思い知り、世の中は混乱するだろう。


 そんな諸々の思惑と、魔女の気まぐれがどう絡み合うか、知れたものじゃない。

 本人たちはゲームみたいに思っているのかもしれないが……。


 巻きこまれる凡人・小市民してみれば冗談ごとではすまないのだ。


 ――不安か。なら、それを紛らわすように何か考えるかな?


 そんな魔女の思念に山田氏は嫌な予感しかしない。


 またも戦争ということなどになりませんように、と祈るのみだった。





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