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1、魔女王の使い魔

 1、



 山田氏はごく平凡なサラリーマンだ。

 その日も、ごく普通に起きて、ごく普通に出勤すべくアパートを出る。


(そろそろ結婚でもしたいよなあ。でも、相手がいないか……たはは)


 その上に世間も不況であり、山田氏には財産もなかった。


(どこかの奇特な人がぽんと結婚資金でもくれたりしないかなあ)


 こんなことを考えつつの急ぎ足。

 その途中、いきなり頭にガーンという衝撃を受け、目の前が真っ暗になる。


(何だ……いきなり、暴漢にでも襲われたか……)


 色々考えながら目を開けると、目の前に巨大な女の顔があった。


「うわ……!」


 とても美しい、見たこともない少女の顔。

 一体何人であろうかと、目をこらしたけれどよくわからない。

 銀色の髪に、猫のような縦長の瞳孔が赤く輝いている。


「目覚めたようだな、新しき使い魔よ」


 赤目の少女は、山田氏を嬉しそうに見ながらそう言った。


「あ、あんた誰?」


 山田氏は後ずさりをしながら、反射的にそう尋ねた。

 それにしても、体の具合がどうにもおかしい。


「主人に向かって、その口のききかたは何だ?」


 巨大な少女は山田氏をつまみ上げると、訝しげに言う。

 しばし、その猫みたいな瞳がジッと見つめてきたが、


「……ほう。どうやら趣向を変えた甲斐があったらしい」


 少女は、ひどく嬉しそうな顔で笑うのだった。


 下を見ると、巨大な少女にふさわしい巨大な家具が並んでいる。

 しかし、その不気味なこと。

 部屋の隅には水晶玉のようなもの。棚の上には巨大な動物のミイラ。


 まるで、そこは――


(魔女の部屋みたいだ……) 


 と、山田氏は密かに震え上がるのだった。


「我が誰かと訊ねたな?」


 少女は目を細めて、クスクスと笑う。


「答えよう。我は魔女にして、女王。この魔性の世界を支配する女王」 


「魔女で、女王?」


「そうだ。我は新しき使い魔としてお前を造り出し、魂を込めた」


 言って、少女こと魔女は山田氏を下におろす。

 よく見れば、そこは巨大な机の上であるらしい。


 さらに、山田氏の体も人間のものではなかった。

 銀色の輝く翼を持った、毛むくじゃらの体。


「姿を見たいか?」


 魔女が言うなり、山田氏の前の鏡のようなものが現れる。

 そこに映っているのは、銀の毛をしたコウモリの翼をはやしたネズミ。


「あーっ!」


 思わず悲鳴をあげる山田氏。


「我は死して浮遊しておった魂を異界より引き寄せたが……どうやら記憶も残っている様子。うん、これは楽しい」


 魔女は手を叩きながら言った。


「じょ、冗談じゃない。元に戻してくれ!」


「戻す? 戻すも何もお前は魂だけでここに来たのだぞ? つまり死んでおったのだ」


 山田氏は必死だが、魔女はつれない返事。


「そんなバカな」


「バカもアホもない。どっちにしろ、お前は我には逆らえぬ」


 残酷な眼で魔女は言い、山田氏を指先でつついた。

 確かにその言葉には言いしれない圧力というか強制力のようなものが込められている。

 相手の言葉次第で、山田氏は何でもしてしまいそうな呪縛を感じた。


 しかも今の自分は人間ですらないちっぽけなコウモリネズミ。

 逆らうという選択肢は元から存在しないようである。


「……それで、自分に何をしろと?」


「ふむ……。そうあせるな。我は長い間この世界におって、退屈しておった。そこで何か良い遊びはないものかと異界から魂を呼び寄せたのだが……」


 言いながら魔女は空中に何か文字のようなものを描き出した。

 するとその文字が変化していき、どこかの風景を映し出す。

 舗装された道路に、高いビルの群れ。雑踏を行き交う人の波。


 それは山田氏が生きていた日本の風景である。


「あ」


「どうやら、ここがお前の故郷らしいな?」 


 そう言って、魔女はしばし日本の風景を見つめるのだった。


 風景は次々に変わっていき、北は北海道から南は沖縄まで映して出していく。

 魔女は長い間それを見つめていたが、


「よし。決めた」


 不意に立ち上がると、パンと手をひと打ち。


「お前の故郷、我は大変に気に入った。よって、今から日本を我のものとする」


「はあ?」


「日本を、魔界の新しき領土とするのだ」


「何をバカな……あんた、それがどういうことかわかってますか?」


「ふふふ。心配はいらぬ。日本の民を無下に扱うことはないぞ」


「いや、聞いてますか? 話を」


 とんでもないことを言い出した魔女に、山田氏は必死で話しかける。

 しかし、魔女は空中に浮かぶ風景へ向かって、何事か呪文を唱えた。

 すると紫に輝く蛍のようなものが飛び交い、風景の中に飛び込んでいく。


「まずは先遣隊を送った。ある程度情報を得てから、行動開始だ」


「……いや、本気で言ってるんですか。日本を自分のものにって……」


 山田氏は頭を抱えた。


 どんな魔法が使えるのか知らないが、個人で国を奪い取るなどと。


「時にお前、名前はあったのか?」


 魔女は唐突に話題を変えてくる。


「そりゃ、ありますよ。山田と言います……」


「ヤマダか。ま、それで良いか。ヤマダよ、今日よりお前は我が使い魔だ。心せよ」


 そんなことを言われたって、心構えなどできるわけがない。


「それよりも、一体どうやって日本を奪うっておっしゃるんですか?」


「まずは武力を持った勢力の把握だな。それを一気に制圧した後、政治の中枢を押さえるぞ。いや、その二つは同時にできるな、そうしよう」


 およそまともとは言えない発言の数々。


「そ、そんなにうまくいきますか?」


「我の使い魔はそこそこ強い。数で押せばどうとでもなろう」


「数って一体どれだけの数がいるっていうんです」


「およそ、17億5806万4176……いや、お前で4177体目だ」


 そのバカげた数に山田氏は絶句するも、


(コウモリネズミが、数集まってもなあ……)


 と、密かにため息をつくのだった。





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