ハンティング
その夜街はナス狩りの話題に沸いていた。
街中の男達が集まって作戦を立てている、さらに周辺の町や村からも続々と人がやってくる。
「いったい何が起きているんだ?」
正直訳が分からない、ナスってあのナスか?
さっきの戦闘ではいきなり襲われたのでアイツのステータス確認を失念してしまっていた。
相手の正体の確認はまずやらないといけない必須行動だというのに。
相手の巨体に無意識に腰が引けていたのかもしれない。
ドラゴンを倒したくせにと言われるかもしれないが正体が分かっていてあらかじめ準備をしていた相手と正体不明の相手に急に襲われた場合とでは条件が異なる。
とはいえそれを言い訳にしていてはいずれ致命的な自体に陥るのは間違いないだろう。
そうならないためにも、兼ねてより準備してきた装備を完成させる必要がある。
「領主様は準備をしなくてもいいのか?」
俺が思案しているとグアツが俺に話しかけてくる。
「狩りの決行日は?」
「準備が整うまでに2、3日ってとこか、領主様はあいつに怪我を負わせたんだろ?
だったら警戒して数日は出てこねぇよ」
「別の土地に逃げる可能性は?」
「怪我を治すために飯を食いに出るはずだ、逃げるのは飯を食った後だな」
だったら業務を一時返上して装備の調整作業に集中すればギリギリ間に合いそうだな。
「ところでナスって何だ?街の人間がここまでやる気になるくらい危険な生物なのか?」
「ナスはナスだろ?」
「お館様はナスが何か知らないのですか?」
武装したクザが聞いてくる、っていうのかお前も参加するのか。
「ナスと言うのは数年に一度現れる魔獣です。
ナスは魔力が多い土地で巣を作り隠れて過ごし魔力を喰らうことで成長します、そして十分に魔力を喰らって成体になったナスは巣を出てより多くの魔力を求めてさまよいます。
この土地はストームドラゴンやアンデッドが住み、湖や森も普通の土地に比べて魔力が多いのでナスが引き寄せられるんです。
そしてやって来たナスが十分に魔力を喰らい成長して食べ頃になったら四元獣が成長したナスを喰らいに現れることがあるそうです」
「もしかしてナスじゃなくて元獣が目当てなのか?」
「そういうこった、元獣は吉兆だからな、それにナスを食うのに夢中になった元獣が鱗やら羽やら落としてく事があるからそれだけで大儲けだ、だから元獣が現れた年は近隣の村の財政が潤うんだよ」
「だったらナス狩りなんて危険なことをせずに勝手に成長するのを待てばいいんじゃないか?」
「それだとナスが元獣の気配を察して逃げるんだよ。
で、逃げたナスを元獣が追っていっちまうから元獣に狩られてもお宝がある場所がわからなくなっちまう事があるわけだ」
それだったらナスを捕まえて元獣をおびき寄せたほうがいいって訳か。
元獣って意外と探せば見つかるもんなのか?
っつーかアレ街の住民が戦うには危険すぎないか?
「あれ、かなり強かったぞ、戦闘経験のない人間まで出て大丈夫か?」
「そういや領主様はアイツとサシでやりあったんだよな」
さすがだなといいながらグアツは笑っている。
闘り合いたくて闘り合ったんじゃないんだがな。
「安心しな、アイツを捕まえるにはコツがあるんだよ、というわけで協力頼むぜ領主様!」
どうやら始めから俺もナス狩りに誘うつもりだったようだ。
確かにあのナスは危険だ、もしものときの為に俺も居たほうがいいだろう、最悪の場合は新装備の実験も兼ねて戦うことになりそうだ。
念の為捕獲用と治療用の薬も用意しておこう。
3日が過ぎ狩りの日がやって来た。
俺も無事に装備が完成し準備は万端だ。
今日の俺はいつもの所長服ではなく鎧姿だ。
鎧と言ってもフルプレートの全身鎧では無くブレストプレートだ。
さらに両肩に巨大な装甲が装備されている、勿論只の鎧ではない、寧ろ武器だ。
武器は神器である大星剣メテオラではなく新装備だ、俺の身長の倍はあるバインダーを左右背面のハードポイントに装備している。
相談の結果ナス狩りの為にイージガン平原とオーリー山の間の平野が捕獲ポイントに選ばれた。
平野にはナスをおびき寄せる為大量のクズ
属性石を用意して捕獲ポイントに置く。
なるほど、普段は燃料としての使い捨てくらいにしか役に立たないクズ石の魔力を餌にするのか。
たしかに自然界中よりは魔力が多いので有効だろう。
「いいか野郎共!手はずはさっき説明したとおりだ!
ナスが罠にかかったら即座に弓で足を止めろ!
ひるんだ隙にロープを投げつけてがんじがらめにして全員で綱引きをしながらロープを地面に固定だ!
作戦はそれだけだ!!新入りは功を焦るな!焦って死んじまったら銅貨一枚手にはいんねぇぞ!!
今回は領主様も参加してくださる!!死ななきゃ自慢の薬で治して貰えるから安心して戦え!!」
「「「おおぉぉぉぉぉ!!!」」」
グアツの音頭に全員が雄叫びで答える。
「よし!それじゃあ全員配置に付け!!」
「「「応!!」」」
全員が岩場の影に隠れてナスが来るのを待ち構える。
全員が息を潜めてナスがやって来るのを待つ。
しかし寒い、寒い中じっと待ち続ける。
風が吹いてないのは幸いだがそれでも寒いものは寒い、湯たんぽでも用意すればよかった
「所で何でナスって名前なんだ?」
寒さから気を逸らそうとグアツに質問する。
「さぁ?昔っからナスって呼ばれてるからなぁ」
「そういう習わしなんじゃ」
それに応えてくれたのはお馴染みサンタジーサンズだった。
「ずっと昔にのぅ、ナスに苦しめられているわし等のご先祖様を旅のお方が助けてくださったんじゃ。
領主様は戦ったから分かると思いますがナスは凶暴な癖に臆病じゃ、危険を感じるとすぐに逃げ出す。
村の若い衆も戦う度に逃げ出すナスに怪我を負わされ一人また一人と戦える者はどんどん減って行った。
そこに通りがかった旅のお方がナス狩りを買って出てくれたのじゃ。
そのお方は大層お強かったそうじゃ、じゃががナスは臆病でその方も戦っては逃げられを繰り返したそうじゃ。
そこで旅の方はナスとの戦いの経験からナスを捕える為の策を編み出し、我らと共に戦いに挑んだ 。
結果ナスは無事に捕らえられ村に平和が戻ったのじゃ。
そのお方が伝授して下さったナスの捕らえ方は今も伝わってナス狩りを行っておると言う訳じゃ。
ナスと言う名はそのお方がナスを見た時にそう呼んだことから感謝の意を込めてわし等もナスと呼ぶ様になったのじゃよ。
もうお前に負けたりせんぞという決意をこめてな」
旅の人間か、ナスの名付け親は日本人の可能性が出てきたな。
「しっ、来たぞ」
敵を発見したグアツの声に緊張が走る。
俺たちには見えないがドワーフであるグアツ は夜目が効くらしい、薄暗い鉱山で作業が出来るように進化したらしい、この世界風にいうならそう神に作られたと言う所か。
彼方から何か白い棒が4本ユラユラ揺れながらやってくる。
何だアレ?俺が見たのは黒い塊だったんだが?
弱い月明かりに照らされて表れたそれはやはり黒い塊だった、白い線は恐らく足の模様だろう。
体表が黒い為か弱い月の光では全体像が把握できない。
それにしてもデカイ、前に襲われた時よりもデカくなってないか?
まさか別の個体ってことは無いよな?
しかしグアツが来たと言ったからにはこいつがナスである事は間違い無いのだろう。
ナスはフンフンと匂いを嗅ぐそぶりをしながらクズ石の山に近づいていく。
執拗にクズ石の匂いを嗅いでいるが警戒しているのだろうか?
しばらく匂いを嗅いで安全と判断し警戒を解いたナスがクズ石を食べようとした瞬間
「今だー!!!!」
グアツの号令で全員が動き出す、魔法使いが照明の魔法を空に上げナスを狙いやすくする。
魔法で浮かび上がったその姿は・・・・・・なんというかナスだった。
それは紛れも無く畑で取れる野菜のナス、ツヤツヤとした肌は昆虫の甲殻のようなツヤを放っておりハロウィンのカボチャの様な大きな口が付いている。
白い棒はナスの足だ、お盆の割り箸のような細い足をしているがどちらかといえば鳥の足の様だ。
その側面には俺のつけた傷が残っている、どうやら別個体ではないようだ。
それにしても正直キモいと言うか何というか、悪夢のような光景だった、日本に帰る機会があってもナスだけは食えなくなりそうだわ。
っと、俺はナスのステータスを確認する。
『名称:マナエッグ
種族:魔卵獣(半孵化状態)
魔力溜まりから産まれる魔力の卵、
卵でありながら普通の生き物のように動き食事を行う。取り入れた魔力の質と量によって様々な姿に孵化する。』
こいつの本当の名前は魔卵獣って言うのか
っていうか卵なのに動くのかよ、卵の概念が狂うなぁ 。
しかし孵化か、もし最上級の魔力を大量に取り込んだらどうなるんだろう?
あとで師匠衛門に聞いてみよう。
そんなことを考えていたら罠にはめられた事に怒ったナスがモワァァァァァァァと間の抜けた叫び声を上げながら逃げようとする、だがその前に弓兵が四方八方から弓を射て牽制する。
さらに魔法使いの魔法で足元に土壁がせり出し、つまずいてその巨体がを地面に倒れこむ。
倒れたナスをこれまた四方八方からボーラのように先端に石が巻かれたロープが飛びかい、ナスを超えて地面に落ちる。
落ちたロープを別働隊が手に取り引っ張ることであっという間にナスは身動きできなくなってしまった、最後は魔法使いがナスの足を魔法で固定した土で固めて拘束する。
時間にして5分とかからずナスは捕獲された。
「凄いな」
勝利の雄叫びをあげる領民達を尻目にオレはグアツに話しかける。
「ナスは臆病だからな、傷を嫌がり逃げ出す前に有無を言わさず罠に嵌める必要があるんだ」
なるほど、俺が戦ったときと同じか、だからイキナリ逃げ出したんだな。
「それにしたってあっという間にこの巨体を無力化できたのは凄いだろ」
「貴重な稼ぎ時だからな、時々狩りをする時に獲物をナスに見立てて合同で練習しているのさ」
「なるほど」
物欲の成せる業か。
「確かに普通のナスに比べて倍近い大きさのコイツが出てきて驚いたがな」
倍という言葉に不安を感じながらも、
俺だったらどうやって捕獲するか?そう考えながらナスを見て俺は一気に肝が冷えた。
何とナスは自分を拘束している縄と魔法で強化された土を力任せに引きちぎろうとしているではないか 。
「全員退避 ー‼︎」
俺は慌てて領民達に避難勧告を出すが浮かれている彼等は俺の言葉の意味に気付かず
キョトンとしている。
その瞬間ナスは拘束を引き千切り領民達に襲いかかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎!」
「行け‼︎ブロックアーム‼︎」
俺は新装備のブロックアームを発動させる。
俺の意思を受け、右肩の肩アーマーが外れスラスターから魔力光を放ちながら飛び出し展開する、その姿は巨大な手だ 。
「ぶん殴れ‼︎」
ブロックアームはグーの形になってナスに突っ込んで行く。
領民に気を取られていたナスは顔面?に巨大な拳を叩き込まれ吹き飛ばされる。
この巨大な手を俺の手として戦わせることで俺は後方にいながら接近戦ができる。
ナスが立ち上がりブロックアームを見る、どうやらブロックアームを敵と思ったらしい。
最初に襲われた時のようにブロックアームに向かって巨体が突進する、ブロックアームを上に回避させると今度は足をしゃがませ一気に跳ね上がり噛みついてくる 。
まるでバネのようだ。
だが俺は落ち着いてブロックアームを回避させ通り過ぎて跳躍が頂点まで達した所を狙ってその腹にボディーブローを叩き込む。
岡目八目、ブロックアームを俺の代理と
して戦わせる事で俺は第三者の視点で冷静に戦闘を見ることができる。
さしずめ格闘ゲームのように。
俺は今まで格上の相手と闘うと相手の動きに翻弄されて当然するべき基本的な対応すら出来なかった。
認めるのはシャクだが俺には武術の才能がない、ガダさんの技を学習スキルで真似てみた時もそうだった。
格下の相手には通じたが格上であるガダさんには通用しなかった。
スキルがあっても勝てない相手がいる、ならどうするか?
答えは簡単だ、勝てる道具を作ればいい。
俺が師匠から教わったのは作る事、俺のクラスは作る者であるアルケミストだ。
奇しくもパル師匠に言われたことに繋がる。
ダメージを受けたナスは逃げるか闘うか図り兼ねているようでブロックアームに対してガチガチと歯を鳴らし近づいたら噛み付くぞと威嚇している。
これ以上ダメージを与えると再び逃げられる危険がある。
「全員退避‼︎」
俺の声に今度こそ全員が逃げ出す。
これで味方を巻き込む心配もなくなった。
囮として飛ばしていたブロックアームに指示を出して反撃に転じる。
「ブロックアーム、アンプルガンセット‼︎」
左の肩アーマーが手の形になって右背面バインダーから銃を取り出す。
ブロックアームは俺の意思を受けて動く手の形をした小型飛翔機だ。
殴るだけでなくバインダーに搭載した武器を持って戦うことも出来る。
今装備したアンプルガンは各種薬の入ったアンプルを打ち出す銃だ 、但し弾丸を打ち出すわけではない。
アンプルガンを持ったブロックアームは右手が牽制しているナスのの背後から近づき引き金を引く。
その瞬間銃口から霧が扇状に噴射される。
そう、アンプルガンは鉄砲ではなく鉄砲型の霧吹き機なのだ。
よく映画やテレビ番組などで怪獣などにワクチンの入った薬入りの弾丸を撃ち込む描写がある、だがわざわざよけられる危険のある
弾丸で薬を相手に打ち込む必要などないと思うのだ 。
結果ナスはシコタマ麻痺薬を吸い込んでぶっ倒れた。
ビクンビクンと痙攣しているナスを今度こそ逃げられない様にしっかりと拘束する。
この様に強力な麻痺薬を敵の周囲にばら撒けば一瞬で勝負はつく。
薬が周囲に撒き散らされてもブロックアーム
なら薬の効果を受ける心配もない。
これがゴーレムだと回避などの反応速度に難があるのだが魔力を噴射して動力にする飛翔機なら回避も問題ない。
ブロックアームは手の形をしているので今後様々な武装を装備させることができる 。
戦闘から高い所の物を取るのも自由自在だ 。
自分は戦わず安全な所から指示を出す、元々後衛の自分はこちらの方が性にあっている 。
とはいえやはり一人では対応しきれない時があるのは確実なので護衛を雇うことも考えないといけないな。
そっちはサラメーの町に募集をかける事にしよう。
ナスに逃げられた事で油断していたと自覚した領民達は今度こそしっかりとナスを見張っている。
もう出番はなさそうだ 。
「ところでさ元獣っていうのは滅多に会うことのできない生き物なんじゃないのか?
皆の口ぶりだと結構頻繁に見れるような感じなんだが」
「そりゃアレだ、見ないのは都会の連中だからだよ。
元獣っていったって何時も何処かをさまよってる訳じゃねぇのさ、生き物である以上縄張りってモンがあるのよ。
元獣は元素を食う生き物だ、そんで元素が豊富なのは田舎だと思わないか?」
なるほど、そういわれてみれば分からないでも無い、
都会の子供はカブトムシを見る機会なんてお店の中ぐらいだろうが田舎では普通に見ることができる、元々このマエスタ領は領地の広さの割りに俺が開発するまで街が一つと村が二つしかない田舎だったのだから情報が中央まで届かなくてもおかしくない。
だが一つ気になる事がある。
「俺が来る前は代々代官がこの領地を収めていたはずだがその人が王都に報告しなかったのか?」
「なぁ、領主様、領主様がここに来た時どう思った?」
「ああ」
なるほど、こんな田舎の積み領地に飛ばされれば嫌になるよな、つまり左遷されたわけだ。
とすればたまに入る臨時収入くらいは内緒にしたいって訳か、僻地であり領民もグルだったが故にそれが領地単位で行なえたと。
「でもそれ俺に話したらマズくない?」
「領主様はここの領主になった時どう思った?」
「そういう事ね」
積み領地を押し付けられた俺なら理解してくれるよね?と言いたい訳だ。
確かに、とはいえこの領地も大きくなって外部から人が流入してきた事もあってこれからは内緒にしておくということはできないだろう。
だから俺に教える事で上手く取り成してもらいたいという事か。
まぁそれはいいだろう、彼らはそうしないと生活が困難だったのだろうから、それにこう言った話は金額の大小こそあれどこでも起きる事だ。
しかしこの反応だと皆はコイツがどういう存在なのか分っていないってことだよな。
どうにも嫌な予感がする。
皆には悪いがこいつは早い内に始末した方が良さそうだな。
幸いこのマエスタ領は昔と違って豊かになっている、住人達もその恩恵で生活が豊かになっている。
彼らの臨時収入が無くなることに対する罪悪感があるが、もしコイツが孵化したらどんな大惨事が発生するとも限らない、皆が寝静まった頃を狙って処分しよう。




