夜の狩人
修行開始
夜、魔物が活性化する時間。
魔物を狩る冒険者もよほどの事がない限り夜に魔物の領域に足を踏み入れることは無い。
そんな危険地帯に俺は居た。
理由は魔物狩りだ、意識を集中し魔力の流れを探る。
師匠達上級アンデッドの濃密な魔力がこの一帯を覆っている、ソレはさしずめ魔力のプールだ。
そのプールの中で流れを乱す異物というべき魔力、ソレが魔物の発する魔力だ。
一番近い魔力は50m先、魔力は余り大きくない。
魔物は魔力の大きさに比例して強くなる、魔物の肉体はその半分が魔力で構成されていて非常に硬い皮膚などの強靭な肉体、ブレスなどの特殊な能力は全て肉体を構成する魔力の恩恵だ。
それゆえに魔力の大きさで魔物の危険度を測ることが出来る。
魔物の姿が見えてきた。
「フラワーラビットか」
フラワーラビット、花のような形をした耳を持つウサギ型の魔物。
通常は大きな花に偽装して生き物を誘う蜜を出しじっと待つ、そして蜜の匂いに釣られて来た獲物が蜜に触れた瞬間に花弁が閉まり強靭な耳に押しつぶされて死ぬ。
だが待ちに徹する狩りのスタイルは言い換えれば動きが遅いことの証明、事実フラワーラビットは耳が重く動くのには適さない。
強靭なウサギの足も頭部の強力で重い耳を支える為にその力を割いている。
それ故に花には触れず根元に向かって持っていた槍を突き込む。
巨大な花がビクンと震えて動かなくなる、槍を引き抜き耳の根元を槍で切り取るとウサギの本体が見えてくる、ウサギは体のど真ん中を貫かれ絶命していた。
本体が見えないため一撃で倒せないと暴れだすので慣れない内は苦戦した。
動きは遅くとも巨大な耳がハンマーのように襲ってくるので当たると痛いのだ。
周囲の魔力の動きを意識の片隅に置きつつフラワーラビットを解体する、コイツから取れる素材は蜜、耳の筋、毛皮、肉と難易度の割には回収できる素材が多いので初心者向けだ。
蜜は非常に美味しくフラワーラビットの蜜を専門で売り買いする業者も居るらしい。
「今日はこんなものかな」
魔力を探る限り城の周辺にはもう魔物は居ない、あまり狩り過ぎると遠出をしなくてはいけなくなるのでこの辺にしよう。
最後に一度だけある魔力を探る。
「悠々自適だな」
いまや近隣の主となったランドドラゴンは楽しく狩りに興じている様だ、ドラゴンの周辺にちいさな魔力を感じられる。
その魔力が一つまた一つと消えていく、そしてドラゴンの魔力も動かなくなった。どうやらお食事中のようだ。
ドラゴンに鉢合わせないように気をつけて俺は城に帰って行く。
「おかえりクー君」
「ただいまヴィクトリカ姉さん、コレお土産」
「あーフラワーラビットの蜜だー、美味しいのよねコレ」
首から上の無いヴィクトリカ姉さんが喜ぶ、首の断面からリズミカルに血が噴出しているので喜んでいるようだ。
ちなみにヴィクトリカ姉さんは食事が出来る、食べ物を首の断面に持っていくと喉の中に食べ物がするりと入るのだ。
アレを見たときは正直驚いたって言うかビックリしたと言うかなんとも不思議な光景だった。
そのときの感想はアンデッドもご飯食べるんだなという能天気なものだったのだが。
「毛皮も狩ってきたから服の素材に使う?」
「うん少し貰うね」
「じゃあ師匠に報告してくるから」
ヴィクトリカ姉さんに毛皮を渡してから俺は師匠達の居る研究室に向かう。
「師匠、狩りから戻りました」
「お帰り、どうだった?」
「今日の成果はフラワーラビットが1匹とソードリザードが3匹にホーンアントが50匹ですね」
そういって俺は宝物庫から出した素材をテーブルに並べていく。
宝物庫と言うのはパルディノ師匠が作った魔法の道具袋だ、一般的な魔法の道具袋(マジックボックスと言うらしい)は収納できる限界が決まっているがパルディノ師匠が作った宝物庫は使用者の魔力を吸って収納空間を拡張できる。
理論上は魔力がある限り無限に広がるらしい。
更にマジックボックスには使用者制限があり最初に使用者の生体情報を記録した登録カードを作り未使用のマジックボックスに入れることで使用者登録が完了する。
袋の中に入った登録カードの生体情報と一致しない者が袋を使用しようとしても収納空間は展開されずただの袋としてしか使えない。
また登録者が死亡した場合に限り専用の施設で使用者のロックが解除される。
ロックを解除された際に最初に取り出せるのは所有者の登録カードと受取人用の空白登録カードの2枚のみ、カードには使用者が死亡した際に袋と中身の所有権をどうするかの遺言が記載されている。
登録者カードは登録した日時、所有者名、出身地、遺言が書かれており魔法的に完全に焼き付けられているため偽造は不可能、偽のカードとすり替えても袋を解放し中身を取り出すには国から派遣された専用の担当者と受け取り手続きを行う町の役所の担当者そして受取人の3人が立会いの下、受取人の情報を記載した登録カードと死亡した所有者の登録カード、国、町の担当者の承認カードの計4枚同時に入れる必要がある。
これは袋そのものの希少性と受取人の安全と権利を守るためらしい、もっとも古代の魔法文明が崩壊しているためマジックボックスの継承はほぼ不可能だ。
素材として使える部位のみを持ってきたがそれでも結構な量になった。
「アリの素材が多いな」
「虫ですからどうしても数が多いですね、あと肉として食えるものはランドドラゴンが独り占めしているみたいです」
「あのトカゲ調子に乗ってやがんな」
パルディノ師匠が鬱陶しそうに言う。
ソレを見ていたクアドリカ師匠がアリの背殻を手に取りながらうなずく。
「一日でコレだけ狩れる様になって来たならそろそろかな」
「何がですか?」
「ドラゴン狩りだよ」
……んん?
「今なんと?」
「ドラゴン狩りをしよう」
クアドリカ師匠はピクニックをしようとでも言わんばかりに気軽に言い放つ。
チラリとパルディノ師匠とコル師匠を見ると二人もうなずいた。
「そうだな、丁度良い頃合か」
「まぁランドドラゴンくらいなら」
さらっと大変なことを言い出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、冒険者になって1月も経っていないのにドラゴン狩りとか無いですよ。もっと普通の魔物を狩って経験を積むべきじゃ」
「クラフタくん」
「はい」
コル師匠が穏やかな気がする表情でこちらを見つめる、ミイラだから表情が分かりづらい。
「普通の初心者はソロで一晩冒険に出て54匹も魔物を狩ることはできないよ」
うおっ言い返せねえ。
そうなのだ、俺は師匠達の英才教育によって魔法から戦闘まで短期間で知識と技術を詰め込まれまくった。
表向きは新たな肉体の限界を理解するため、そしてきっと師匠達の本心は『新しいオモチャで遊ぶため』だ。
なにせ師匠達はギリギリ死ぬか死なないかの狭間を計るような鍛え方をして来る、わざわざ結界まで張って外界と隔絶した空間で新作の大規模魔法や新発明のマジックアイテム、出来立ての魔法薬のテストの相手ををさせられたのだから。
うん、俺実験台だよねラットですか?
生命力が1400まで上がったためちょっと位攻撃を受けても死ぬことは無くなったからってやり過ぎだろ。
お陰で生き残るために否が応でも実力が付いたのだ、主に回避方面で。
だがそれでもドラゴンの相手をするのは無理があるだろ。
不安そうな俺の顔を見たクアドリカ師匠が言う。
「これまでの教えを生かせばランドドラゴンくらいなら問題なく勝てるだろう、さすがにエンシェントドラゴンはキツイだろうけど」
キツイじゃなくて無理です、そんな生きた伝説相手にソロで勝てとか言わないでください。
「まぁ俺達が鍛えたんだからドラゴンくらい余裕よ、俺らが生きてた頃はドラゴンを倒して一人前って言われたくらいだからな。」
豪快すぎる、確かに当時の師匠達が生きていた魔法文明は今よりも高度な技術が溢れていたらしいからそれが普通だったのかも知れないけど。
「じゃあドラゴン退治は明日の夜にしよう」
クアドリカ師匠にさらっと言われた、ちょっと待ってください。
「魔物の性質を考えれば日中に倒したほうが効率的じゃないんですか?」
さすがにこれ以上難易度を上げたくは無い、だが師匠達にそんな甘えは通じなかった。
「クラフタ君、僕達の弟子である以上君には大抵の敵を倒せるだけの実力を持ってもらわなければならない」
「そうだな、俺の弟子なら全力の相手を軽く捻り潰せなくちゃなぁ」
「なに、君なら大丈夫だ」
信頼が痛いです。
「拒否権は無いんですね」
「はっはっはっ」
笑って肯定してくる、覚悟を決めるしかないか。