脚本の矛盾
王になって1週間、王都の復興計画を行ないながら不思議な夢を見続けた。
俺が世界を支配する夢、アルマが死ぬ夢、ヴィシャーナと結婚する夢。
そしてその度に
『お主は何をしておるのだ』
『いったい何時まで寝ぼけておる』
『待っておる者がおるぞ』
声が聞こえて目が覚める。
何度も何度も。
「なぁヴィシャーナ」
傍に控えるヴィシャーナに話しかける。
「なんですか?」
「何かおかしくないか?」
「何がおかしいのですか?」
「いや、なんか最近変な夢ばかり見るんだけどさ」
「疲れが溜まっているのでは? 異国に来て間もないのに色々な事が起きましたでしょう?」
んー、まぁ確かにな、そう言われればそうかもしれない。
「今夜は香を焚いて眠ってはいかがでしょうか? わが国自慢の疲れを取る香ですよ」
「ああ、それじゃあ頼もうかな」
◆
政務が終わった俺は王の居室でヴィシャーナと共にいた。
「それでは香を焚きますので横になってください」
「ああ」
ヴィシャーナが取り出したのはおなじみの香の入れ物だ、俺が仕事で疲れている時は何時もコレを使って疲れを癒してくれる。とても甘い匂いのする香だ。
「いつも焚いているものとはちょっと違いますよ」
「うっ!」
なるほど、確かにヴィシャーナの焚いた香はいつもと違った。
凄いキツイ匂いのする香だ、まるでヴィシャーナの閉じ込められて居た部屋に始めて入った時に嗅いだあの匂いの様だ、思い出したらクラクラして来た。
「直ぐに匂いが変わりますよ、このお香の後にいつものお香を焚くと普段よりもとっても深く安らぐことが出来ます」
ヴィシャーナの言うとおり匂いが変わり安らいでゆく。
「さぁ、楽になって、心も体もさらけ出してださい」
ヴィシャーナの声が心に絡みつく。
「全てを私にゆだねてください」
「私だけが貴方を理解できる」
「私なら貴方に全てを与えることができる」
「だから私の言葉を受け入れなさい」
「私が貴方を導いてあげる」
ヴィシャーナの声が聞こえるたびに意識が深く沈み込んでゆく。
「貴方は王になった、だから王女である私と結婚するのよ」
でもソレだとアルマが……
「アルマ姫は貴方を自国に留める為の鎖、彼女は政治的な理由で貴方に嫁いだに過ぎない」
だけどアルマは俺を……
「私は貴方に救われた、だから貴方に愛情を抱くのは当然だと思わない?
私は貴方に愛をささげることが出来る、でもアルマ姫はまだまだ子供よ。
彼女の残りの人生を全て貴方に捧げろというのはかわいそうだとは思わない?」
それは……
「そこで躊躇うのが後ろめたさの証よ、だから彼女を自由にしてあげなさい。
替わりに私が貴方を愛してあげる」
アルマを自由に……
そうだな、オレなんかの傍に居るよりアルマが好きになったヤツの傍に居たほうが良いに決まっている。
『んな訳あるかバカモノ!』
「!」
「な、またこの声!?」
ヴィシャーナが動揺するが声はなおも俺を叱り続ける。
『お前の嫁はお前に対してなんと言ったかもう忘れたか!!」
その言葉に朦朧としていた意識に光が灯る。
<大好きです、愛しています、一生貴方の傍にいます>
アルマは言った、そう言って俺を抱きしめてくれた。
だから……
アルマを捨てるなんてありえない!!
急激に意識が覚醒する。
目を覚ました俺が立ち上がるとそこには驚愕に身を振るわせるヴィシャーナが居た。
まただ、部屋中を包むこの甘い匂い。
この匂いを嗅ぐとまた意識がぼうっとしてくる、
俺は慌てて大星剣メテオラに大量の魔力を込めてデカイ星を作り出し、思いっきり壁にぶち当てる。
巨大な星をぶつけられた壁は無残に破壊されその穴から香水の匂いが流れていき再び意識がクリアになっていく。
念のため魔法少女達を正気に戻す為に使った気付け薬を口に含む。
「不味っ!」
やっぱ不味いわコレ、だがお陰でこの匂いに惑わされずに済みそうだ。
再びヴィシャーナの方に向きなおる。
するとヴィシャーナは困惑した顔で新たな香を焚こうとしている。
「ウインドシューター!」
「キャッ」
即座に魔法で香を弾き飛ばした俺はスキルでヴィシャーナが焚いた香を鑑定する。
俺が変な夢を見るたびにヴィシャーナがこの香を焚いていた、だとしたら……
『奪心の香
強烈な匂いに隠された薬効で匂いを嗅いだ人間の意識を一時的に奪い意識を朦朧とさせる香』
『心操の香
心身をリラックスさせ心の警戒心を奪い深層意識に命令を刻み込む魔法の香』
『妄信の香
匂いを嗅ぐと相手の言葉を無条件に信じてしまう香、短時間しか効果が無いがその分強力』
妄信の香は最後に使おうとしていた香か。
コイツで一時的に信頼させた後で再び心操の香で俺を操ろうとしていたんだな。
つまりコイツが
「ああー!!貴重な高級洗脳薬がー!!」
ヴィシャーナは弾き飛ばされた妄信の香を拾いに向かう。
させるかよ!
「ウォーターボール!!」
妄信の香を魔法でずぶ濡れにする、そうすれば使い物にならなくなる筈だ。
「おっとそうはさせませんよ」
突然の声と共にウォーターボールに何かが当てられ魔法が無力化される。
砕け散り床に落ちたそれは花瓶だった、俺は花瓶を投げた人物に向き直る。
「お前は…」
そこに居たのは
「どうもマエスタ侯爵、いえマエスタ王様」
「ギストール子爵」
そう、オレをヴィシャーナに引き合わせた男ギストール子爵だった。




