女王の即位と退位
「愛すべきシャトリアの民よ!!」
魔法具によって拡大された音声が王都に響く、だが魔法具の質が低いのかキンキンと耳障りな音が響く。
記念すべきヴィシャーナ姫の女王即位式典、
その美しき晴れ姿を見に来た人々は全く予想だにしえなかった光景に出会うことになった。
「私ヴィシャーナ=ロンド=シャトリアは女王の座を辞退し、
我が婚約者にして新たな王であるクラフタ=クレイ=マエスタを主とし仕える所存です!!」
そう宣言し傍らに立っていた俺の前に移動して頭を垂れる。
集まった民に動揺が走る。
「静まりなさい!貴方達が驚くのも無理はありません。
先日王都で起こった痛ましい事件の事を知っている者も多いでしょう。
嘆かわしいことですが、あの事件は我等王族が引き起こした事なのです」
国民に説明する為再び立ち上がったヴィシャーナ姫は式典を見に王都にやって来た国民に、先日の王都で起きた事件の真相を伝えた。
動揺が広がる、国をすべる王と貴族達が率先して国を、世界を滅ぼす悪事に加担したのだ。
さらに俺達との戦いで異世界人達がこの世界を支配する野望を画策していたと事も伝えられた。
「ですが心配はいりません、我が主クラフタ王は異世界人の野望を阻止する為に、
呪いを振りまき生者を引きずり込む、かの悪名高きイージガン平原を開放し、
永遠の夜をさまよっていた我等が祖先の魂を解き放ち、国を守る守護神として蘇らせたのです!!」
ヴィシャーナ姫の声にこたえるようにルジャ伯爵を初めとしたアンデッド軍団が式典会場に現れる。
突然表れた死者達に驚く国民達、アンデッド達の帰郷しなかった土地の人間達だろう。
だがそんな騒動などどこ吹く風といわんばかりにアンデッド軍団達は歩を進める。
彼等はいつものボロボロになった鎧ではなく純白に輝く新しい鎧に身を包んでいた。
アンデッド達は俺とヴィシャーナ姫の前に立つと全員が淀みない動作で敬礼をする。
「新たな王に永遠の忠誠を!!」
『『『忠誠を!!』』』
その光景に呑まれ騒ぐ事も忘れてしまう国民達。
いや寧ろその表情は酒に酔って酩酊したかのような様相を呈していた。
「クラフタ王は異世界人に襲われる民を守る為、我等が祖先達と共に剣を取り戦いました。
さらに傷つき死を待つばかりであった者達を奇跡の薬で救い、
その果てに異世界人達を追い払うだけでは無く、
邪悪な意志に支配された彼等を改心させ、かの者達を己が僕として従えたのです」
ヴィシャーナ姫の言葉に今度は魔法少女とギラードそしてケレメンティアの戦士が俺の前に跪き忠誠を誓う。
王都の事件に巻き込まれた国民からしたら異常な光景だっただろう、
自分達を襲った憎むべき相手が年端も行かない少年に跪いて忠誠を誓っているのだから。
しかしそんな彼等だからこそ、その光景を受け入れる事ができたとも言える。
彼等は俺が戦場で戦う所を観ていたのだから、王国の騎士達が束になっても敵わなかった巨人を一刀の元に切り捨てる光景を見てしまったのだ。
だから彼等は納得してしまう、愛すべき姫が王位を返上し少年に頭を垂れる事を。
人と交わることなき死者が生者の住まう地で王を戴く事も。
憎むべき存在が王となった少年に忠誠を誓うことも。
絶望の中でありえない奇跡を見てしまった彼等は疑うという機能を故障してしまっていたのだ。
あの少年ならば、あの救い主ならば、そんなありえないことも起こしてしまうのだろう。
だから王都の民は熱狂的に少年を受け入れた、狂ったように。
本当に狂ったように。
ヴィシャーナ姫は言葉を続ける。
「このままではシャトリアは世界を危険にさらした愚かな国として、
周辺国家による連合軍によって支配される事になるでしょう。
私は最後に残った王族として、他国が動く前にこの国に幕を下ろし、
新たな王の下、新たな国として生まれ変わる責務があるのです」
『それが俺達の決めたシャトリアの最後だ』
そう、俺『達』が決めた。
もちろん反対意見は出た。
「国を滅ぼすなど言語道断!!断固反対ですぞ!!」
最も激しく抵抗したのはシャトリア王国最大の領地ブラビハン領を治めるブラビハン侯爵だった。
軍人として清く正しく自分にも他人にも厳しい彼はその潔癖さゆえに今回の異世界人を中核に据えた侵略計画には呼ばれなかった。
彼が知れば「異世界人などという怪しげな者達を使うなど断固反対だ!」と絶対に反対されると分かっていたからだ。
異世界人の戦力と言う目先の利益におぼれた貴族達は堅実な意見を受け入れる気など毛頭無くそれゆえにブラビハン伯爵は今回の事件に巻き込まれずにすんだ。
「ですがあくまで変わるのは外側のみ、中は変わりません」
「馬鹿め!そんな屁理屈が通用するものか!」
終始こんな有様で反対派の貴族達の旗印として内乱が起きる寸前だった。
正直に言えばブラビハン侯爵の言うことは正しい、国の名前と王が変わっても中身が一緒ならそんな言い逃れは通用しない。
だが条件さえ揃えばその言い逃れは通用するのだ,相手に別の国と認めさせることさえ出来れば。
要は相手にこれから手にはいるであろう利益を見せて頷かせれば良いのだ。
「ブラビハン侯爵」
「なんだ小僧」
「貴方が守りたいのは国ですか?民ですか?貴族のプライドですか?」
「全てだ!」
ブラビハン侯爵は当たり前のことを聞くなといわんばかりに一括した。
だがそれは無理だ、先王とその家臣たちはそれが出来ないほどの大ポカをしでかしたのだから。
だから俺はヴィシャーナ姫の望みどおりこの国を破壊しないといけない。
「二兎追う者は一途も得ず」
「?何だそれは」
「欲張ると何も手に入れられないって言う意味ですよ、
先ほども説明しましたが王族を初めとしたこの国の貴族が門を開く者イザーと共謀して異世界の存在を利用したことで周辺国が被害を受けているのです。
その原因がシャトリアにあり更にその制御に失敗した事はこの国に滞在していた他
国の大使や諜報員によってそれぞれの祖国にもたらされていることでしょう。
そうなれば被害を受けた国家は徒党を組んでシャトリアに責任を求めるでしょう。
貴方はどう対処すれば最小限の被害で済むとお考えですか?」
「敵が攻めてくるのなら戦うのみ!わが国の力を示したのちに交渉を行うのよ!!」
脳筋過ぎる、本気で言ってんじゃないだろうな。
「有力な軍務貴族だった者は反逆者として処刑されたか先王と共に事故死しています。
その為、軍の再編成を行うまで王都の軍を動かすことが出来ません。」
残った軍務系貴族が捕捉説明をしてくれる。
現状この国の戦力は領地持ちの貴族の私設軍隊と王都で働く軍人達だ、
アンデッド軍団は俺の部下扱いなので置いておく。
だが王都の軍は上位の士官が軒並み処刑されているので単純に戦力が足りない。
1領主の部隊だけ強くても意味がない、全体が統制された動きができなくては軍ではなく烏合の衆になってしまう。
「ブラビハン侯爵、戦力が足りない今戦えば間違いなく民が犠牲になります。
そうなれば国も民も誇りも守れませんよ。
敵は1国では無いのですから」
忌々しそうな顔をするブラビハン侯爵、
良かった,さすがに戦力差は理解していたか。
「だが認めるわけにはいかん、国を守るということは民の拠り所を守ると言うことだ。容易に何かを捨てるような者を王と認めるわけにはいかん。」
「守らなければならないものに順番をつけているだけです。
民が生活出来なければ、勝利してもそこが焦土では意味が無いのですよ!!」
平行線の口論の中不意に香水の匂いが香る。
俺達が振向くとそこにはヴィシャーナ姫が居た。
「ならば試しなさいブラビハン侯爵、クラフタ様が王足る器か否かを」
そう言ってヴィシャーナ姫は部下に命令をするとテーブルが運ばれてきた、
小型の机として使うにはちと小さいテーブルだ。
「存分に競いなさい」
ヴィシャーナ姫の言葉に頷くとテーブルの中央の手が来るように肘を付きブラビハン侯爵は言い放った。
「男児たるもの拳で己が力を示すが良い!!」
つまり腕相撲か?異世界人の決闘方法は腕相撲なのか!?
「俺は戦士じゃなくてアルケミストです、薬を作り薬を使うのが俺の戦い方です、
薬を使ってもいいんですか?」
とりあえず自分のフィールドに引きずり込む。
「好きにするが良い!!真正面から叩き潰してくれれるわ!!!」
「シャトリアに代々伝わる決闘方法!!これに破れた者は勝者に従わなければならないと言う鉄の掟が待っているのです!!」
「もともと血気盛んなわが国で決闘による負傷者が余りにも多いことに心を痛めた当時の王がルールを作ったこの腕相撲!」
「ルールは簡単、相手の手の甲をテーブルに付ければ勝ち、武器の使用は不可、それ以外なら魔法もOKのルール無用のデスマッチ!!」
「しかもブラビハン侯爵は50戦負け無しの生粋の武人!!」
モブ貴族が説明してくれるが暇なのかこの人達。
肉体強化系の薬をしこたま飲んでテーブルに香を置き、肘を突いて構える。
「子供といえど容赦はせんぞ!」
「老人といえども容赦はしません」
「口の減らん餓鬼め、ワシが勝ったら一兵卒から鍛えてくれるわ!」
「俺が勝ったら家臣として忠誠を尽くして貰います」
「それではお二人とも構えて・・・・ファイ!!」
審判の合図と共に剛力スキルで決めに行く、だが腕を45度まで傾けたところで動きが止まる。
信じられないことに薬とスキルで強化した俺が押し切れないのだ。
「スキルを持っているのはお主だけではないぞ!!
わしのスキルは剛力(上級)じゃ!!この腕相撲でいまだ負け無しは伊達ではないわ!!」
あわてて剛力スキルをかけ直すがスキルの効果が切れるまでの時間稼ぎでしかない。
すこしずつ腕が引き戻されスタートの状態に戻される。
そしてゆっくりと倒されていく。
「ワシは油断はせんぞ!遊びは無しだ!一気に攻める!!」
俺の腕がどんどん倒れて行きついに手の甲がテーブルにつくかという所で一瞬動きが止まる。
来た!!時間稼ぎはこの瞬間の為だ!
俺は全力で腕を戻す、そのまま相手の手の甲をテーブルに叩きつけるべく倒していく。
「な!なんだ!力が入らん!!何をした!!」
「切り札を持っているのは貴方だけではないということです」
そういって俺はブラビハン侯爵の手をしっかりとテーブルに叩き付けるのだった。
ブラビハン侯爵は呆然としえて己の手とテーブルを見つめている。
「50戦無敗のワシが負けた・・・だと!?」
「貴方は強い、その強さゆえにおごりが生じたのです」
そう言い放ちながら俺は筋弛緩剤の香の火を消す。
俺は抵抗力を上げる薬で強化していたが、ブラビハン侯爵はもろに煙を吸ってしまったため力が入らなくなってしまったのだ。
卑怯?ちゃんと許可は取ったよ。
こうしてブラビハン侯爵は俺に忠誠を誓うこととなり反対派の貴族達も国と民を救うため俺達の計画に協力することになったのだ。




