振り返ると嫁が居た
シャトリア王国の人員の改変が行われ、王都の災害救助も一段落した俺はヴィシャーナ姫が用意してくれた屋敷に居た。
この屋敷は先の事件で処刑された侯爵の持ち屋敷で、その広さと魔法の研究に適した立地からヴィシャーナ姫が褒美の一つとして譲ってくれたのだ。
で、その屋敷の一番広い応接間で俺は魔法少女達に囲まれていた。
うん囲まれていたんだ。
全員険しい顔で俺を見ている。
所在なさげにミヤとアンデッド貴族の皆さんもいる、今後のことを話し合うために集まって貰ったのだ。
だが話し合いが始まる前に魔法少女達が俺に話しかけてきた。
「ねぇ、ダーリン。お姫様と婚約ってどういうこと?」
「あの場に居た私も初耳でした、納得のいく説明をお願いいたします」
フィジカルカレンと会議の場に居たノウレッジマリーが魔法少女達を代表して俺に問いかける。
心臓がバクバクしている、だが悟られてはいけない、動揺すれば不信を招く。
ここはクールに行くんだ。
「俺は貴族だ、爵位は侯爵」
『だから自らよりも偉い人間には逆らえない』
「それは知っています、初めてお会いした時に名乗られましたから」
「そう、貴族である以上個人の感情で物事を決めるわけにはいけない、そういう時もある。
今回の件では俺とヴィシャーナ姫の政治的な利益がかみ合って婚約を結ぶことになった。
この件には君達にかけられた洗脳の解除も含まれている」
洗脳と言う単語に魔法少女達がざわめく、
仲間に操られて死にそうになった事は彼女達にとっても気分の良い話ではない。
「私達はまだ洗脳されているのですか?」
「俺の治療は一時的に正気を取り戻させただけで根本的な解決にはなっていない、
誰かが洗脳を解かないとまた操られるだろう」
「だからってそれで婚約なんて」
「無論それだけじゃない、それも込みでという話しだ。
だが安心して欲しい、君達は俺が守る」
ほぅ、というため息が魔法少女達から漏れる。
どうやら受け入れてくれそうだ、後は彼女達を刺激しないように理解を求めれば何とかなる。
「じ、じゃあ、私達が洗脳から解放されたら・・・ずっと傍に居ても良い・・・?」
「それ、私も気になります」
聞き覚えのある声に「もちろん」と答えようとした俺は凍りついた。
一気に喉が渇き足に力が入らなくなる、振向いてはならない。
やめろと叫ぶ全身の抵抗を振り切って後ろを振向いた先には嫁が居た。
「ひぃ!」
思わず声が出た。
何故アルマがここに?そんなの聞くまでも無い、伝家の宝刀「穏行スキル」だ!!
だが待って欲しい、アルマのスキルは本当に穏行なのだろうか?
もしかしたら穏行以外にも何かスキルを隠し持っているのでは?
俺は検索スキルを使ってアルマのスキルをチェックしておかなかった事を後悔した。
「クラフタ様、貴方のお考えをお聞かせ願えますか?」
「すいませんでしたぁぁぁあァ!!!!」
瞬間土下座した。
我ながら凄い変形をしたものだ、頭を90度下げつつ手足が胴体中央に集まりコンパクトに折りたたまれてゆく、
空中で変形を完了した俺はそのまま地面に着地した。その間0.5秒くらい。
「なにを謝られているんですかクラフタ様?別に悪いことをした訳ではないのでしょう」
確かに色々思惑があってしたことなのだがその途中で
「キス・・・ですか?」
ばれてるぅぅぅぅぅ!!!!
「ヴィシャーナ姫の治療のことですか?」
全部ばれてるぅぅぅぅぅぅ!!!
「薬を飲ませることが出来ない以上口移しで飲ませるのは仕方ないことですね、私はして貰えませんでしたが」
怒ってらっしゃるぅぅぅぅ!!
「怒ってませんよ」
完全に思考を読まれている!!
「クラフタ様、私はちゃんと分かっています。
戦いの最中に確実に薬を飲ませる必要があり、抵抗された為『やむをえず』口移しで飲ませたことを、
父様の許可を得ず、この国に深く介入したこともこれまでの『わが国に対する不信感』が由来である事も。
ヴィシャーナ姫との密約は危険な転移技術の封印とそれを悪用しようとしたこの国の貴族を捕らえ危険な研究を完全に封じる為。
婚約はわが国がクラフタ様に望まぬ役目を負わせようとした時の為の『備え』なのでしょう?
ヴィシャーナ姫に口移しをしたことは『役得』なのですよね」
そしてアルマは俺にだけ聞こえるように耳元で囁く。
「クラフタ様は誰にも『利用されない』為にご自分の居場所を作りたいのではないですか?でもこれがクラフタ様の『本当の望み』なのですか?」
おおおおおい!!なんでそんな構想段階の考えまで理解できてるんだよぅ!!以心伝心とか言うレヴェルじゃないぞコレ!!
「クラフタ様のお役に立てるように日々学んでおりますから」
その瞬間俺はある人物の言葉を思い出した。
「このラヴィリア、アルマ様の幸せの為なら手段は選びません」
まさかこれがあの侍女の教育の成果だというのか!
「アルテア様に先生方やミヤさん、この国についてはルジャ伯爵様達もたくさん教えてくださいました」
「ミヤァァァァアァ!!!」
横に控えて居るミヤの方を見るとそこに居る筈のミヤは姿をくらませていた。
「さっき凄い勢いでどこかへ走っていきましたよ」
逃げおったぁぁぁぁ!!だがそのための通信機よ、俺は震える手でミヤとの通信を繋げる。
「おかけになった通信は現在動力が入っていないか周波数があっておりません、もう一度周波数を調整してから通信してください、プ、つーつーつー」
居留守かよ!!しかも口で切れる音を再現しおった。
ルジャ伯爵達に目を向ける。
「・・・・・・」
伯爵達は地面に倒れ骨をバラバラにして死んだ振りをしていた。
アンデッドが死んだ振りすんなぁぁぁぁぁ!!!
「アルテア様!」
「ぐーぐーぐー」
精霊石の中のアルテア様は狸寝入りを決め込んでいた。
くっ!ドイツもコイツも!!
「ねぇ、ダーリン。この子だれ?」
氷点下の声でフィジカルカレンが聞いて来る、顔を上げたくないわー。
そしてその質問にはアルマが答えた。
「初めまして皆様、私はルジオス王国第二王女アルマ=ハツカ=ルジオスと申します。
クラフタ=クレイ=マエスタ侯爵の妻でございます」
「「「「妻ぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
おわた、これから俺は魔法少女達の鉄拳で死ぬのだろう。
全ての段取りがぶち壊されもはや逃げ場はない、異世界での人生もこれで終わりかー。
「どどどどっどどどういうことなのダーリン!!!!」
「婚約ではなく妻とはどのような経緯があるのですか」
「し!知りたいですー!」
魔法少女達に揉みくちゃにされる俺、す、凄く痛いです・・・
「言葉通りの意味です。私とクラフタ様は夫婦です」
「あ、あんたねぇ、ふ、夫婦とか・・・あんた子供じゃない!!」
「はい、貴族ですから子供同士で結婚することもおかしくはありません」
「なっ!」
「確かにミリアムランドでもずいぶんと昔ですが貴族の子供同士で結婚したという記録があります」
確か日本でもあったな。
「ですが重要なのはそこではありません、妻が居るにも関わらず私達にキ、キスをしたという事実です。
マエスタ様、論理的な説明を求めます」
「い、いや操られている君達を助ける為だよ、それは君達も分かっていた筈だろ?」
「ええ、ですがそれは貴方が独身だと、恋人が居ないと思っていたからです。
ですが奥方が居るのに別の女性にキ、キスをするのは不貞ではありませんか?」
「え、えーとさ、異世界人である俺と君達じゃ色々価値観が違うと思うんだ。
君達にとってキスって言うのはどういうものなのか教えてくれないかな?」
俺の言葉にノウレッジマリーは深く息を吐いて俺の質問に答えた。
「私達にとってキスとは・・・プロポーズです」
おおぅ
「正しくはプロポーズをされて相手がキスを求めます、プロポーズされた方がキスを受け入れれば婚約が成立するのです」
なんというロマンチック民族、さすが魔法少女の世界。
「ですから私達魔法少女にとってキスとはとても大切なものなのです」
どうしよう・・・流石にこれは迂闊なことをいえない雰囲気だ。
どう答えても誰かを傷つける結果になる。
「マエスタ様、教えてはいただけませんか?
貴方にとって私達は只の保護対象でしかなかったのですか?」
また答えずらい質問を・・・
魔法少女達はじっと俺を見つめている。
アルマも何も言わない。
仕方ない、怨まれるのは自業自得だ、俺が最も愛する女は・・・
そのとき香水の匂いがした。
「その程度の覚悟なら何も聞かずに立ち去るべきです」
俺が意を決して答えようとした所で更なる乱入者が表れた。
そう、俺の新しい婚約者ヴィシャーナ姫である。
キンキンと耳鳴りがする、なんだか頭が痛くなってきた。




