亀の名前とお姫様の薬
亀に名前が付きました。
『ほう、領主とは出世したね』
クアドリカ師匠の反応はあっさりしたものだった。
『ですけど領主になるとそちらに戻ることが困難になってしまいます』
『ああ、それに関してはこちらに考えがあるから気にしなくて良いよ』
『考えですか?』
『なにしろ君が居なくなってヴィクトリカが寂しがっていてね』
『そ、そんなことはありません!!』
『解った解った、こちらとしても君に講義する時間を作れないかとコルと話をしていてね。
ああ、パルはまだ逃亡中だ、キャッスルトータスの件とミヤ君に追加で調査してもらった件についてはしっかりと話を聞かせてもらうつもりなんで安心して任せてくれたまえ』
後ろでヴィクトリカ姉さんの声がする、久しぶりに声を聞いた気がするなぁ。
あとパルディノ師匠は一度痛い目を見たほうが良い。
『冬の間は王都で過ごしアルマの治療が終わったら領主として赴任する予定です』
『解ったよ、君はそのまま姫君の治療に専念すると良い、それとミヤ君に君に渡す荷物を頼んでおいたから受け取ってくれたまえ』
『解りました』
『頑張りたまえ』
『はいっ』
今回の件をクアドリカ師匠に報告した俺はミヤ用の通信機でミヤに連絡を取った。
ミヤからこっちに通信をする事は出来るがこっちからミヤに通信したくても出来なかった。
通信機を作ったのはパルディノ師匠とコル師匠なので俺では中身をいじれないのだ。
だからこっそり内緒の話をするときは至近距離で通信機を起動させミヤに気付いてもらってからチャンネルを合わせてもらっていた。
さすがにそれだと面倒なのでミヤに命じて研究所で専用の通信機を作らせたのだ。
『ミヤ聞こえる?』
『はいどういたしましたご主人様?』
最近ミヤの使用人設定は他の人間が居ない時にも生きているようだ、すっかり俺の呼び方がご主人様で定着している。
数千年の間仕えるべき主不在で過ごした影響だろうか?そう考えるとこれも甘えてると考えられるのかもしれない。
『クアドリカ師匠から荷物があると聞いたんだけど』
『はい承っております、お急ぎでしょうか?』
『いや次にこっちにくるときで良い』
『かしこまりました』
荷物のほかに薬の調合などを数点頼んでミヤとの通信を切った俺は王城の庭園に向かう。
◆
庭園に着いた俺はこっちに向かってくる城の模型に気付いた。
否、それは城のような形の甲羅を持ったキャッスルトータスの子供だった。
俺が保護したキャッスルトータスの子供は王城にある庭園の池に飼われている。
池と言っても王城の庭園だ、結構な広さがあるので1m程もある亀が住んでも何の問題もなかった。
キャッスルトータスの子供は俺が来ると嬉しそうに唸り声をあげながら頭をこすり付けてくる。
「よーしよし、ちょっと甲羅を見せてくれるか?」
まだ治療が始まったばかりなのでその甲羅にはひびが入って食い込んだ形になっている。
治療の方針としては柔軟薬をひびのあたりに塗りこんでから水と土の属性石を砕いて粘土状にしたものを塗りこんでいく。
工作用のパテを埋める感じだな、なにしろ元獣を治療した経験なんて誰にも無いので試行錯誤の連続だ。
幸い元獣は元素を栄養素にする特殊な魔物、それで元素の結晶である属性石を傷口に塗り込めば自力で治るのではないかと言う推論が立った。
推論を立てたのはクアドリカ師匠だが。
後はランドドラゴンの鱗を餌に栄養を与えていく。
「ドラゴンの鱗が食事とは豪勢ですな」
突然の声に俺が振り向くと見覚えのある顔があった。
確かワイズとか言う貴族だ。
「何か御用ですか?」
コイツには因縁をふっかけられたと言うか詐欺師扱いされたから余り良い印象が無いんだよなぁ
「そう警戒しないでいただきたい、あの時は君の実力を知らなかったのです。
私も王家に仕える者として不審な者を近づけるわけにはいかなかったのです、どうかご理解いただきたい」
そう言われると解らなくもない、見た目10歳程度の子供に国の専門家達が匙を投げた病気を治せるといわれても信用できないだろう。
そういう意味ではワイズの言葉もそう理不尽なものではない、ずいぶん横柄な態度ではあったが。
「それにしてもアルマ様の御病気を治す薬だけでなく元獣の子供まで用意されるとはなかなかの手腕ですな。
貴方の後ろにおられる方も相当な知恵者のようだ」
んん?何言ってんだこいつ。
俺の訝しげな表情にワイズは慌ててかぶりを振る。
「いやいや、攻めている訳ではありません。
事実アルマ様のご病気を治された事は賞賛されるべき偉業でしょう。ご自分が出て来られないことも理解できないわけではありません」
そう言うとワイズはいやらしい笑いを浮かべる。
なるほど、コイツは俺の後ろに黒幕が居て俺を傀儡にして王国で地位を得ようとしていると考えたわけか。
黒幕が直接出てこないのは、何か後ろめたい過去があって出て来れないと考えているのだろう。
で、その地位を確実な物にする為に元獣の子供を用意したと考えたわけか。
だったら子供じゃなくて大人を用意すればいいのにと思わないのだろうか?裏切られるのを恐れたと考えたのかな?
それにめったに現れない元獣の、それも子供を用意するとか無理があると思うのだがそれでも本人には納得のいく説明なんだろうな。
「ギュッ!!」
ふと気付くとそばに居たキャッスルトータスがワイズに対して唸り声を上げている。
もしかして俺の感情を読んで敵だと思ったのか?
「うっ!?」
「このキャッスルトータス、どうやら貴方と相性が悪いようですね」
「はは、それは残念だ。これ以上元獣に嫌われないうちに私は帰るとしましょうか」
そういってワイズは慌てて帰っていった、子供とはいえ元獣が恐ろしいようだ。
「ありがとうな」
面倒な奴を追い払ってくれたことに礼を言って頭を撫でると嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
犬っぽくて可愛いなコイツ。
「しかし何時までもキャッスルトータスっていうのも味気ないな、何か名前でも付けるか」
俺の言葉に対し何々?って感じでこっちを見てくる。
「お前の名前ドゥーロって言うのはどうだ?」
イタリア語で硬いって意味だ。
俺の言葉にキャッスルトータスは目を細めながら小さく鳴いて頭を擦り付けて来る、気に入ってくれたのかな?
「コレからよろしくなドゥーロ」
「ギュッ!」
ドゥーロの様子を見た後はアルマの治療に向かい午後は錬金術の勉強と貴族のマナー教室、それがここ最近の一日の流れとなっている。
アルマの部屋の前でドアをノックする、たいした間もなくラヴィリアが顔を見せる。
「これはクラフタ様、アルマ様がお待ちですよ」
「失礼します」
「御機嫌ようクラフタ様」
「御機嫌ようアルマ、具合はどう?」
「はい、今日もとても素晴らしい気分です」
長年苦しんできたのでちょっと位調子が悪くても気にしないのが困るところか。
「昨日と比べてどう?」
「特に不都合は感じません」
ふむ、寒さと病気との間に因果関係は無いと。
いつものように薬を飲む前後にステータスをチェックして変化が無いか確認する。
定期的なステータスの変動を記録する事は今後別の患者の治療を行う上でも重要だ。
数が少ないとはいえ治療を望む人はいる所にはいるのだ、実際俺がアルマの治療を行っている話が貴族や市民の間に広がって遠方から治療を求める人達の家族が来たこともある。
そういった人達には新たに設立された専門の係の人がアルマの治療を行っている為すぐに動けないことを伝え、どうしても診察が受けたければ王都に患者を連れてくるように言って追い返しているそうだ。
そしてそういう人を納得させるために俺とバクスターさんが作った薬を売っている。
遠方の人間に使うことを考え長持ちするように丸薬にしてある、
アルマに処方している物は効果が高いが日持ちしない飲み薬という欠点がある、
その点丸薬なら効果は下がるが飲み薬よりも長持ちするので遠方の患者には役立つだろう。
ちなみにこの薬の製法は秘伝と言う事にしてある、
実際は薄めたマジックポーションなのだが効果のある理由がわからない薬師には何か特別な工夫がされていると勝手に勘違いしてくれるので真似される心配が無いというのがバクスターさんの言葉だ。
薬の信憑性を高めるためにはあえて真実を言わないことも重要なのだそうだ。
「クラフタ様は私の治療が終わったらターゼの地にお移りになられるのですよね」
「その予定だよ」
「ミヤさんとご一緒にですか?」
「あー、いやミヤには色々頼んでる仕事があるからいつも一緒には居られないかな」
「そうなんですかっ!」
なんか嬉しそうだな。
「どうしてまた?」
「え、いえ、私は生まれてすぐ魔力欠乏症に掛かりましたから、その…友達という存在がいなかったんです」
ああ、俺が居なくなると一人になると思ったのか。
「すぐ出て行くわけじゃないし会おうと思えば何時でも会えるよ」
「そうでしょうか?」
「大丈夫ですよアルマ様、クラフタ様の言う通りいつでも会えますから」
ラヴィリアがこちらの言葉をフォローしてくれるがなんかニュアンスが違う感じがするぞ。
アルマと俺を結婚させようとする話は貴族だけの内密な話ではなく割と多くの人が知っているのかも知れない。
「ラヴィリアがそう言うのなら」
どうやらアルマの機嫌も治ったようだ。
治療の経過も良いしそろそろ本格的に完治させる治療を始めるかな。




