貴族問答
価値観の違う人との会話は大変困難です。
フィリッカの希望通り飛翔機が目立つように街道沿いに王都に向かって飛んでいく。
「来たわよ」
「了解」
フィリッカの言うとおりに王都の方角から2つの影が向かってくる。
やがてその姿がはっきりと見えてくる。
ソレは2頭の飛竜だった。
竜騎士、竜と腕試しを行い頭部の角を手に入れ竜を従える資格を持った者の称号。
竜騎士になったものは例外なく国に騎士として召抱えられる。
下級ドラゴンでも数十人の実力ある冒険者をそろえなければ退治できない。
しかもドラゴンとの腕試しは1対1で無ければならない、決闘を汚したものは竜の怒りで身を滅ぼす。
つまり1対1でドラゴンと戦いその角を折って従えさせられる猛者を他国に譲りたくないわけだ。
それというのも過去にドラゴンを従えた竜騎士がとある貴族に復讐したのが原因らしい。
それ以来竜騎士となった者には黙っていてもスカウトが来るらしい。
つまり、従えたドラゴンで自分達が襲われたらたまったもんじゃないという素敵な自己保身な訳だ。
仕官を目指すものとしても騎士となれるチャンスなので竜に挑むものはいつの世も絶えない。
俺は退治しちゃったけどね。
そうこうしている間に竜騎士は近づいてくる。
「そこの者!王都に何用か!?」
「控えなさい、クヴァル!ハルシオン!」
「なぜ私達の名を!?・・・ッ!姫様!!」
「姫だって!?」
フィリッカの姿に驚く竜騎士達。
「ひ、姫様、一体今までどちらに?」
「そんなことはどうでも良いのです、それよりもアルマの治療の目処が立ちました」
「「えっ」」
何を言っているのか判らないといった顔でフィリッカを見る竜騎士達。
お互いに顔を見合わせたあと理解が追いついたのだろう、慌ててフィリッカを見る。
「「誠ですか姫様!!」」
「ええ、詳しくは城で話します、案内を」
「「はっ」」
竜騎士達は慌てて竜を旋回させ先導する。
もう一人の竜騎士が速度を落として後方に回る、護衛の役目を担うつもりの様だ。
「その、そちらの少年は何者なのですか?」
「彼はクラフタ、この飛行する魔道具の製作者です」
「この子供が?」
中身は大人です。
「見た目で判断すると痛い目を見ますよ、この少年は優秀なアルケミストです」
「は、はぁ」
いまいち信じられないという態度がアリアリと見えるのもしょうがないといえばしょうがない。
俺は苦笑しながら飛竜に追従して飛翔機を飛ばした。
「まもなく王都に入ります、不必要な行動は行わないでください」
「判っています」
竜騎士がフィリッカにというより俺に対して言う。
こっちも無駄な騒動を起こしたいわけじゃないので素直に従う。
ふと下を見ると大勢の人がこっちを向いて顔を上げている。
2騎の竜騎士と見慣れぬ空飛ぶ魔道具が並んで空を飛んでいるのだから興味を引くのも仕方が無い。
しばらく飛ぶと白く大きな城壁が見えてくる、どうやら目的地に到着したようだ。
「コレが王都の名物白亜の城壁よ」
「うん、白い」
「……それだけ?」
「ん、でかいな」
「…はぁ」
俺の答えはお気に召さなかったようだ、もしかして自慢したかったのか?
「くくっ」
併走している竜騎士達が笑っている、どうやら拗ねているフィリッカは珍しいようだ。
「クラフタ君、この白亜の城壁は過去幾度も外敵の侵略から王国を守った事で有名なんだよ」
「王国を、ですか?」
城壁はあくまで城の周辺だ、それで王国を守るったというのは王族こそ国家そのものと言う貴族的思考からか?
「過去の戦争で王都に敵の手が迫った事があったんだ、時の王は城下の民を城壁の内に避難させた。
その王の英断によって多くの命が救われ国民は王こそ誠の為政者と褒め称えた。それ以来白亜の城壁は王国の民にとって誇りとなっているんだ」
「良い王様だったんですね」
「そう、そうなのよ!」
あ、復活した。
「飛竜舎に案内しますので付いてきて下さい、城に空を飛ぶ魔道具をしまう場所はありませんのでどうかご理解を」
「判りました」
竜騎士の先導で飛竜舎へ向かいがてら視線を動かして見回すと居るわ居るわ、こちらが妙な動きを見せないか警戒している騎士や魔法使い達が居る。
「この先の広場が見えますか?」
「はい」
「そこに降ろせますか?」
「大丈夫です」
「我々は飛竜舎に竜を置いてきますので案内の者が来るまでお待ちください」
「ありがとうございます」
そう言って飛翔機を広場の真ん中に向かってゆっくりと滑空させる。
音も無くというのは無理だが無事に着陸に成功する。
まずフィリッカが降りる、それに続いて俺が降り飛翔機を宝物庫に仕舞う。
その瞬間周囲に動揺した気配が生まれる、どうやらこちらの宝物庫に驚いて気配が漏れてしまったようだ。
竜騎士に言われたとおり待っていると城の方から数人の男達がやって来た。
あれが迎えか。
「お帰りなさいませ姫様」
代表の男がフィリッカに話しかけて来る。
「出迎えご苦労様ですワイズ」
「アルマ様の治療の糸口が見つかったとか」
「ええ、陛下に謁見の許可を」
「陛下は政務を行っております、謁見には2週間掛かります」
「ではアルマに会いに行きます、あの子の具合は?」
フィリッカに問われるとワイズはこちらをあからさまに見てくる、
部外者に聞かせたくないのだろう。
「かまいません、彼は私の協力者です。アルマの治療に必要な物も彼が居なくては用意できませんでした」
むしろ俺が必要なモノそのものです。
フィリッカの言葉には逆らえないのかこちらをぶしつけににらみながら白状する。
「正直よくありません」
「猶予は?」
「持ってあと1月と」
「そこまで・・・」
沈痛な表情でうなだれるフィリッカ、予想以上に悪化していたことに衝撃を受けたようだ。
「グズグズしては居られない様ね、クラフタ君治療を始めましょう」
「ああ」
妹の所に早足で向かうフィリッカに付いて行こうとするとワイズが立ちふさがる。
「悪いが素性の知れぬものを王族の方に合わせるわけには行かない、コレをやるからおとなしく帰りたまえ」
そういって硬い音がする布袋を俺の足元にほうり捨てる、おそらくは金貨が入っているのだろう。
「私の客人に無礼は許しませんよ!!」
「お言葉ですが平民を王族の方に近づけさせるわけには行きません、コレは家臣としての義務です」
「クラフタ君は優秀なアルケミストです、アルマの治療には彼の協力が不可欠なのですよ」
「この子供が?姫も冗談が過ぎますな」
「冗談などでは!」
「良いですか姫?」
そういってワイズは大げさに身振り手振りを交えながら話し始める。
「アルマ様のご病気は国でもっとも権威ある医療術師でも治療できないものなのですよ」
物のわからない子供に根気よく説明するように言うが明らかにこちらを小ばかにした態度だ。
「このような何処の馬の骨ともわからない子供にどうこうできるはずも無いのですよ」
「彼は特別です!!」
「お気の毒ですが姫様はこの少年に騙されているのですよ」
なんかほんの数日前にも同じことがあったな。
また決闘するか?
「何をしている、早く帰りたまえ。本来ならば王族を相手に悪質な詐欺を働いた罪で処刑されてもおかしくは無いのだぞ。」
見るのも汚らわしいといった態度でしっしっと手で払うと周りの取り巻きが俺を拘束しようと近づいてくる。
「いい加減にしなさい!!彼は竜殺しですよ!!」
「はっ?」
ワイズは何言ってんだこいつ?みたいな目でフィリッカを見る。
いいのか家臣。
「ひ、姫様。そ、それは余りにも、ぷ、ククク・・・」
周りの取り巻き達も笑っている。
「何を笑っているのです!!!」
うーん、コレは仕方が無い、俺の様な子供がドラゴンを倒したなどと信じろと言うほうが無理があるだろう。
ワイズ達はひとしきり笑った後でやっと落ち着いたのかフィリッカに向きあう。
「姫様、大変心苦しいのですが幾らなんでもそれを信じろというのは無理があります」
「本当です」
「どんな手品を使って信じさせたのかはわかりませんが姫は騙されています、ドラゴンは子供が倒せるような甘い存在ではありません」
「私は見たのです、この少年が目の前でランドドラゴンを倒すのを!!」
「はは、ランドドラゴンですか、さしずめセントラルの町を襲ったランドドラゴンを退治したというと事ですか」
襲ってないけどな。
「その通りです」
フィリッカの言葉にワイズはやっぱりなと言わんばかりの顔でフィリッカに答える。
「よろしいですか姫、この王都からセントラルの町まで2ヶ月は掛かります、
ですがドラゴンの存在が確認されたのは1ヶ月前、それから早馬と伝令用の鳥を使ってようやく王都に情報が伝わってきました」
「この時点で矛盾がありますね」
「そう!ドラゴンの情報が到着したばかりの王都になぜドラゴンを退治した君が居るのだね?」
「伝令鳥の様に空でも飛んできたのかね?」
ここぞとばかりに取り巻きとワイズがまくし立てる。
「その通りです」
「は?」
「私達は魔道具で空を飛んできたのです、聞いていないのですか?」
「え?あ、いえ・・・」
空を飛んできたといわれて戸惑っているな。
「姫の仰っられた事は事実ですワイズ殿」
「クヴァルか」
おや、さっきの竜騎士さん。
「我々は先ほど魔道具で王都に向かう姫様とお会いし城までお連れしたのだ」
「そ、空を飛ぶ魔道具だと?」
「そんなもの何処にあるんだ」
「王国の研究機関でもまだ完成していないのだぞ!!」
「そうだ見せてみろ!!」
ドサッ
いい加減うっとおしくなってきたので目の前に出してやった。
「はい出した」
フィリッカを除く全員がポカーンとしている。
うむいい顔だ。
「ど、何処から出したのだ?」
「魔法か?」
「まさかアイテムボックスか?」
十分驚かしたのでもういいだろう。
「ほい回収」
宝物庫に飛翔機を仕舞いこむ。
「なんと、アレだけの大きさの魔道具があんな小さな袋に!!」
「やはりアレはアイテムボックス」
「あんな子供がなぜアレを!?」
「納得できましたかワイズ?」
驚いて言葉の出てこないワイズにフィリッカが言い放つとワイズはようやく我を取り戻した。
「い、いえ!確かに魔道具を使って王都まで来たのは判りましたがそれでもこんな子供がドラゴンを倒したとはとても」
「事実です」
「姫、ドラゴンを倒したのならアレを持っているはずです」
クヴァルがフィリッカに耳打ちする。
「そうだ、アレだ!!ドラゴンを退治したのならアレを持っているはずだ!!」
「アレを見せてみろ!!」
ドラゴンが持っている代表的なお宝といえばドラゴンドロップだ。
「あ、そうかドラゴンドロップ」
フィリッカが答えにたどり着いて安堵する。
だが違う。
彼等が求めているのはお宝ではない。
「これでしょ、竜の逆鱗」
「りゅうのげきりん」では無い「りゅうのさかうろこ」だ。
「「おお」」
それを見たクヴァル達竜騎士が驚きの声を上げる。
さっきの竜騎士のほかに知らない竜騎士も居るな、いつの間にかギャラリーが増えてる。
というよりも隠れて見ていた奴等が姿を現しただけか。
「確かにコレは竜の逆鱗、間違いない」
「なんと」
「本物なのか」
「盗んだものでは?」
「アレを持っていても盗品とバレたら終わりだぞ」
そう、竜の逆鱗は非常に扱いが困る品だ、一頭の竜につき1枚しか生えない逆鱗はドラゴンドロップ以上に確実な竜退治の証明品だ。
1枚しか生えないので大抵は最も活躍した人物に与えられる、ただし鱗の分報酬が大幅に減る。
つまる所、竜の逆鱗を持つ者は一流の冒険者である証明書を持つに等しい。
その鱗を盗まれたとなれば盗まれた者はその誇りにかけてどんな手を使っても犯人を探し出すだろう、
しかも盗んで鱗の威を借りても実力が足りなければ直ぐにメッキがはがれ偽者とばれてしまう。
素材としての希少性も通常の鱗と同じなので盗んだ後の扱いに困るやっかいな代物なのだ。
「これで信じてもらえたかな」
「う・・・うむ・・・」
「じゃ、行きましょ」
フィリッカに急かされ俺達は城の中に入って行く、これ以上難癖を付けられてはたまらないからだ。
「やっと本来の目的に戻れるな」
「ごめん」
城の通路を歩きながらフィリッカと短い会話をする。
「いいよ、ここに来たのは自分の意思だ」
「ありがと」
「礼は妹さんを助けてからだ」
「うん」
フィリッカが扉の前で足を止める、ここが妹さんの部屋なのだろう。
「お願い」
フィリッカの精一杯の願いに俺は答えた。
「任せろ」




