所長のお仕事
責任者は判子を押すのと責任を取るのが仕事です。
追伸:17話に文章の配置ミス、誤字が見つかりましたので修正致しました。
ミヤに連行されてやって来た所長室の机は・・・・・一面雪と見まがうほどの白に埋まっていた。
具体的に言うと書類の山だ、承認待ちの。
「優先順位の高い書類からお出しいたします」
そう言われてわんこ蕎麦の様に次々と出てくる書類。
「書類の内容はチェック済みです、クラフタ様は承認印を押して頂くだけで結構です」
そうは言うが数千年前から積み上げられ続けていた書類だ、おそらく今も増え続けている。
問題なのは数千年前の常識で書かれた書類だ、その内容は現代にとってどれだけ危険なものが含まれているか判らない。
結局書類の内容を確認してから判子を押していく事になる。
「終わった・・・」
机の上の白い悪魔は消えた。
書類の終わり際になると何処を見てどの部分をスルーすれば良いのかが分かる様になってきた。
10歳前後の子供(中身は二十代)なのに管理職としてのスキルを手に入れてしまった。
「お疲れ様でした、お食事とお風呂の用意が出来ております」
「じゃ、食事にさせてもらおうかな」
「その後は次に優先度の高い書類の承認をお願いいたします」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なん・・・ですと・・・・」
まだあるのか。
「研究所が封鎖される10年ほど前から当時の所長を初めとした多くの責任者の方々が放置してきた問題と書類がございます」
何やってたんだ前任者達!!
「食堂にお連れいたします」
陰鬱な気分のまま食堂に移動する。
「おっそーい、お腹がすき過ぎて死にそうよ!!」
「この浮島を大変満喫された様でございますねフィリッカ君」
「うん!!」
皮肉が通じねぇ。
諦めてミヤの用意してくれた食事を頂くことにする。
まず鶏肉のソテーらしき物から頂く、肉にナイフを刺すと驚くほどあっさりとナイフが沈み込んだ。
そのまま肉を切り一口食べる。
「美味いな」
「うん凄く美味しい!!」
「ありがとうございます」
予想外に美味い料理だ、俺は厄介事をしばし忘れ料理を楽しむ。
ふとミヤを見ると彼女はこっちを見て微笑んでいた。
「ミヤは食べないのか?」
「私達は調整機に入れば1週間は食事の必要はありません。」
「ご飯食べれないの?」
「いえ、人間の方と同じ食事から栄養を摂取することも出来ますが専用の栄養素を補充したほうが効率が良いのです」
「そうなのか」
「はい」
確かに効率がいいほうが便利だ。
だが
「明日の食事は一緒に食べよう」
「それでは効率が落ちますが?」
「かまわないよ、効率より重要なこともあるさ」
女の子に食事をさせず自分だけ食べるとか気分が悪すぎる。
「そーそー、折角仲良くなったんだから、ねっ」
「・・・承知いたしました」
観念したのか控えめに了承してくる。
「それにしてもフィリッカが賛成するとはね」
「なんでよ?」
「だってお前貴族だろ、貴族だったら平民と一緒に食事とか普通嫌がるもんじゃないのか?」
「あー、まぁそういう貴族もいるわね、でもそうじゃない気さくな貴族もいるのよ」
「お前はそっち側だよな」
「そっち側よ」
二人で笑いあう。
今までの態度でそうだと判ってはいたが、寛大なだけで内心思う所があったら後々面倒になるかもしれないので念のため確認させてもらった。
こんな他人の本心を気にして保険を掛けるなんて嫌な感じだが、カインの件以来どうしても相手の本心が気になるようになってしまった。
「ご馳走様」
「なにそれ?」
「何が?」
「今のご馳走様って奴」
「え?あー、御馳走様って言うのは美味しいご飯を作ってくれてありがとうって意味だよ」
「神への感謝みたいなもの?」
欧米の宗教の食事前の祈りみたいなものかな?
「そんな感じ」
「クラフタってさ何処の国からきたの?このあたりの国じゃそんな言葉使わないわよ?」
言葉の使い方で出身がばれることは有りそうだな、今の姿で日本人とばれたくないから気をつけよう。
「昔お世話になった人に習ったのが癖になってるんだよ」
「外国の人だったの?」
「遠い国から来たって言ってたよ」
「ふーん、外国かぁ、行ってみたいな」
「行けばいいんじゃね?」
「簡単に言わないでよ、私は貴族なのよ。そう簡単に国を出るわけには行かないじゃない」
「細かいことは気にしないと思ってたが」
「私が気にしなくても周りが気にするの、勝手に外国旅行に行って現地で素性を明かす必要があったら面倒なことになるでしょ」
なるほど、確かに自国に異国の王族がお忍びでやってきたら色々気になるよなぁ、それに警戒もするだろう。
最悪事件に巻きこまれる危険もある。
「それもそうか」
食後のお茶を飲みながらの雑談が一息つくとミヤが申し訳なさそうに話しかけてくる。
「ご歓談中申し訳ありませんが承認待ちの書類確認の続きをお願いできますか?」
会話が途切れるまで待っていたのかな、律儀なことだ。
「ん、そうだね。んじゃ仕事に戻るわ」
「がんばってねー」
結構やったと思うんだが後どれだけあるのだろうか。
「後どれだけあるんだ?」
「所長室が埋まるほどです」
「うわっ」
「申し訳ございません、ですがクラフタ様がご不在の間も研究所が滞りなく機能を発揮し続けるために必要なのです」
いちおう重要度順にしてくれているようだ。
「時間も余り無いし今すぐやらないと研究所が運営できない位の重要な案件のみにしてくれる?幾ら重要でも出発前ギリギリまでやってたらこっちも持たないし」
「承知しております、目的地への到着は翌日、クラフタ様にお借りした時計で言う午前7時ごろの到着となりますので就寝予定時間23:00までに終わらせていただけるものに抑えます」
「ん、わかった」
結論から言ってミヤの持ってきた書類の量は再び机が白に染まるほどだったと言っておく。
管理職なんてなりたくなかったです。
「お早うございますクラフタ様、まもなく目的地に到着いたします」
「ん・・・ああ、お早うミヤ」
「こちらお召し物でございます」
「ああ、ありが・・・と・・?」
服が違う
「ねえミヤ、なんか服が違わない?」
ミヤから渡された服は昨夜まで着ていた服とは違いどちらかというと白衣と貴族の着るような服の中間のようなデザインだ。
「こちらは空中研究機関エウラチカの所長の着られる制服をクラフタ様用にアレンジしたものでございます」
「アレンジ?」
「その、クラフタ様の体格ですと大人用に用意された服では寸合わせをしてもお体に合いませんのでいっそ新しく作ってしまおうと考え不詳私がデザインさせていただきました」
「そのまま小さくすればいいんじゃない?」
「クラフタ様の体格ですと、その大変申し上げにくいのですがバランスが悪くなってしまうのです」
そういってミヤは子供用の所長服を着た俺の3Dホログラムを浮かび上がらせる。
その姿はお世辞にも似合っているとはいえなかった。
「ああ、子供の等身に合わないんだな」
「デザインにはクラフタ様のお召し物を参考にさせていただきました」
確かに似ている・・・でもいつもの服はヴィクトリカ姉さんのデザインだからやっぱり昔のデザインなんだよなぁ。
「俺の服は?」
「ほつれている箇所が幾つかありましたのでお出かけの間に直しておきます」
帰ってこいって訳ね。
まぁこの研究所の事ももっと知りたいしパルディノ師匠から私物化して良いって言われてるし色々使ってもみたいのもある。
「あのクラフタ様」
「ん、何?」
「よろしければお着替えも私がお手伝いいたしましょうか?」
「い、いや、いいから」
「そうですか・・・」
凄い残念そうにしているミヤ。
だが・・・そう、お着替え『も』お手伝いなのだ。
それは昨晩寝る前にミヤの用意してくれた風呂に入ったときの事だった。
「おおー露天風呂か」
この浮島の風呂は露天風呂だった、なるほど確かに雲の上にあるこの浮島なら雲や雨などに妨害される事も無く満天の星空を楽しむことが出来る。
露天風呂というチョイスは実にナイスだ。
「お気に召しましたか?」
「ああ、コレはいいね」
「それは良うございました、それではお背中をお流しいたしますのでこちらにどうぞ」
「ああ、ってミヤ!?」
振り返るとそこには一糸まとわぬ姿のミヤが居た。
陶磁器の様に滑らかで文字通り白魚のような白い肌、その均整の取れた体つきは人工的に生み出された存在らしく黄金比率の美しさを放っていた。
「さ、クラフタ様こちらに」
ミヤの手が肩に触れ体がビクンと跳ねる。
凄い滑らかな肌触りだ、シルクを触っているような錯覚にとらわれるその肌の感触は彼女が計算されつくして生み出された存在だからだろうか?
「い、いや自分で洗うよ」
「いえ、所長をお世話するのが私の役目です、お背中など御自分で洗い辛い所もございますのでお任せください」
こちらの答えも聞かずミヤは俺を椅子に座らせ背中を洗い始める。
「っ!」
触れたのは布ではなく肌のぬくもりだった。
「ミヤ?」
「ご安心ください、私の手は高級タオルよりも綺麗にお体を洗うことができますので」
手モミ洗い派だとぅ!!!
ミヤの手を逃れようと抵抗するもミヤの卓越した手の動きによって逆により密接にミヤと触れ合うことになる。
うわ、デカい!!
いや何がとは言わないケドさ。
「所員の方のご家族の方のお世話をしたこともございますので」
笑顔で言ってくる、逃げようとする子供で慣れてるってわけですか。
結局俺はミヤに隅々まで洗われる事になった。
もうお婿にいけない。
「いや、一人で着替えられるから」
昨夜の痴態を思い出し強く言う俺に対しミヤは
「左様ですか」
凄く残念そうだった。
きっと数千年ぶりの主なのでお世話したい欲求が暴走しているのだろう、時間が経てば正常になるだろう。
・・・なるよね?
着替えが終わりフィリッカと食堂で合流して朝食をとる、もちろんミヤも一緒だ。
三人で談笑しながら食事をする。
「あーあ、こんな楽しい食事ももう終わりかー」
「ん?なんでだ?」
「だって城に戻ったら食事中におしゃべりなんて許されないもの。喋っていいのはお父様だけ、私達は返事をするだけよ」
「そういうものなのか」
「そ、お喋りがしたいのならサロンでしなさいって」
「そういったマナーは今も変わらないのですね」
「寧ろ複雑になってるわよ」
「ミヤはマナーに詳しいのか?」
「貴族の方が視察に来られることもありますから」
「なるほど」
食事が終わりしばし歓談していると
「クラフタ様目的地に到着しました」
「もう着いたの!?」
さすが古代技術の結晶たった一日で数週間の道のりを踏破してしまった。
俺の飛翔機でももう数日掛かっただろう、休憩を入れればさらに日数が増える。
っていうか移動時のGを一切感じなかったんだが。
「じゃあ行くか」
「うん」
俺達は島に上陸した際の飛行港に行く。
港のデリック(作業用のクレーンアームの一種だ)で俺の飛翔機を発進できるように方向を変える。
「じゃ、しばらく留守にするから」
「かしこまりました。クラフタ様こちらがこの研究所のマーカー受信機でございます」
指輪型の受信機を渡される、ミヤが指輪を操作すると昨日見た地図が映し出される。
「この白い光点が指輪の現在位置です、そしてこの赤い光点が研究所です」
「分かったよ」
「それとコレが頼まれた品です」
「ありがと」
ミヤに渡されたのは1冊の本と箱だった。
「何それ」
「君の妹さんの治療に使う薬さ」
「えっ!?」
フィリッカの動きが止まる。
書類を見ている間に用意してもらったのだ。
本のほうは完全に私物だが。
書類を見ていたら幾つか気になるものがあったのでそれに関係する魔法理論を本にしてもらったのだ。
現代では失われた遺失技術の塊なのでこの本の価値は計り知れない。
「ありがと・・・」
「ん、どうしたんだ?しおらしい」
「だって、こんな凄い遺跡の主になっちゃったじゃない、正直妹の事なんてどうでも良くなったんじゃないかって思っちゃって」
「バカモノッ」
人差し指と中指を立ててペシッっと頭を叩く
「うきゃ」
フィリッカが可愛い声を上げて頭を抑える、手加減したぞ。
「請けた仕事はちゃんとこなすのがプロの心意気だ」
「うん・・・ゴメン・・・・ありがと」
「よし、じゃあ王都の近くまで飛んで途中から徒歩だ」
「待って、このまま城まで飛んでいって」
「城に直接行くのは危ないぞ」
「分かってるけどやってほしいの」
フィリッカがここまで強く言ってくるのには何か理由があるのかな?
「何か考えがあるのか?」
「うん、妹をアルマを直すためにきて貰ったのにこんな言い方は申し訳ないんだけど」
間を置いてフリッカが言う。
「クラフタくんの見た目じゃ妹を治すって行っても信じてもらえないと思うの」
ですよねー。
レノンたちですら決闘をするまで俺の実力に懐疑的だったのだ、幾らお姫様が連れてきたといっても子供を医者と信じる者は居ないだろう。
寧ろ居たらこっちが心配する。
「でもこの飛翔機に乗ってやってくれば多少は対応が変わってくると思うの」
ふむ、フィリッカの言うことにも一理ある。
子供がやってきて医者ですと言うよりも国の専門家が行っているような研究と同等の成果を持って表われるのではインパクトが違う。
とはいえ
「イキナリ襲われる可能性は無いか?前にも言ったが弓や魔法で攻撃されるかも知れんぞ」
「ソレは大丈夫、うかつに攻撃したら外交問題に発展するかもしれないバカがくる可能性があるからまず最初に竜騎士が偵察に来るわ」
もしかして居たのか昔?
「そいつ等にお前を発見してもらうわけか」
「そう、それで安全に城に入れるわ」
「分かった、それでいこう」
本と薬箱を宝物庫に収納しパラシュートと安全ベルトを取り付けようとしたときにふと思いつくことがあった。
「ミヤちょっと良いか?」
「何でしょうか?」
「いやな、こういうものを用意できるかな?」
ミヤに耳打ちする。
「それでしたらスペアがございます」
「悪いけど幾つかもらえるかな?」
「かしこまりました、いま端末に命じて運ばせます」
ミヤから荷物を受け取った俺は発進準備を再会する。
「何を受け取っていたの?」
「ちょっと保険をね」
「ふーん?」
聞いても無駄だと悟ったのかそれで納得するフィリッカ、きっと妹の事が心配なのだろう。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
ミヤに見送られて浮島を出発する。
「フュ-ゲル号発進!!」




